第16話 カレンとカレー


 俺の家は、山の中のさらに奥、秘境ともいえるような場所に建っている。


 家の周りには山と川しかないし、人間より野生の動物を見かけることの方が多い。

 鹿、猪、猿、タヌキなどなど、あらゆる野生動物の楽園が、奥多魔という地域なのだ。いうなれば、天然のサファリパーク。


 東京とは名ばかりの大自然。

 いつでもキャンプ気分が味わえる。人付き合いが苦手な俺にとっては、とても素晴らしいロケーション。


 今日はそんなマイホームに初めての来客だ。昨日、部屋を片付けておいて本当によかった。


「ここがタイチのおうちですのねっ! ワビサビを感じますわ!」


 昼過ぎ、家に到着。

 長い移動にも関わらず元気いっぱいだな。

 ただの古民家も、カレンさんにとっては新鮮らしい。


「オカエリ、オカエリ!」

「ただいまフゥちゃん」


 玄関をくぐるといつものようにフゥちゃんが出迎えてくれた。

 

「まぁ、可愛らしいインコさんですわね。お名前はなんといいますの?」

「オカメインコのフゥちゃんです」


 来客が珍しいのか、鳥カゴの中でバッサバッサと元気よく飛び回るフゥちゃん。ちなみに鳥カゴは手作りである。かなり大きめに作ったので、フゥちゃんはいつも快適そう。


「フゥちゃん。私はタイチのベストパートナー、水瀬カレンですわ。よろしくお願いしますわね」

「カレン! カレン! パートナー!」

「まぁ……! なんてお利口なのでしょう。ですが、が抜けていますわよ」

「ベスト! ベスト!」


 途中で寄ったコンビニで買ってきた食料を冷蔵庫にしまっている間に、カレンさんがフゥちゃんに変なことを教えていた。


「なにしてるんですか……」

「なにって、私とタイチの関係性を教えてるだけですわ」

「はい、こっちにきてくださいねー」

「ああっ……!」


 フゥちゃんからカレンさんを引きはがし、居間に案内する。


 居間は畳と机、そしてほとんど使われることのないテレビが置いてあるだけのシンプルな間取りだ。いつもここで食事をしたり、ゴロゴロとくつろいだり、フゥちゃんと会話したりしている。


 それにしても、見慣れた風景に美少女がいるってのはめちゃくちゃ違和感があるな……。


 カレンさんを居間に通してから、俺は使われることのなかった来客用の、ちょっと良いお茶を淹れる。

 

「粗茶ですが」

「ソチャ?」


 どうやらカレンさんはあまり日本の文化に馴染みがないみたいだ。海外にいる期間が長いせいだろうか。

 

「ただのお茶です。今から晩御飯を作るので、適当にくつろいでおいてください」

「まぁ。ありがとうございます。ではお言葉に甘えて頂きますわ」


 本当は紅茶とかが良かったのかもしれないけど、あいにくそんなものはない。


 パリパリ、ズズズと上品にお茶を飲んでいるカレンさんを置いて、俺は晩御飯の準備に取り掛かることにする。


 今日のメニューはカレー。

 自家製の野菜たっぷりの自慢のカレーだ。誰にもまだ食べさせたことはないが、味には自信がある。


 家庭菜園で収穫したばかりの野菜たちと、特製のスパイスを使って調理を進めていく。


「タイチ、なにか手伝えることはありませんこと?」


 玉ねぎを切っていると、いつの間にか隣にカレンさんが立っていた。気配がないからビックリした。


「そうですね……なら、ジャガイモを切ってもらえますか?」

「分かりましたわ!」


 そうして二人で調理を進め、一時間ほどで特製カレーが完成した。部屋中にいい匂いが漂っていて、食欲が刺激される。


 ――ぐぅ。

 お腹が鳴る音がした。俺じゃない。

 カレンさんをチラリと、見ると顔を赤くして「えへへ……」と恥ずかしそうに笑っていた。


 俺の空腹もそろそろ限界だし、さっさと準備しよう。

 皿を出し、ごはんをよそって、熱々のカレーをかける。湯気がホカホカと上がる。めちゃくちゃ美味そう。


「いただきます」

「いただきますですわ!」

 

 両手を合わせてから、早速一口。

 う、美味い……!! スパイスによるほどよい辛さとコク、そして採れたばかりの新鮮な野菜の旨みがふんだんに溶け込んでいて、絶品の一言。自画自賛してもいい美味しさだ。疲れた身体に染み渡る。


「……っ! とっても美味しいですわっ」


 カレンさんも同じ気持ちのようで、夢中でパクパクとカレーを口に運んでいる。気に入ってもらえたみたいで良かった。


 カレンさんのおかげで、いつもと同じカレーがいつもより美味しく感じる。

 誰かと一緒に食事をするなんて、本当に久しぶりだ。師匠がいなくなってから初めてかもしれない。


「そういえば、カレンさんが神々の庭園に来た理由って結局なんだったんですか?」

 

 カレーを食べながら、気になっていたことをカレンさんに聞いてみる。


「それはもちろん、あのブログの真相を確かめたかったからですわ」

「そういえばそんなこと言ってましたね」

「神々の庭園を攻略してる、なんて信じられませんもの。誰もが攻略を諦めた、世界で唯一のSSS級ダンジョンですから」


 まぁ、俺も師匠からこの仕事を引き継いでいなかったら潜ろうとは思わなかっただろう。


「もう一つは、ルナスターズを助けた謎の人物に会うため、ですわね」

「……やっぱり、あの映像って残ってました?」

「それはもう、いろんなところで話題になっていましたわ」

「マジかぁ……」

「『あの人影は誰なんだ』、とフランスの掲示板でも話題になるくらいですもの。みな『ジャポネニンジャ!!』と盛り上がっていましたわ」


 まさかの海外デビュー。よかった、姿を隠していて。

 ていうかそんなに話題になっていたのに、神々の庭園に誰も来ないってどういうことなの……。不人気すぎない? ど田舎すぎるのが悪いのかな。


 ――ピロンっ。

 と、そこで俺のスマホが通知音を鳴らす。

 目の前にカレンさんがいるから、この通知はルナスターズの配信開始の通知かな。


「……誰ですの?」

「え? ええと、ルナスターズの配信が始まったっていう通知ですねたぶん」


 俺のスマホが鳴るのはルナスターズの配信が始まるときしかないと古事記にも書かれている。


「ふぅん……私というものがありながら……へぇ……」


 なぜかジト目のカレンさん。

 その視線を受け流しつつ、スマホを取り出し配信アプリを立ち上げる。


「……あれ?」

「どうしたんですの?」

「いや、なんか配信の通知じゃなかったみたいです」


 トップ画面を見ても、ルナスターズの配信は見当たらなかった。代わりに、右上にあるベルマークについた赤い通知が目に入る。


「ん? なんだろ」


 とりあえずタップしてみる。

 すると、こないだ配信したときに作ったチャンネルに一件のメッセージが来ていた。


「私にも見せてくださいまし〜〜」

「ちょ、見えませんって」


 隣からスマホを覗き込んでくるカレンさんの頭を押しのけながら、メッセージを読む。


「むむむぅ」

「えーと、なになに……? ……『初めまして、ボチダン様。月影ルナと申します。先日の配信アーカイブ、拝見させていただきました。確認したいのですが、この映像は【神々の庭園】の映像で間違いないでしょうか?』」


 ……ん?

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