第28話 世界的バズ
第九階層の攻略を終えた俺は、一度撤退することにした。体力的にはまだ余裕があるが、この次の階層がどうなっているか分からない以上、進むのは危険だ。
「……まさか自分のコピーと戦うことになるとはなぁ」
ダンジョンを出て、俺はドロちゃんを片付けてから奥多魔支所に向かう。今日の探索結果を報告するためだ。
第九層を攻略し、残すはあと第十階層だけ。
しかしこの先、どんなイレギュラーが発生するかは分からない。万が一のために、経過を報告すべきだろう。
ダンジョンの情報の共有は、次に探索する人間の安全にも関わる。こまめな報告をすることは探索者にとっての義務だと、師匠に口うるさく教えられたからな。
すっかり辺りが暗くなった頃、俺は奥多魔支所に到着した。
「あ……佐藤さんっ! 大丈夫でしたかっ!?」
俺を出迎えてくれたのは、いつもと違う様子の水瀬さん。いつもは冷静な彼女が珍しく取り乱した様子で駆け寄ってくる。
「え、ええまぁ。全然大丈夫です。ありがとうございます」
どうして水瀬さんはこんなに焦っているんだろう。分からない。……とりあえずお礼を言っておこう。心配かけたみたいだし。
「良かったです……まさかあんなに強いモンスターが現れるなんて」
「……どうしてそのことを?」
「えっ……? どうしてって、配信を見たからですけど……」
「は、はいしん……?」
はいしん……配信っ!?
ど、どういうことだ? まさか今日の探索、配信されてたのか……!?
「……大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……これ、栄養ドリンクです」
「あ、ありがとうございます……」
水瀬さんは『凄万』というラベルが貼られた栄養ドリンクを差し出しながら、俺のことを心配そうに見つめている。
もしかして、俺が映像記録用に飛ばしていたドロちゃんが、前回の設定のまま配信をしていたのだろうか?
つまり、俺の姿が全世界に……いやでも、そんなに見ている人はいなかったはず。前回も一人しか来なかったしな。水瀬さんはたまたま俺の配信を見つけて、たまたま見ていただけだろう。
「それにしても、
やっぱり。
すごい(少ない)同接数ってことか。
水瀬さんに過疎配信をしてたことがバレたのはちょっと恥ずかしいけど、まぁ信頼できる人だし全然問題ない。
むしろ、わざわざダンジョンの異常について報告する手間が省けた。
「はは、お恥ずかしい限りです。……というか、よく俺の過疎配信を見つけられましたね」
「……? 過疎?」
なにを言っているんだ、というように水瀬さんが首を傾げる。……あれ?
「この間配信した時は一人しか視聴者がいなかったので。今回も数人くらいでしたよね?」
「…………確かに、私が見始めたときは数人でしたけど」
「やっぱりそうですよね。良かったぁ……あれ、記録用に飛ばしてただけなんですよ」
「は、はぁ……」
「でも、数人は見てくれてたんですね。誰だろ。もしかしてカレンさん達かな?」
「えっと……佐藤さん」
「はい?」
「……これ、見てください」
複雑そうな表情で水瀬さんはスマホを取り出し、その画面を俺に見せてきた。
一体なんだろう?
どうやらスマホには俺がよく使っている配信サイトが表示されているようだ。
そして、見慣れたアイコン。その横には『ぼっちのダンジョン攻略記』と書かれている。あれは俺が配信用に作ったアカウントだ。
表示されているのはどうやら配信アーカイブのページらしい。このサイトはリアルタイムで見れなくても後から見返せるようにアーカイブが自動で保存される神システムが採用されている。
ルナスターズの配信はなるべくリアルタイムで見ているが、どうしてもそれが出来ない時はお世話になっている機能だ。
そこには『無題』の配信アーカイブが保存されていた。どうやらこれが勝手に配信されていたアーカイブのようだ。
「これがどうしたんですか?」
と、聞いてみると水瀬さんは黙って画面を指差した。
……あれ?
なんか数字がおかしい。アーカイブの再生数が見たことのない桁になっている。イチジュウヒャクセンマンジュウマンヒャクマンセンマンイチオク……一億!?
「なんかバグってません?」
「いえ……この数字であっていますよ」
「そ、そんなわけないじゃないですかぁ〜。水瀬さんらしくない冗談ですね? ……冗談ですよね?」
もう一度確認してみても、水瀬さんはゆっくりと首を振るだけだった。……ま、マジ?
「私は至って真面目です。この配信は同接253万を記録しました。もちろん日本記録……いや、ギネス記録です」
「ぎ、ぎねす……?」
あまりの衝撃に水瀬さんの言葉をオウム返しすることしかできない。水瀬さんは続けざまに口を開く。
「このサイトは日本からしかアクセス出来ませんので、海外の方たちはミラー配信を見ていたようです。それも含めると、おそらく1000万人は配信を見ていたかと……」
「そ、ソウデスカ……」
もはや規模が大きすぎて理解ができない。
過疎配信のはずだったのにどうしてこんなことに……。
「……幸い、ドローンが旧式でしたので顔は映ってませんでした。マイクも不調だったのかほとんど声も入っていませんでしたよ」
言葉を失っている俺を見かねてか、水瀬さんが励まし? の言葉をくれる。
「今からどうにかなりませんかね……?」
「……それは無理かと」
「ですよね……」
……まぁ別にいいか。むしろダンジョンで起こっている異常が世間に広まったことを喜ぶべきだ。これでみんなが危機感を持ってくれれば、ダンジョンに深入りして怪我をする人も減るはず。
そうやってポジティブに考えていると、水瀬さんが近づいてきた。
え、なに?
と思ったその直後、俺の手が水瀬さんの少し冷たい手に包まれた。
「……本当に無事で良かったです、佐藤さん」
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