第52話 将来

「セオドア君、今日もお疲れ様でござる」


 タオルで汗を拭っていたところにオウカさんがいつもの梅干しの漬物を渡してきた。

 俺はこのあとに襲ってくる塩辛さを覚悟しながら、渡された梅干しを口に放り込む。


 あぁ、すっぱ……。いやでも、疲れに効いている気がするわ……。


 梅干しを舌の上にのせて塩辛さをある程度殺しながら、疲労に効く感じを楽しむ。

 人からものを貰うことに抵抗があるのだが、梅干しなんて売っているのを見たことがないので、指南を受けた後はオウカさんからの好意を受け取っていた。


「いつもありがとうございます」


「うむ。……梅干しを渡すと本当にこれは食べられるものなのかと言われて評判が良くないのだが、セオドア君は喜んでくれて嬉しいでござるよ」


「……まあ自分も初めて食べた時は、うお、マジか、となりましたからね。こういうすっぱい食べ物が好きなので、自分はそのままいけますけど、基本的には何かとセットで食べる物のような気がしますし」


「確かに……。次から誰かに渡すときは梅干しにあうものと一緒にした方が良さそうでござるな」


 いや……、俺は梅干しになじみがあるから食べられるけど、他の人に白米がセットで勧めたとしても渋い顔をして終わるだけだと思うよ。

 そもそも白米なんて見たことないし。


「それにしても、セオドア君とこういう形で合うのは明日で最後でござるな」


「そうですね」


 明日が最後ってことは、オウカさんとの師弟関係も一ヶ月は経っているってことだよな。

 ……うん、しんどかった。

 根本的な基礎能力が劇的に伸びたわけではないけど、どう戦うかを考えることや状況判断能力は上がったような気がする。


「一つ聞いてもいいでござるか?」


「はい、いいですよ」


「どうしてセオドア君は強くなりたいのでござるか?」


「強くなりたいか、ですか?いや別にそういう感情はないですけど」


「む?ならば、何故これまで手を抜いたり不満を口にするようなことはしないでござるか?拙者としてはそこまで生ぬるい訓練を課したつもりはないでござるよ」


 コボルトやゴブリン、ゴブリンの上位種や、フォレストマンとかいう魔物と制約を設けられながら戦わされて、全く楽なものではなかったな。

 オウカさんとの手合わせも、日が経つにつれて苛烈なものになっていったし。


「……まあ強いて理由を上げるなら、慣れているから、ですかね」


「慣れている、というのは一度誰かから指南を受ける機会があったのでござるか?」


「はい」


 しんどくはあったけど、それはクローディアさんとの訓練も同じだったからね。

 むしろ、あの時は体を鍛えるなんてことをしてこなかったから、クローディアさんの時の方がしんどかった。

 不満を口にしないのもあの時の訓練でそういうことを口にできるような雰囲気じゃなかったから、心の中で泣くということに慣れていたというのもあると思う。

 オウカさんのような真剣に教えてくれている人に、そういう不満を言いづらいというのもあるんだけど。

 それに、俺が見た目通りの年齢だったらそういう文句を言っても許される感はあるけど、実年齢を考えるとちょっとね。


「なんでそんなことを聞くんですか?」


「セオドア君の才を考えると、今後どのような道筋を歩むつもりなのかが気になったのでござるよ」


 力の持つものがどういうことを成すつもりなのかを知っておきたいということか。

 力があるって言っても、まあまあ強い魔術師ってところで何かを変えられるほどのものではないだろうけど……。

 まあまあの実力があれば、ちょっとした波紋を起こすぐらいは出来そうだし知っておく理由としては十分ではあるか。


 ……それにしても将来か。

 金持ちになりたい、ぜいたくな暮らしをしたいなんていう思いはない。

 それに正義を成したいとも思わないし、悪を根絶させたいといったようなことも思わない。

 そんな大それた思想があるのならばあの村を見捨てて逃げるなんてことはしなかっただろうし、少なくとも三年間の間にどこかに捕らえられている人たちを探すとか、復讐をしようとしていただろうから。

 そう考えるといかに自分が人でなしで、ダメ人間なのかが分かるな。

 ……やめるか、こういうことを考えても自虐にしかならないし。


 変に凝ったことを考えないでも、もっと単純な答えがあるわけだしね。


「特に何も考えてないですよ。フィリス様に雇われてますし、護衛として生きていくんだとは思いますけど」


「そうでござるか……。まあ明確なビジョンを持っている者なんて多くはござらんし、そんなものでござるよな。むしろ、将来が決まっているセオドア君は立派でござるな」


「いや、それはどうなんでしょうか……。別に自分は選んだわけじゃなくて、なあなあで現れた道を進むと言っただけですし」


「……セオドア君は自分を肯定するようなことを口にしないでござるよな」


「……そんなことはないと思いますけど。単純に褒める部分がないだけじゃないですかね」


 オウカさんはこっちを見ながら黙った。


 向こうが反応しづらい感じのことを言っちゃったな……。

 

「余計なことを口にしてしまったでござるな……。明日はかなり厳しいものになると思うでござるから、気を引き締めてきてほしいでござる」


「分かりました」


 あれ、そういえば、オウカさんから厳しいものになるなんて聞いたことがないな……。

 え?そんなにやばい奴と戦わされたりとかきつい制約を設けられたりとかするってこと?

 ……あの、最後だからってそんなに難易度を上げなくてもいいんですよ、オウカさん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る