第51話 制約ありの実戦
オウカさんと約束していたコボルト討伐をする日となり、目的地に向かうために街の外を出て二十分ほど経った。
少し前までは街の方に向かう人達が通るような道だったが、今は整備されていないところを歩いている。
これ、目的地まであとどれくらいかかるんだろう。
オウカさんにコボルトの相手をしてもらうと言われたけど、そもそもどこにいるんだ?
これ、コボルトと戦うよりも目的に向かうことの方が大変だったりして……。
「ついたでござるよ」
実は行くまでが面倒という、嫌な予感は外れていたみたいだ。
ただでも……。
「こんなところにコボルトがいるんですか?」
「うむ」
「町からそんな離れてないこんな場所に?」
戦力となるような人がいない村や町ならともかく、強力な魔法を使える教師がいるのにこんな人が通る道が近いところの魔物を狩りつくされていないなんてありえなくないか?
「ここは学園がわざと魔物を放置している場所でござるからな」
「なんでそんなことを?」
「拙者たちのような生徒が手ごろに経験を積めるような場所にするためでござる。これは不確かな情報ではござるが、学園がコボルトやゴブリンといったあまり脅威とならない魔物をこの森に連れてきているなんて話もあるでござるよ」
「へえ」
なんか、その話が本当だとしたら魔物がちょっとかわいそうだな。実践経験を積まされるためだけにここにいるのだと考えると。
まあ、だからと言って殺さないようにしてあげようみたいな気が起きるわけではないが。
「とりあえずは、コボルトを探すところから始める感じですか?」
「うむ。ただその前に聞いて欲しいことが一つ。使う魔法は六等級のものだけ、さらに無属性魔法もなしでコボルトと戦ってもらうでござる。つまり、魔弾や防御魔法、身体強化魔法は禁止ということでござるな」
「……それって、六等級の属性魔法だけで相手をしなきゃいけないってことですか?」
「うむ」
え?それしんどくない?
魔法っていうのは一等級から六等級まであるんだけど、その中でも六等級は一番効力が低い魔法のことを指す。
六等級の魔法っていうのは一般人を怪我させられるレベルの出力しかないから、コボルトレベルの相手でもたいしたダメージを与えられないことになる。
接近戦でもコボルトぐらいだったら相手を出来るだろうけど、群れとなると楽勝とは行かないだろうし……。
防御魔法を使えれば、適当に突っ込んだとしてもどうとでもできただろうけど。
「あの、なんでこんな戦う直前にそんな大事なことを言うんですか?」
「それは事前にどう戦うかを考えさせる時間を与えないためでござるよ」
「……なるほど」
ここに来るまでにいろいろと戦略を立てられないようにしたってことか。
納得できる理由ではあるけど、やっぱり心構えとかもあるから教えてほしくはある。
……まあ、そういう精神的なもの込みで伝えなかったのかもしれないけど。
「む?制約を設ける理由は聞かないでござるか?」
「まあ、大体理由は分かるので」
大方そういう制約がないと楽勝すぎるからってことだろう。
「セオドア殿はやはり優秀でござるな。……話をしていたら目的が見えてきたでござるよ」
オウカさんによるいつものおべっかを真に受けないようにしていたら、たき火の周りを囲むようにして木の実を頬張っているコボルトたちを見つけた。
「拙者はここで見ているでござる」
オウカさんはそう口にした後、いることも分かっているし姿も見えているのにはずなのに、しっかり意識していないと存在していることを認識できなくなる。
なんだ、その技……。やっていることとか口調とか日本人っぽい容姿なのも相まって、本当に忍者みたいだな、この人。
……そんなどうでもいいことを考えてないで、やらなきゃ、か。
数は六匹、隠れている奴がいなきゃだけど。
先手はどうしようか。
気づかれていないうちに魔法で数を減らしたいところだけど、致命傷を与えられるような魔法は禁止されているからな。
近づいて不意打ちを食らわせるのが一番だろうけど、この足場の悪い森の中で音を立てないように近づくのは難しいし……。それに隠れている奴がいる可能性も考えないとか。
いや、そんなこと以上に防御魔法を使えないからどうやって相手の攻撃を避けるかを――。
「ぐずぐずしているとこっちが見つかるように仕向けるでござるよ」
「もう行きます」
事前に制約を伝えなかった理由が時間を与えないためと言っていたことから、本当にやりかねないと思い、防御魔法という保険がない緊張感で握りこぶしの中が汗びっしょりになりながらもコボルトが団らんしているところに突っ込む。
突然俺が現れたことで、コボルトたちは慌ててそばに置いてある武器を取ろうとしていた。
ゲームの定石としてはこういう時、遠距離役から潰すべきだよな。
そんな考えが浮かび、俺は弓を手に取ろうとしているコボルトに近づき顔に蹴りを入れた。
蹴られたコボルトはキャインと泣いて地面に倒れこんだまま起き上がってくる様子はない。
倒れた仲間には見向きもせずに正面から片手剣を持ってとびかかってくるコボルトには、宙に浮いているならと風魔法を放ち体勢を崩させる。
事前に張っておいた水の膜が後ろから異物が侵入してきたことを伝えてきたので、振り向きながらちらりと見えたコボルトに回し蹴りをかました。
左右からくる短剣を持ったコボルト達にはやけどさせる程度の火の玉を放つ。コボルト達は火があたった部分を手ではたいたり地面にこすりつけながら悲鳴を上げていた。
そして、左斜め後ろから潜り込むような体勢で襲い掛かってくるコボルトには、前傾姿勢になるような形で避けて左足でお腹に蹴りを入れる。
これで六匹。……とりあえず凌いだか?
事前にいた六匹の攻めを防いだことに安心を覚えた瞬間、水の膜が頭の左後ろに反応して反射的にしゃがんだ。
なんだと思って、反応があった方向を見るとクロスボウを構えたコボルトがいるのが見えてひやりと嫌な汗が背中に流れる。
「隠れている奴がいたのか」
防御魔法が使えないなか攻撃を食らうのは致命傷となるので、火の玉を牽制で打ちながら近づこうとするが、行く手を阻むようにして目の前にいるコボルトが一匹と背後に二匹が現れた。
おそらく、仕留めきれなかったコボルトだろう。
クロスボウを持ったコボルトを仕留めたいが、近くにいるコボルトのせいでうかつに動けない。
後ろにいるのはともかく目の前にいるやつは無視できないし、遠距離攻撃をしてくるのを放置するのも危なすぎるな。
……でも邪魔なのが一匹だけなら、無理やり行けるか。
クロスボウを持ったコボルトを放置する方が不味いと判断して、怪我をすることを覚悟して短剣を振ってくるコボルトの攻撃を至近距離で避け首根っこを掴んだ。
そして、後ろから追ってきているのを感じながら掴んでいるコボルトを盾にする形でクロスボウを持ったコボルトに近づく。
掴んでいるコボルトで飛んでくる矢を防ぐと、鳴き声が聞こえてくるのと共に血のりが顔にかかった。
顔を拭いたくなる気持ちを抑えながら、次の矢が装填される前にクロスボウを持ったコボルトに掴んでいる抵抗しなくなったコボルトを投げつけた。
クロスボウを持ったコボルトは避けられず、コボルト同士が重なる形で倒れこむ。
また起きられても厄介なので、倒れこんでいるコボルトのお腹を全体重乗っけるようにして左足で踏みつけた。
左足にぐしゃりという気色悪い感触を味わいながら、落ちている短剣を拾い追って来ているコボルトの対処をしようと振り向いたら、二匹のコボルトはおびえたような表情を見せ逃げていった。
「見事でござるな」
「はぁ、はぁ」
息切れをしていることを自覚して、バクバクと高鳴っている心臓を感じ取りながら深呼吸をして息を整える。
これ、一歩間違えれば本当に死んでたよな……。
防御魔法なしで殺気にさらされながら、近距離戦をするというのがあまりにも心臓に悪すぎる。
こう思うとよくクローディアさんは拳一つで戦えるよな……。もうやりたくないよ、こんなん。
「お疲れ様でござる」
オウカさんはねぎらいの言葉を掛けながら、タオルを渡してきた。
「……ありがとうございます。それにしても、今回のはさすがに危なすぎませんか?特に防御魔法禁止っていうのが」
「危ないと思ったら手助けするつもりでござったから大丈夫でござるよ」
「……でも、もしその手助けが間に合わなかったら?」
「そういうことはないとは思うでござるが……、最悪セオドア君なら防御魔法を使って防ぐことは出来るでござろう」
何そのいい加減な感じ。
実践ってなったら、ある程度のリスクを負うことになるのは仕方のないことなのかもしれないけどさ……。
むしろ比較的安全な環境でやれているんだろうが、命にかかわることだからどうにも割り切りづらい。
「もし今回のようなのが気に入らないということでござるなら、今後はこういった実践はしないということでもいいでござるが」
「あ、できればそうしてもらえれば……」
「ただそうなると、本格的な戦い方というものを学ぶことは諦めてほしいでござる」
別にそれでもいいと言いたいところだが、どうにももったいなく思ってしまって口にできなかった。
基本的に何事にも楽をしたいし、面倒くさいという言葉がすぐ浮かぶような性格をしているが、使う時間は同じなのに得られる効果が低いことを選ぶということに思うところがある。
一年ぐらい前だったら強さとか要らないからどうでもいいと思いやり過ごそうとしただろうけど、ここ最近はいろいろと物騒なことが多いからな。
「そういうことなら頑張ります」
少しの危険と今後のことを天秤にかけた結果、これから起きることに備えられるような力を身に付けることを選択した。
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