第14話 異変、予感、連絡先
二体のアークエンジェルを前にカレンさんがクナイを構える。隙のない、いい構えだ。
「サトウさん、これをお使いください」
と、俺が武器を持っていないことに気付いたカレンさんが、ゴスロリ服の隙間から取り出した一本の短刀を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「私のサブアームですわ。サトウさんなら使いこなせると思いますの」
綺麗な刃紋が刻まれた短刀。それもかなりの業物だ。……少し生暖かい気がするが気にしないでおこう。
二体のアークエンジェルとはまだ距離がある。
向こうはまだ俺たちの場所を特定できていないようだ。
「カレンさん、あいつらの攻略法は知っていますよね」
「ええ、もちろんですわ。詠唱中を狙うんですわよね。弱点は背中側の首の下」
言ったあと、なぜか俺の方を見るカレンさん。
褒めて欲しそうなオーラがすごい。
「さすがですね。ではカレンさんはこちらから見て左のアークエンジェルをお願いします」
「は、はいっ。……サトウさんに褒められましたわ……うふ、うふふ……」
「それじゃ、俺の合図でいきましょう」
「了解ですわっ」
カレンさんに声を掛け、アークエンジェルの様子を伺う。
探索者として初めての共闘。チームでの戦い。胸が高鳴り、手に汗が握る。
――これまでずっと一人だった俺に、息が合わせられるだろうか。
チラリと横目で伺ったカレンさんは、さっきまでの緩い雰囲気はなくなり、深く集中している。
息を殺し、気配が近づいてくるのを待つ。
あと少し――。一息で攻撃できる距離まで。
待つ、待つ、待つ……。
――今ッ!
俺はカレンさんにアイコンタクトを飛ばし一気に駆け出す。
同時に、寸分の差もなく、風だけを残してカレンさんの姿が消えた。
――疾い。
一瞬でアークエンジェルの背後に回り込んだカレンさんは、そのまま弱点に向かってクナイを投擲。完璧な動きだ。
あっちは大丈夫そうだな。
安心し、目の前のアークエンジェルに気持ちを切り替える。俺も負けていられない。
カレンさんから受け取った短刀を構える。初めて使うとは思えないくらい手に馴染む。丁寧に扱われてきたのだろう。
「お前の相手は俺だ」
手を振り上げて殺気を振り撒いているそいつに向かって短刀を振り抜く。逆袈裟の形だ。
空気を切り裂く、シィッという音。
そして一瞬の静寂。
時が止まり、アークエンジェルの体が
ズル……両断されていく身体。そのまま光の粒子となって消えていく。
「す、すごいですわ……!」
カレンさんの感嘆の声が俺の耳に届く。
「た、タイチさん、今のはどうやったのでしょう?」
「ええと、普通に?」
普通にズバッと正面から弱点を斬っただけですが。
「普通ではありませんわっ!?」
「いや、実際この武器のおかげですよ。つまりカレンさんのおかげです」
「そ、そうなんですの? 私、タイチさんのお役に立てましたか?」
「もちろん。息もぴったりでしたし」
答えながら、自分の手が震えていることに気付く。
誰かと初めての共闘。
思った以上に、それが嬉しかったみたいだ。
誰かと一緒って……いいな……うん。
「えへ、えへへ……。私たち、ベストパートナーですわねっ」
カレンさんも同じ気持ちだったらしく、可愛らしく微笑んでいる。いつの間にか名前呼びになっているのはスルーすべきなんだろうか。……よし、スルーしとこう。
「……ん?」
「どうされました?」
「いや……」
ドロップした魔力結晶を拾おうとした時だ。
なにか、イヤな予感がした。
顔を上げる。
どうやらこの先にある第二階層への階段の方からそのイヤな感じが飛んできているらしい。
今までにない胸騒ぎ。
もしかして、なにかがダンジョンで起こっているのか……?
思えば、今日のダンジョンはどこかおかしかった。
第七階層は初めて入ったから分からなかったが、思い返すと明らかにモンスターの数が多かった。
あれがもし、異常なのだとしたら……。
「タイチ? 大丈夫ですの?」
「ああ、いや……」
いつの間にか呼び捨てになったカレンさんの呼びかけに答えながら、俺は考える。
っていうか距離の詰め方が大胆だなこの人。嬉しいけど。ぼっちにはその辺が分からないから助かる。
一応カレンさんにも情報を共有しておくか。
「なんだか今日のダンジョンはおかしい気がして」
「おかしい……とは?」
「敵の動きがおかしいんです」
予兆は、ルナスターズの二人を助けた時にもあった。
今まで群れて行動することのなかったアークエンジェルが、明らかに統制された動きをしていた。
そして今日。さっきも二体のアークエンジェルが示し合わせたように現れ、さらには同時に攻撃をしてきた。
長いあいだ、このダンジョンに潜って情報を集めていないと分からないような、些細な違和感。
だが、この感覚は間違ってはいない気がする。
『――ダンジョンは常に変化し続ける。まるで生き物のようにな。常に周囲に気を配り、些細な変化を見逃すな。それが、探索者としての仕事だ』
昔、何度も聞いた師匠の言葉が蘇る。
俺はその言葉を胸に、ダンジョンを探索してきた。しっかりと情報を集め、どんな些細な変化も見逃さないように。
だが、この考え方はダンジョン配信という文化が広まってからはどんどんと無くなっていったように思う。
いつからか、ダンジョンは、いつでも手軽に楽しめるエンターテイメントになってしまったのだ。
その中で【ルナスターズ】の二人だけは違った。
シオンは大胆だけど冷静さも持ち合わせているし、カナデは慎重だけど時に大胆な作戦を立てたりもする。状況を常に分析し、決して油断しない。
二人のダンジョン配信は、お互いが支え合っている。
「タイチ、もしかして別の女の子のことを考えていませんか?」
「……いや?」
「本当ですの?」
「…………」
カレンさんがジト目で俺を見る。なぜバレた。
答えは沈黙、ということでここは黙っておこう。
とりあえず、ダンジョンの異変については報告しないとな……。明日、ダンジョン協会に行って水瀬さんに報告しようか。ついでにカレンさんにもついてきてもらおう。俺だけの報告だと信憑性に欠けるしね。
「カレンさん、明日お時間ありますか?」
「は、はいっ。もちろんですわっ」
ずいっ、と目を輝かせながら距離を詰めてくるカレンさん。ついでに短刀を返しつつ、さりげなく距離を離す。すると離れた分だけ距離を詰められる。
「デートですの? デートですわよねっ!?」
「いや、違いますけど」
「えっ」
「えっ」
「違いますの?」
デートならどれだけ良かったか。仕事の延長です。
「今日のことをダンジョン協会に報告したくて。俺だけだと信憑性が薄いので、カレンさんにもついてきてもらいたいんです」
「も、もちろん構いませんわっ。ここからですと奥多魔支所でしょうか?」
「そうなりますね」
「でしたら、私からエレナにアポを取っておきますわね」
「ありがとうございます、助かります」
カレンさんがいたら話が早そうだ。助かるな。
俺はスマホを取り出し、今日の情報を書き留めていく。
と、そこで俺はカレンさんがそわそわとしていることに気付いた。なにか言いたげに俺のスマホを見ている。
「あのぉ……タイチにお願いがあるのですが」
「え、なんですか?」
「ええと、その、連絡先を教えていただきたく……」
あ、ああ……なるほど。そういうことか。
今まで連絡先の交換なんてしたことがなかったから全く考えが及ばなかった。ぼっちゆえに。
「もちろんいいですよ」
俺は平静を装いながらスマホを取り出し、インストールして一度も使うことのなかったメッセージアプリを開く。やべぇ、使い方が分からない。
四苦八苦している俺を見かねたカレンさんが、「お借りしても?」と代わりに登録作業をやってくれた。ありがたい。
そしてついに、俺のスマホに連絡先が初めて登録された。これはぼっち卒業といっていいのではないだろうか。
そのあと、俺たちは神々の庭園から出て、入り口でカレンさんと別れた。
カレンさんは最後まで俺の家に来たがっていたけれど、それは丁重にお断りしておいた。
……帰ったら一応、部屋を片付けておくか……。
──
奥多魔は架空の地域名です。とんでもない田舎です。
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