第2話 S級探索者、新山マサルの炎上配信


 ――【世間を騒がせる例のサイトについて、S級探索者の新山マサルに聞いてみた】


 大人気配信アプリ、D tube。

 そこで一つの配信が始まった。


 司会者は荒木ジョージ。

 芸能人や、ダンジョン探索者関連のスキャンダルを主に取り上げる、それなりに名前の売れた有名配信者だ。


 今日は、S級探索者『新山マサル』とのコラボ配信。

 同接は2万人弱。朝早いこの時間からこの数字は相当だ。かなりの注目度があるのだろう。


 新山マサルは最年少でS級探索者に昇格し、今ではテレビや雑誌などで引っ張りだこのアイドル的探索者だ。


 そんなマサルは今日も高級ブランドに身を包み、視聴者たちに笑顔を向けている。


『本日はお越しいただきありがとうございます、マサルさん』

『いえ、とんでもない。今日はよろしくお願いします』


 画面には二人の男が映っている。

 いかにもなハンチング帽を被った男がジョージ。

 そしてその隣に座るイケメンが、S級探索者の新山マサルだ。


 しばらく二人が雑談するだけの映像が流れる。

 コメントは《はやく本題に入れ》《さっさとしろ》《もったいぶるなよ》というコメントで溢れていた。


『――それでは早速、本題に入りたいと思います』


 コメントに目をやったジョージが居住まいを正し、マサルに向き直る。


『先日、マサルさんはこのサイトについてSNSで発言されましたね?』


 ジョージの持つスマホには、『ぼっちのダンジョン攻略記』というブログが表示されていた。


 よくある個人ブログ。だが、そのバナーは無駄に装飾され、やたらと派手に動き回っている。

 

 ジョージのその質問に、マサルは静かに頷く。

 

『その内容は、このサイトが虚偽の情報を流している……とのことでした』

『はい。このブログには誤情報が書かれています。……それも、Sクラスダンジョン、【神々の庭園】について、ね』


 まるで役者のように演技がかったマサルの返答。

 それに呼応するようにコメントは大盛り上がり。気付けば同接も四万人を突破していた。


『それはどういった根拠があるのですか?』

『根拠、ですか? そりゃあもちろん、あのダンジョンをソロで攻略するなんて不可能だからです』


 当然だというようにマサルが言う。

 ジョージもそれを否定することはなかった。

 

『確かマサルさんの所属する【エバーライト】は、第一階層で探索を断念したとか?』


 そこで初めてマサルは小さな動揺を見せた。

 コホン、と小さく咳払いをしてから口を開く。


『……はい。それは確かです。あのダンジョンは、とても人間に立ち入れるレベルじゃありません。私たちも撤退を余儀なくされました。第一階層に現れたのは、ダンジョンデータベースにも載っていないモンスター……それも、かなりの強さを持った――』


 マサルはそこで一度言葉を切る。


 ――

《あのマサルがそこまでいうなんて》

《神々の庭園のWiki見てみたけどヤバすぎるなこれ》

《やべぇ。想像しただけで寒気がしてきた》

 ――

 

『……とにかく、あのダンジョンは人間の踏み入る領域を超えているんです』

『――だからこのブログも誤情報だと?』


 ジョージの問いにマサルは無言で頷く。


『もし誤情報だとすると、ダンジョン規制法16条に抵触しますよね。ダンジョンについて、故意に誤情報を流すことは固く禁じられています』


 ダンジョンが現れて20年と少し。

 今ではダンジョンに関する法律は細かく整備され、それを破ったものは刑事罰を問われることもある。


 特にダンジョンに関する情報については、厳重に規制されている。誤った情報は命の危険にも繋がりかねないからだ。

 

『はい。ですので私は警告のため、SNSで発信したのです。この情報を信じた人が、万が一にでも【神々の庭園】に行かないように、ね』


 マサルは腕を組んで、カメラに視線を投げかけた。

 それを見たコメント欄は大盛り上がり。マサルのことを絶賛し、例のブログをボロクソに叩いている。


『さすがマサルさん。そこまで考えてらっしゃったんですね』


 ジョージがさすがと言わんばかりに頷く。

 

『はい、今は上に対応を求めているところです。ですので、例のブログをあまり過剰に叩きすぎないようにお願いします。おそらくこのブログを運営している人は、中学生か高校生くらいの年齢だと思うんです。この時期は承認欲求の暴走から軽率な行動を取りがちですからね。誰にでも失敗はあります』

 

――

《さすがマサル。優しすぎる》

《人間ができすぎ。これが大人の対応ってやつか》

《一生応援します》

《まぁどうみても嘘情報でよかった。信じる奴はいないだろ》

――


『視聴者の皆さんも、誤った情報に踊らされないように気をつけてください。ネットリテラシーを身につけることは、今の時代とても重要なことです』

 

 ――マサルは最後にそう締めくくり、配信は大盛況のまま幕を閉じた。

 

 

◇◇◇


 

「お疲れさま、シオン」

「カナデもお疲れさま。……ねぇ、今日このあと時間ある?」

 

 今日も無事に配信を終え、帰り支度をしていた私にシオンが声を掛けてきた。着替え途中だったのか、インナー姿でタオルを首にかけている。なかなかワイルドな格好だ。

 

「あるけど、どうしたの?」

「昨日のことで話があるの」


 昨日の……というと、あのブログのことだろうか。

 確か、【神々の庭園】についての情報が正しいかどうか確かめようって話だったよね。


「……え、シオン本気なの?」

「当たり前じゃん。私はいつだって本気だよ?」

「いやいや、危なくない? だってあの【神々の庭園】だよ?」


 いくら私たちとはいえ、あのダンジョンは荷が重いはず。もちろん私だってあのサイトのことは気にはなるけど……だからと言ってリスクをとるのは怖い。

 

「そこはほら、攻略情報があるし? それに、無茶はしないつもりだから」


 例のサイトをスマホに表示させながら、あっけらかんと言うシオン。どうやら彼女は、このサイトに書かれている情報は本当だという確信があるらしい。

 

「うーん……でもなぁ……」


 シオンのいう通り、無茶をしなければそこまでの危険はないはず。入り口から第一階層を見るだけなら、すぐに退却もできるだろう。


 だけど、私はこういうとき決断をすぐにできない。

 昔から優柔不断で、そんな自分が嫌いだった。


 だからこそ、シオンのハッキリとした性格と、一度決めたらそれを曲げない意志の強さを尊敬しているし、そうなりたいと思っている。


「……分かった。でも危険だと思ったらすぐに帰ること。いい?」

「わぁ、ありがとカナデ! だいしゅき〜♡」

「ちょ、ちょっと……!」


 薄着のシオンに抱き着かれ、思わず体勢を崩しそうになる。ふわりと香るリンスの匂い。


 その時、私のスマホがピロンという通知音を鳴らした。

 ちら、と横目で見ると、《“マサル@S級探索者”からダイレクトメッセージが届いています》という通知が表示されていた。


 はぁ……またか。

 私は心の中でため息をつく。

 

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、シオンが「どうしたの?」と聞いてくる。


「いや……実はさ」


 私はシオンに事情を説明する。

 最近、マサルからしつこく“食事でもどう?”という内容のメッセージが届いていること。

 断り続けているけれど、その頻度が上がってきたこと。


 ……ちなみに、マサルとは会ったこともしゃべったこともない。


 噂では、マサルは女性関係にだらしないと聞くし、あまり関わりたくはない。


「ふぅん? ……ブロックしちゃえば? ほとんどストーカーじゃん」

「う、うん……」


 シオンは簡単にいうけれど、なかなかそれは出来ずにいた。


 正直、怖い。

 それにストーカーみたいで気持ちが悪いけれど、優柔不断な私はそういう決断もすぐに下せない。本当に自分がイヤになる。


「そ、そんなことより! いつにするの? 【神々の庭園】の探索!」


 話題を切り替えるように、私はシオンに問いかける。

 

「そうだな〜……それじゃ、明日とか?」

「あ、明日!?」

「だって今日、マサルがまた配信であのブログについて触れてたし。人が増える前に行かなきゃ」


 そんなこんなで明日、【神々の庭園】に行くことが決まってしまった。


 ……本当に、大丈夫かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る