第8話 新山マサルの苦難
「お、見たことないモンスターだ」
神々の庭園、第七階層。
そこで初めて目にするモンスターが現れた。
大鎌を構えた死神のようなモンスターが五体、俺の行く手を遮っている。
「ふぅん……天使以外のモンスターもいたんだな」
意外に思っていると、霧の中に溶けるようにそのモンスターが姿を消した。ふむ。なるほど、霧化の特性持ちか。
この特性はなかなかにやっかいだ。
一度姿を見失うと、なかなか姿を見つけることができない。
しかし、霧化には
俺は目を閉じる。
一秒、二秒。
視界が暗闇に染まり、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「――そこだ!」
身体が感じ取った微小な空気の揺らぎ。
そこに向かって俺は鋭く拳を振るう。
『グギャアアアッッ!!』
そこには先ほどのモンスターの苦しむ姿があった。
そのまま光の粒子となって消えていく。
「ふぅ……いっちょあがりっと」
霧化の攻略法は簡単だ。
その特性は万能ではないし、無敵でもない。なぜなら攻撃するとき、必ず姿を現すからだ。
時間にして約0.1秒ほどのその隙。そこにカウンターをお見舞いすればいい。
タネさえ分かれば単純なことだ。
気配を感じ取るのに少しコツはいるが、慣れれば問題ない。今では特に集中しなくてもなんとなくそのタイミングが分かるようになった。
「さすがに素手だとちょっと面倒いけど」
ナイフがないからといって探索をサボるわけにもいかないから、しばらくは素手で探索することになりそうだ。あまりダンジョンを放置すると危険だし仕方ない。
「ま、なんとかなるっしょ」
モンスターが落とした魔力結晶を拾い上げ、俺は探索を続けることにした。
そういえばそろそろ魔力結晶が溜まってきてるな。明日あたりに処理しに行こうかな。
◇
「なぁシゲル、今日の予定はどうなってる?」
とある事務所の一室。
新進気鋭の探索者、新山マサルがふかふかのソファに深く腰をかけながら口を開く。
周りには【エバーライト】のメンバーたち。彼らはソファに座ることなく、立ったままの姿勢でマサルの言葉を聞いていた。
声を掛けられたシゲルは、エバーライトの古参メンバー。
その有能さゆえ、今ではマサルのマネージャーのようなことをさせられている可哀想な男である。
万年寝不足の彼は、目元にはっきりとクマを浮かべながらおずおずと口を開く。
「ええと……今日は【幻影の塔】の探索の続きです」
「はぁ……またあそこか……」
マサルは不機嫌さを隠そうともせずにため息をつく。【幻影の塔】は、ここ数ヶ月かけて攻略しているS級ダンジョンである。
しかしその攻略は、約一ヶ月の間停滞していた。第七階層に現れる《ビジョンリッチ》に苦戦していたのだ。
ルナスターズのカナデに送ったメッセージが無視され続けていることも、彼の不機嫌さを加速させていた。
こうなった時のマサルには何を言っても仕方ないと、エバーライトのメンバーは知っている。だから、シゲルも特に何をいうでもなく、マサルの様子を伺っていた。
「今日こそは絶対に倒す。俺の足を引っ張るなよ」
「は、はい」
クラン結成当初は対等だった彼らの立場も、いつからかパワーバランスは大きく崩れ、今ではマサルのワンマンチームになってしまっていた。
幻影の塔。
第七階層に足を踏み入た彼らを待ち受けていたのは、苦戦を強いられている《ビジョンリッチ》だ。
暗闇に紛れ姿を自在に消す【霧化】という特性を持つ難敵。攻略方法はまだ見つかっていない。
「うおおおおおッ!」
「ちょ、マサルさん! 単騎で突撃は……!」
フラストレーションをぶつけるように、マサルが突撃する。打ち合わせにないその動きに、メンバーたちは合わせることができなかった。
《いけぇ、マサル!》
《この敵マジ強すぎるだろ》
《今日こそは倒そう》
コメントは盛り上がるが無謀な突撃は実ることなく、マサルは《ビジョンリッチ》が振り上げた大鎌に吹き飛ばされてしまう。
「クソッ……!」
「マサルさん、大丈夫ですか!?」
「当たり前だ! シゲル、援護しろ!」
「は、はい!」
体勢を立て直し、《ビジョンリッチ》を取り囲むエバーライトのメンバー。
「うおおおおッ!」
そして数時間にわたる死闘の末、なんとか彼らは《ビジョンリッチ》の討伐に成功した。
霧化の特性がどういうものなのかは結局判明しなかったが、メンバーであるシゲルの一撃が偶然モンスターにヒットしたのだ。
だが、受けた被害は大きい。彼らはそこで探索を一旦断念することにした。
「なんとか倒すことができました。おそらく【霧化】の特性は、時間をかけてしか倒すことができないものなのでしょう。相手の魔力切れを待ち、そこを確実に仕留める。これが攻略法だと思われます」
《さすがマサル》
《カッコ良すぎ。惚れ直した》
《完璧なチームワークだったね》
《もしかして神々の庭園って大したことない?》
《確かに。よっぽど幻影の塔の方が難しそうだな》
「ですが、これは私たちだからできたことです。一般の方が真似をするのは非常に危険です。決して、私たちの真似はしないように」
《わかりました!》
《真似しようとしてもできない件w》
《さすがマサル。俺たちにできないことをやってのける》
マサルの勇姿にコメントは大盛り上がり。たくさんのスパチャとギフトが飛び交い、大盛況のまま配信は幕を閉じた。
久々に進展があったことにマサルは安堵し、スマホを取り出し上機嫌に画面をタップする。
――
《マサル@S級探索者 "そういえば今度、探索者仲間とテレビ局のプロデューサーとの会食があるんだけどどうかな? 同じ日本を代表する探索者同士、交流をもつべきだと思うんだよね"》
――
「またマサルから?」
「うん……日本を代表する探索者同士、交流をもつべきだって」
「うわ……下心見え見えだっての。そろそろブロックしたら? なにか言われたら私がビシッと言ってあげるからさ」
「そうだね、ブロックする」
「それがいいよ。それよりこれ見て。あの人が残していったナイフなんだけど」
「あ、刻印がある。ええと……『鳳凰院』……?」
「調べたら『鳳凰院工房』て場所があったんだ。……ね、明日行ってみない?」
「いいのかな。なんかストーカーみたいじゃない?」
「なに言ってるの、ナイフを返すためだからセーフでしょ」
「……そ、そうかな……?」
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