第9話 受付の水瀬さん


 ルナスターズの二人を助けてから数日後。

 俺は久しぶりに街中に出てきていた。


 俺が住んでいるところは、いわゆる郊外だ。

 東京の都心部からは遠く離れたその場所は、首都にあるまじき田舎である。


 おかげで格安の一軒家を借りられている。元はほぼ廃墟同然だったのを、頑張ってリノベーションした。周りに家もなく、とても開放的で気に入っている。


 最近、家庭菜園なんかも始めた。

 普段しゃべる機会がないから、その分いつも野菜たちに話しかけている。完全に不審者だ。


 まぁ、【神々の庭園】も近くにあるし、何も不便はない。家の周りには何もないが、わざわざ買い物に行かなくてもネットショッピングを利用すれば問題ないしな。便利な時代である。


 さて、本日やってきたのは最寄のダンジョン管理協会だ。家からは30分ほど車を乗らないといけないが、ここが最寄りなのだ。どれほど俺が住んでいる場所が田舎か分かるだろう。


「あら、お久しぶりですね佐藤さん」


 協会に入った俺に声をかけてきたのは、ここの担当をしている水瀬さん。

 いつも気配を消して入っているのだけど、水瀬さんだけはなぜか目ざとく俺を見つけて挨拶をしてくれる。

 

「お久しぶりです水瀬さん」


 今日の水瀬さんは、サイドに髪をまとめたスタイルだ。とても似合っているが、そのことは口にはしない。セクハラになりそうだからだ。


 彼女は日本とフランスのハーフらしく、日本人の可愛らしさとフランス人の美しさを両方兼ね備えている完璧美人。こんな片田舎にいるのが不思議である。


「お元気でしたか? 最近姿を見なかったので心配していたんですよ? 体調を崩したりしていませんか? 風邪が流行ってますから気を付けてくださいね。これ、栄養ドリンクです」

「あ、ありがとうございます」


 やたらと心配性な水瀬さんがどこからともなく取り出した栄養ドリンクを、ありがたく受け取る。ラベルを見ると、「凄百」と書かれていた。……精力剤? 


 いつものようにパリッとした制服に身を包んだ水瀬さんは、カウンターの奥で優しく微笑んでいて平常運転。これはツッコミどころなのだろうか……。分からない。

 

「それで、本日はどのようなご用件でしょう?」

「ええと、いつものように魔力結晶の処理をお願いしたいのですが」


 俺は人見知りだが、何度もあっていたらそれなりに会話はできるようになるタイプの人見知りだ。だからいつも、ダンジョン関係の事務処理なんかは水瀬さんにやってもらうことにしている。

 

「はい、魔力結晶の処理ですね。では、こちらへどうぞ」


 そうやって連れられてきたのは、いろいろな機材が置かれた教室ほどの広さの部屋。

 ここは、【魔力抽出室】といって、魔力結晶から魔力を抽出するための機材が置かれている。各ダンジョン協会に必ず設置されていて、探索者にはお馴染みの施設だ。


「さて、今日はどんな大物を持ってきてくれたんですか?」

「ええと、今日はこれだけです」


 俺はリュックを下ろし、中からいくつかの魔力結晶を取り出した。それを見て、水瀬さんがうっとりと目を細めている。


「……うふふ。今日も素晴らしい成果ですね。それでは、預からせていただきます。抽出まで少々お待ちください」

「よろしくお願いします」


 魔力結晶を水瀬さんに渡し、専用の機械に手際よく入れられていくそれを眺めながらしばらく待つ。


 ゴゥン、と音を立て機械が動き出し、処理が終わった水瀬さんが戻ってきた。


「それでは、いつものように処理をお願いします」

「……佐藤さん、本当に寄付でよろしいのですか? あれほどの魔力結晶でしたら、すぐにS級に昇格できるはずです」

「はい。今回も寄付でお願いします」

「そうですか……すみません、差し出がましかったですね」

「い、いえいえそんな……いつも水瀬さんには助けられてますから」


 水瀬さんの言うように、俺は得られた魔力結晶のほとんどを寄付している。この制度は言葉の通り、魔力結晶で得られたDPをいろんな団体や施設に寄付するというもの。


 お金はもう十分あるし、どうせ俺が持っていてもスパチャ代に消えていくだけだからな。遊ぶ相手もいないし。


 それに、俺はいろんな人に助けられて生きてきた。その恩返しだ。

 

 しばらくすると処理が終わり、抽出結果が書かれた紙がジジジと機械から吐き出された。

 それを水瀬さんから受け取って帰り支度をしていると、ふいに水瀬さんが声をかけてきた。


「……佐藤さん、ところでこのブログを知ってますか?」


 水瀬さんの右手に握られたスマホの画面には、見慣れたバナーが。

 え……どうして俺のブログを知っているんだろう。


「は、はぁ……まぁ、一応知ってます」

「そうですか。最近話題になってますもんね」


 話題に……?

 どこかで話題になっていたのか? だからアクセスが急増したのか。


「そ、そうですね」


 よく分からないが、とりあえず話を合わせておく。

 

「……ところで佐藤さん。新山マサルって知ってますか?」


 ……誰だろう。

 有名人だろうか? それとも配信者?

 俺は普段テレビを見ないから芸能関係には疎いんだよなぁ。


 しばらく頭を捻ってみるも、俺の頭の中に新山マサルという名前はインプットされていなかった。


「ええと……すみません、知らないです」

「そうですか……」


 と、そのときプルルルル、とスマホの着信音が。

 ぼっちの俺に電話などかかってこないので、水瀬さんのスマホだろう。


「どうぞ」

「す、すみません。失礼します」


 俺は水瀬さんに電話に出るように促す。


「……もしもし、お姉ちゃん? 今仕事中だから――……え? ジャパニーズニンジャ? 知らないけど、それがどうしたの? どこにいるのか知らないかって?」


 電話の相手はどうやら水瀬さんのお姉さんらしい。というか、どんな会話をしているんだ? ニンジャ?


「お姉ちゃん今どこにいるの? ……え? 日本? ニンジャを探しに? ……ふざけてるならもう切るわね。それじゃまた。……ふう」


 ピっと電話を切り、水瀬さんは「す、すみません……」と少し恥ずかしそうにこちらを見る。


 会話の内容はとても気になるが、ここは触れない方が良さそうだ。


 そのあとはいつも通りの事務処理をしてから、俺はダンジョン協会を後にした。

 

 あ、そういえばナイフを無くしたんだった。せっかく街に出てきたことだし、ついでに新しいナイフを頼みに行こうかな。

 


──

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