第27話 決着、そして……
「……なんだあいつ」
八階層を抜け、第九階層に到達した俺を待ち受けていたものを見たとき、俺は思わずそうこぼしていた。
ダンジョンが現れて以降、人型のモンスターが確認された例はない。
さらにそいつは、真っ黒で、まるで影のような見た目をしていた。
俺のことに気付いたのか、そいつは隠す気もない殺気を飛ばしてくる。
その両手が武器の形に変わっていく。見慣れたナイフのような形。
……あれは、煉獄霧切丸……?
よく見れば、背格好も俺に似ている気もする。
そいつから放たれるプレッシャーは、今まで出会ったモンスターたちの比ではない。
おそらく、強さは《グリームエンジェル》を軽々と凌駕しているだろう。
後一歩でも踏み込めば、アイツの間合いだという感覚がある。
無言の牽制に、俺の本能が「アイツは危険だ」とアラートを鳴らしているが、俺は落ち着いていた。
……まぁ、師匠に比べたら大したことはないな。
「……ま、なんとかなるか」
懐から栄養ドリンクを取り出す。俺はその蓋を開け、一気に飲み干した。
ラベルには『凄百』と書かれている。どこで売っているか分からない水瀬さん特製のドリンクだ。近くに水瀬さんがいるようで力が湧いてくる。
ここで退いてはなにも得られない。
情報を得るためにも戦うのは確定。せっかくドロちゃんも持ってきたんだからな。勝てなくても得られるものはあるはずだ。
まぁ、負けるつもりはさらさらない。
俺は両手に持った《ツヴァイ・ラーべ》を構え直し、深呼吸する。
――よし。いくか。
一歩踏み出し、間合に入る。
瞬間、風が頬を撫でる。
ソイツが構えたナイフが俺の頬を掠め、髪の毛がハラリと落ちる。
俺が最低限の動きで攻撃を躱したのを見て、ソイツはもう一度ナイフを俺に向かって振り抜く。
――が、俺はそれも身体を反らし避ける。
お返しにその腹に渾身の前蹴りを繰り出す。
するとソイツはうまく腕でガードし、後ろに飛び退いた。
……なるほどな。
戦闘能力も俺とほぼ同じってわけか。
違いは、持っている武器くらい。
飛び退いた俺の影は武器を構え直し、一定の間合いを保ちジリジリと隙を窺っている。
なかなか面倒な相手だ。
そう思うと同時に、心のどこかでこの戦いを楽しんでいる自分がいた。
――久しぶりに
◇
配信は続いていた。
同時接続者数は現在100万人を突破し、新山マサルが打ち立てた日本記録を大幅に更新。
さらに謎の人型モンスターが現れてからというもの、爆発的に視聴者は増えていき、そして日本にとどまらず、世界からも注目を浴びていった。
――
《なにもみえんww》
《分身……か?》
《異次元バトルすぎるだろ》
《ていうか何者?》
《今話題のジャパニーズニンジャじゃないか?》
《つまりどういうことだってばよ》
《影分身の術的な?》
《Ninjas existed!!(ニンジャは実在した!!)》
――
コメントは大盛り上がり。
とても目で追い切れるスピードではない。海外からの視聴者は、ニンジャニンジャと大騒ぎ。
そしてその配信を、シオンとカナデ、そしてカレンも見ていた。
【幻影の塔】の入り口、まさに攻略を始めようとしていた時、佐藤がSNSでバズっているのを知った三人は、スマホに映し出さられる映像に大興奮。
「さすがタイチですわっ!」
「すごいすごいっ! ていうかなにあのモンスター!?」
「わ、私にはなにがなんだか……」
かつて確認されたことのない人型モンスターが現れただけではなく、それは佐藤の影のような分身のような存在だったことに、三人は衝撃を受ける。
そして、二人の戦いもまた異次元だった。
旧式のドローンでは捉えきれないほどのやりとり。
影が佐藤に肉薄していたと思えば、それを避けてカウンターを叩き込む佐藤。
その一瞬のやりとりは、気を抜けば命は無い死の舞踏のようだった。
影が迫り、佐藤が避ける。
そしてカウンターを避けた影を先回りするように放たれる、佐藤の握る双刀から繰り出される連撃。影は避けきれず、見た目には変化がないが、間違いなくダメージは蓄積していた。
「頑張って……太一さん……!」
「タイチなら勝てますわ、きっと……!」
「はい……! 必ず……!」
三人と世界中の人々が見守るなか、戦いはさらに激化していく。
それはもはや、残像すらも映らないほど。
ドローンはその戦いの風圧で吹き飛ばされそうになっていたが、ギリギリのところで映像を世界に届け続ける。
飛び交うスパチャ。
青色、黄色、緑色、オレンジ、赤色……。
金額によって変わる色が流れ続け、虹色のようになっていた。
最初は懐疑的なコメントをしていた人たちも、気付けば佐藤を応援していた。
――そして、戦いが始まって一時間ほどが経ったころ。
ふと、その戦いは終わりを告げた。
蓄積されたダメージが生み出した一瞬の隙を、佐藤は見逃さなかった。
佐藤の両手に握られたナイフが、影をバラバラに切り裂く。
後に残るのは、黒いモヤ。
そのまま、なにも残さずに影は消えた。
決着。
佐藤は一つ息を吐き、武器を下ろした。
一時間も戦っていたにも関わらず、少しも息が上がった様子はない。
《終わった……のか?》
《多分……》
《すごすぎた……なにがなんだか分からんかったが》
《Ninja! Ninja!》
──
カクヨムコンテストを戦い抜くために、オラに星を分けてくれぇーーッ!
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