第15話 新山マサルの苦難②
「おはようございますカレンさん」
「おはようございますですわ」
次の日。
俺たちは朝から待ち合わせて、ダンジョン協会【奥多魔支所】のエレナさんに会いに行くことに。
今日のカレンさんは昨日のゴスロリファッションではなく、落ち着いた雰囲気の服装だった。
そのことを聞いてみると、「あれはダンジョン用の服装ですわ」と返された。なるほど、俺の黒ジャージみたいなものか。
協会に入ると、エレナさんが俺たちを出迎えてくれる。
「おはようございます、佐藤さん。それと姉さんも」
綺麗な金髪を揺らしながら丁寧にお辞儀をするエレナさん。今日のエレナさんは、後ろで編み込まれた大人っぽい髪型だった。とても似合っている。
「おはよう、エレナ。久しぶりですわね」
「エレナさん、本日はわざわざお時間いただきありがとうございます」
俺たちはエレナさんに挨拶を返す。
「いえ、佐藤さんにはいつもお世話になっておりますから。これ、栄養ドリンクです。それではこちらへどうぞ」
いつものように栄養ドリンクをエレナさんから受け取ってから奥に進む。ラベルには「凄千」と書かれていた。なんかレベルアップしてる。
通されたのは少し広めの会議室。
いくつかの長机と、部屋の前に大きめのホワイトボードが置かれている。
椅子にかけると、さりげなくカレンさんが隣に腰を掛けた。それを見たエレナさんはなにか言いたげにしていた。
そこで、俺は昨日のことをエレナさんに報告する。
ついでにスマホに書き溜めていた情報も渡しておく。役に立つかは分からないが、情報の共有はしておかないとな。
「なるほど、そんなことが……」
話を聞いたエレナさんは、指を唇に当てて考え込む。
「そういえば、タイチは何級なんです?」
「俺ですか? 俺はC級ですよ」
「え? し、C級……? エレナ、どうしてですの?」
「タイチさんは魔力結晶を寄付しているんです」
「まぁ……さすがはタイチですわ」
俺が昇格していないのは、エレナさんの言う通り魔力結晶を寄付しているからだ。
魔力結晶は、
「まぁ、俺がお金を持ってても仕方ないしね」
「いえ、なかなか出来ることではありませんわ。世の中の探索者もタイチを見習ってほしいですわね」
S級探索者ともなると、国から受けられる支援はかなりのものになる。だから、財政的にもわざわざ国から昇格を促したりはしない。こちらからちゃんとした申請が必要になる。
国からすれば、魔力結晶を国に納めない探索者を支援する理由はない。
国は、探索者から魔力結晶というエネルギーを貰う見返りとして、さまざまな優遇をしているわけだからな。
つまり、昇級したければ国に魔力結晶を納めましょうということ。この辺は税金をイメージすると分かりやすいだろうか。
寄付した魔力結晶を昇格のための実績に含める方法もあるが、そのための手続きはかなり大変だ。
毎回、死ぬほど大量の書類を書かされるし、いろんな窓口をたらい回しにされる。俺は一度で諦めた。
エレナさんが昔その手続きを「私が代わりにやりますよ」と提案してくれたけど、悪いので断っている。協会の職員は激務らしいからな。俺のわがままで手を煩わせるわけにはいかない。
「情報ありがとうございます、太一さん。この情報は私がしっかりと上に報告しておきますので」
エレナさんは俺の話をすべてメモして、調書にまとめていた。とても綺麗な字だ。
「よろしくお願いします。杞憂かもしれませんが……」
「いえ、備えあれば憂いなしと言いますからね。それに、ダンジョンに関してはまだ分からないことが多いですから、こういった些細な変化も大事な情報なんです。……まぁ、最近では情報の独占をしたり、報告を怠る方も増えているみたいですが……」
はぁ……とため息をつきながらエレナさん。
探索者の現状については思うところがあるらしい。
「エレナ、頼みましたわよ。私たちが
「わ、分かったわよ姉さん……」
そのあと少し世間話をしてから、俺たちは協会を後にする。
家に帰ろうとしたらカレンさんがうしろをちょこちょこついてきて、そしてなぜか車の助手席に乗り込んできて、シートベルトを締めた。
「……えっと、カレンさん?」
「はい?」
「なにしてるんです?」
「まぁまぁお気になさらず」
「…………」
俺は諦めて車のエンジンをかける。
……家の片付け、しておいて良かったな。
◇
――水瀬カレンが太一の家に向かった同日。
幻影の塔、第七階層。
そこでS級クラン【エバーライト】は、苦戦を強いられていた。
「クソッ!! どうして今日はこんなに敵が多いんだ!」
リーダーのマサルが攻撃を避けながら悪態をつく。
彼らが苦戦している理由。それはつい先日、初討伐に成功した《ビジョンリッチ》。その数が飛躍的に増加していたことが原因だ。
前までなら、一つのフロアに三体が上限だったはずなのに、今日は七体。倍以上である。
「おいシゲル、しっかりターゲットを取れよ!」
「や、やってますよ! 数が多すぎて、無理なんです!」
現にシゲルは五体のターゲットを取っていた。
対して、マサルは残りの二体。どちらが戦況に貢献しているかは明白だ。
「言い訳はいいんだよ! こいつらには攻撃が通らないんだから、時間を稼ぐしかない!」
残りのメンバーは、すでに満身創痍だった。
マサルの代わりに攻撃を引きつけていたためだ。
「マサルさん、一度撤退しましょう! このままでは全滅します!」
限界を迎えつつあるシゲルが叫ぶ。最後の砦である彼が崩れれば、一気に形成は絶望的になる。
マサルは「ちっ……!」とひとつ舌打ちをしてから、パーティに撤退命令を出した。
命からがらセーフゾーンに戻った一行は、全員暗い顔をしている。特に新人のユウトの怪我は重く、これ以上探索は続けられないと判断。ダンジョンを後にした。
ユウトを病院に送り届けてから事務所に戻った彼らは、次回の探索についての会議を始める。
「マサルさん……今日のダンジョン、なにかおかしくなかったですか?」
シゲルが口を開く。
タンクの彼は《ビジョンリッチ》たちの様子がおかしいことに気づいていた。
「そんなこと分かってる。数が多かったことだろ?」
「いや……それもありますが……」
数が多かったことはもちろんだが、シゲルはそれ以上におかしな点を感じていた。
それは、モンスターたちの統率された動き。
タンクの彼は、人一倍モンスターの動きに敏感だ。だからその些細な違和感に気付くことができた。
「モンスターが意思を持っていたような……」
「はぁ……? そんなことあるわけないだろ。ヘイトを分散させた言い訳か?」
「違います! 俺は思ったことを言っただけで――」
「はいはい分かった分かった」
「話を聞いてください! 今日の異常は、ダンジョン協会に報告すべきです!」
真剣なシゲルの態度に、マサルは冷たい視線を送る。
そしてため息をついてから口を開いた。
「ダンジョンから逃げ帰ったのを『今日のダンジョンはおかしかったんです』って報告するのか? お前には恥っていうものがないのか?」
「なっ……!」
マサルのあんまりな物言いに、シゲルは絶句する。周りのメンバーは沈黙を守っていて誰も口を挟もうとしない。
「とにかく、今日あったことは誰にも言うなよ。ユウトの怪我も、あいつが凡ミスをしたってことにしておく」
立ち上がり、マサルは部屋から出ていく。
彼はこれから《飲み会》にいく予定があったのだ。
そこにはかねてより会いたいと思っていた『水瀬カレン』が来るらしいという噂もあり、マサルはこの日を楽しみにしていた。
カナデにはブロックされてしまったが、彼は切り替えが早かった。
タクシーに乗り込んだマサルはスマホを開き、水瀬カレンの画像を見ながらニヤリと笑う。
(水瀬カレン……世界で唯一のSS級探索者、か。俺に相応しい女だ)
――そしてこの日、水瀬カレンは飲み会に現れることなかった。
──
マサルの苦難は続く……。
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