第10話 煉獄霧切丸


 俺はダンジョン協会を後にして、ナイフを新調するために行きつけの鍛冶屋に向かうことにした。


 協会から車を山の方に向かって走らせること約二十分。山の中腹といえる場所に『鳳凰院工房』はある。


 工房からは今日もモクモクと煙が上がっている。よかった、営業中みたいだな。


「こんちはー」


 俺は気兼ねなくその工房に足を踏み入れる。相変わらずなにに使うか分からないような刃物ばかりが置いてあるな。


 その中の一つ、柄にドラゴンが巻きついた剣を見て、これによく似たキーホルダーを修学旅行で買った記憶が蘇る。


 しばらく返事を待ってみるも反応がないので、そのまま奥へ進むことにした。

 カァン、カァンという音が近づいてくる。


「おーい、鳳凰院さーん」


 奥の精錬所へ入って、大きめの声で呼びかける。

 するとようやく俺の存在に気づいたのか、黙々と鉄を打っていた男が振り向く。


「……ふ、誰かと思えば佐藤か。よく来たな。今日はなんの用だ?」


 この少し演技がかった話し方の男は、この工房の主、鳳凰院刹那ほうおういんせつなだ。もちろん本名ではない。ペンネーム……いや、刀匠ネームだ。


 真っ白な白髪(染めているらしい)を肩ほどまで伸ばし、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを着けているその姿は、とても刀剣鍛治師には見えない。服装も黒で統一されていて、闇魔法なんかを使ってきそう。

 

「ええと、新しいナイフが欲しくて」

「……貴様、もしかして無くしたというのか? 我の最高傑作、『煉獄霧切丸れんごくきりぎりまる』を!」


 あのナイフ、そんな名前だったのか。いかちぃ。

 

「す、すみません。ちょっと色々あって」

「色々とはなんだ、色々とは。あれは我の魂の結晶だぞ。それを無くしたとは……ッ!」


 見てわかる通り、彼は厨二病患者である。

 俺のナイフにやたらと仰々しい名前をつけているのも、鳳凰院刹那なんて名乗っているのも、全てそれが原因だ。


 ちなみに本名は丸山いわお

 そっちの方が刀匠らしくてかっこいいのでは? と思わないでもない。年齢は意外と若く、まだ三十代前半だ。


「非常に申し訳ないんですけど、もう一度同じのを作れたりしないですかね……?」

 

 前に作ってもらったナイフ(煉獄霧切丸)は、彼にしては比較的シンプルな意匠だった。

 すべてが漆黒で統一されたあのナイフは俺も気に入っていたから、ダメ元で頼んでみる。


「……それは難しいな。あれは我の最高傑作。煉獄を切り裂かんという思いが篭った妖刀なのだ。それをもう一度作れなどと、無茶を言ってくれる。というか、一体どうして無くしたのだ?」

「ご、ごめんなさい。少し人を助けるのに使ってしまって……」

「ふむ、人助けか。本来の願いとは少し異なるが悪くない。さすがは我の認めた男よ。クックック……」


 無くしたと聞いた時は不機嫌そうだったが、なんとか機嫌を直してくれたみたいだ。


 鳳凰院さんはこんな変わり者だけど、鍛治師としての腕は折り紙つき。なんでも、国内でもトップクラスの評価を受けている鍛治師らしい。

 数年前、水瀬さんからの紹介でこの工房に訪れてから、今までずっとお世話になってきた恩人でもある。


 人柄はちょっとクセがあるし作る武器の見た目も好みが分かれるから、あまりお客さんはいないみたいだけど。

 まぁ、どのみち彼が認めた人間にしか売らないらしいからあんまり関係ないんだろう。


「そうだな……次の武器の名前は『ツヴァイ・ラーべ』にしようか……」

 

 ブツブツと自分の世界に入ってしまった鳳凰院さん。


「そ、それじゃよろしくお願いしまーす……」


 面倒なことになりそうだ。さっさと退散しよう。

 というか、世界観くらい統一してくれよ。いきなり俺の武器がドイツ語になったんだが。

 ……まあでも、意外に悪くないかもしれないな。



 ◇



 佐藤が鳳凰院工房から立ち去ってから数十分後。

 工房の前に一台の黒い車が停まる。


「ここが鳳凰院工房……!」

「つ、疲れたぁ……」

 

 その車から降りてきたのは、オフ用のカジュアルな服装に身を包んだシオンとカナデだった。


 シオンはキラキラとした眼差しで工房を見つめ、カナデはグロッキーな顔で項垂れている。カナデは車酔いするタイプなのだ。


「ごめんくださーい」

「ちょ、シオン待って……!」


 長時間の移動にも関わらず元気たっぷりなシオンを、カナデが追いかける。


「すごいよカナデ、めちゃくちゃかっこいい武器がたくさんある!」

「えー? 私にはちょっとよくわからないかなぁ……」


 たくさん並んだ禍々しい武器に目を輝かせるシオン。こう見えて彼女は、カッコいいものが大好きなのだ。

 誰にも言っていないが、刀を愛用しているのもかっこいいから。ちなみに、シオンの愛刀の名前は『紫電』である。


「ほう、その武器の良さが分かるか……なかなか見る目があるではないか」


 そこへちょうど休憩をしにきた鳳凰院刹那が姿を現した。

 その手には先ほど佐藤から受けた注文の設計図が握られている。なかなか仕事が早い男である。


「あ、ここのご主人ですかっ? 私たち、ルナスターズと申します!」

「す、すみません、勝手に入ってしまって」


 異様な姿をした鳳凰院にも怯まないシオンと、内心ビビっているカナデ。

 

「構わぬ。それで何用だ?」

「ええと、このナイフなんですが……」


 おずおずとシオンが漆黒のナイフを取り出す。


「そ、それは煉獄霧切丸ではないかっ!?」

「れんごくきりぎりまる……?」

「かっこいい……っ!」


 無駄に厳ついその名前は、どうやらシオンのツボにハマったようだ。目をキラキラとさせてナイフを眺めている。


「ご存じなんですか?」

「当然だ。それは我が魂を削りながら打った、会心の一振りだからな」

「わ、私たち、このナイフの持ち主を探しているんです」

「ナイフではない、煉獄霧切丸だ。……なるほど、お前たちが奴に助けられたという……」


 ふむ、と鳳凰院は腕を組み二人を観察する。

 よく見てみれば、二人は探索者の証である『認識証』を、首からネックレスという形でかけていた。

 

「持ち主が知りたいと言ったな」

「はい」

「それは出来ん」

「なっ……どうしてですか?」

「フッ……顧客の情報を教えるのは、こんぷらいあんすに反するからな……」

 

 無駄にリテラシーの高い鳳凰院である。

 そう言われては諦めるしかない。がっくりと肩を落とすシオンとカナデ。


「……だが、煉獄霧切丸をわざわざ届けてくれたことには礼を言う。それは我が魂の一部とも言えるのでな」


 そう言ってナイフを受け取ろうとする鳳凰院。

 しかしシオンはそれを渡そうとしなかった。

 

「あの、しばらくこの煉獄霧切丸をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「……なに?」

「私たち、この持ち主に命を救われたんです。だから、直接返したくて」


 その言葉に、鳳凰院は目を閉じて腕を組む。

 しばらく考えたのち、口を開いた。

 

「なるほど。そういうことなら仕方がない。お主たちに我が魂、預けようではないか」


 

──

修学旅行のキーホルダーは、男の永遠の憧れですよね。

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