第11話 ジャパニーズニンジャ!
「……誰かいる」
鳳凰院工房で武器を発注した翌日の朝一番。いつもは誰もいない【神々の庭園】前に、謎の少女がいた。
「もしもし。ええ、今着きましたわ。……どこにって、神々の庭園に決まってるじゃないですの。それじゃ、また進展があったら電話しますわね」
謎の少女が通話を切り、スマホをしまう。
煌めく金色の髪をツインテールにまとめ、黒を基調とした服装。たしか、ゴスロリというんだっけか。
そんな場違いな格好をした少女は、スマホを片手に誰かと会話している。
日本語を話しているけど、見た目は日本人離れしている。それに、誰かに似ているような。
「にしても、すごいダンジョンですわね……。入らなくても圧を感じるなんて」
呟きながら、入り口の前をウロウロ。
探索者用の装備をしているから、これからここに潜る仲間を待っているのだろうか。
邪魔をするのも悪いから、今日の探索は中止にしようかな。うん、それがいい。
俺はコソコソとその場から立ち去ろうとする。
するとその動きを察したのか、入り口を眺めていた女性がこちらを勢いよく振り返る。
「――ッ!? だ、誰ですのっ!?」
ほう。気配を完全に消していた俺を見つけるとはなかなかやるじゃないか。仕方ない、プランBだ。
「と、通りすがりの村人Aです」
プランB。適当に誤魔化す。
俺はダンジョンに潜りたいだけなんだ。
「村人……? ここに村なんてあったかしら?」
そんなものはない。ここは一応、
ゴスロリ少女はなぜか俺の冗談を間に受けて頭を捻っている。なんかすみません。
「……もしかして冗談ですの?」
「あ、はい」
どうやら騙されたと気付いたらしい。ハッとした表情でこちらを見て、その顔が赤く染まっていく。本当にごめんなさい。
切り替えるように一つ咳払いをしてから、その女の人は口を開く。
「オホン。ところで、私のことはご存知ですの?」
「えっと……すみません、知らないです」
これだけ個性的な人なら、もし出会っていたら忘れないはず。
「なっ!? わ、私のことを知らない人間がこの世に存在していたなんて……!?」
驚きの表情で俺を見つめるゴスロリ少女。
そんなに驚かれるようなことなのかな。
……ん?
そこで俺は気付く。そうだ。誰かに似ていると思ったが、やっと分かった。ダンジョン協会でいつも受付をしてくれる水瀬さんに似てるんだ。
「もしかして、水瀬さんのご家族ですか?」
「ワオ、妹をご存じですのね!」
妹!? ということは、水瀬さんのお姉さん……?
マジか……。水瀬さんは20歳くらいだと思うけど、このゴスロリ少女は高校生くらいにしか見えない。
「え、ええ。いつもお世話になってるので」
「そうなんですのねっ! おほん、私は水瀬エレナの姉、水瀬カレンですわ。一応探索者をやらせていただいております。以後、お見知りおきを」
綺麗なカーテシーを決めるカレンさん。
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
確かに、目元とか口元とかよく似ている気がする。雰囲気は真逆だけど。カレンさんは活発そうな感じで、エレナさんはお淑やかというか。
……で、なんでそんな人がこんな不人気ダンジョンの入り口にいるんだろう。探索者と言っていたし、もしかしたらここを攻略しにきたのかな。
「あの……私、このブログを書いた人を探しているのですが」
疑問に思っていると、カレンさんがスマホを取り出した。
画面には見慣れたバナーが。あれ、つい最近同じようなことがあったような。
「ええと、そのブログを書いてるのは一応、僕ですが」
隠す理由もないし、ここは素直に答えることにした。エレナさんのお姉さんとのことだし、怪しい人ではないだろう。
「オーマイガー……! ではあなたが、ジャパニーズニンジャ……!?」
なぜかジャパニーズニンジャ認定をされました。どういうことなの。
「い、いえす。アイアムジャパニーズニンジャ」
「やっぱり、ニンジャは実在していましたのね……!」
「いえすいえす。アイアムラストニンジャ」
「ら、ラストニンジャっ!?」
適当に話を合わせていると、カレンさんはウキウキと身を乗り出して俺に近づいてくる。ふわりと柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。
ニンジャというのはもちろん嘘だ。当然、ラストでもない。というか、ジャパニーズニンジャってなんだ。確かに真っ黒のジャージを着ているからニンジャっぽいかもしれないけど。
「あの、あのあのっ!」
「な、なんでしょう」
「……サインをくだしゃい!」
「さ、サイン!?」
ペコリと頭を下げ、カレンさんはどこからともなく色紙を取り出した。いったいなにを言い出すんだこの人は。
そもそもサインなんて書いたことない。
だが、カレンさんは期待に満ちた瞳で俺を見つめている。ウルウル。
こ、これは断れない雰囲気だな。それに、俺がしょうもない嘘をついたせいでもある。
「……分かりました」
迷ったあげく、俺は色紙を受け取る。
するとこれまたどこからともなく取り出したサインペンを渡され、「宛名はカレンでお願いしますっ」とリクエストまでされてしまった。
俺はその色紙にデカデカと「佐藤太一」とだけ書き、隅っこに「カレンさんへ」と小さく書いてあげた。これでいいのかは全く分からない。
「わぁ……ありがとうございますっ」
不安になりながら色紙を返すと、お礼を言ってくれた。どうやら正解だったらしい。カレンさんがなにを考えているのかさっぱり分からん。
「サトウ、タイチさん……うふふ……家宝にしますわぁ……」
カレンさんはうっとりと俺のサインを眺めながら、俺の名前を呟いている。こ、こわ。
「それじゃ拙者はこれで……」
夢を壊すのは良くないよな。
ニンジャっぽい口調で別れを告げておこう。
カレンさんは満面の笑みで「はい、またお会いしましょう!」と返事をしてくれた。なぜかまた会うつもりマンマンである。
なんとなく良いことをした気分のまま、俺は神々の庭園に潜るのだった。
◇
「もしもしエレナ? つ、ついにジャパニーズニンジャを見つけましたわ」
「……え?」
「サインも貰いましたのよっ!」
「さ、サイン……?」
「これから額縁を買いに行きますわ!」
「な、何を言ってるの、お姉ちゃん……。意味がわからないわ」
「そのあとに神々の庭園に潜りますわ! au revoir!」
「ちょっ!? き、切れちゃった……」
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