第50話 いろんな師弟関係

 オウカさんとの師弟関係は今日で三日目となった。

 オウカさんは俺に技を磨かせるだけでなくどう戦うべきなのかみたいな戦略的なことを考えさせるため、たった一時間半程度とクローディアさんとの特訓を考えればたいしたことはないはずなのに、帰るときにはいつも心身ともにグロッキーだ。

 訓練はそんな感じで結構しんどいのだが、オウカさんがお疲れでござるとか言ってお菓子を渡してくれたりとかするのでクローディアさんと同じく不満を口にしづらい。

 クローディアさんは怖くて言いにくい、オウカさんは気が利いて気遣ってくれるから文句を言いにくいという違いはあるけど。


 そんなことを考えていると、学園内にある別館が見えてきた。

 別館はかなりでかく、中には魔法を使ったり運動したりするのに適した部屋がある。

 そのため、今は師弟関係の実習で多く利用されている。実際俺も使っているし。

 

 鉄でできた横にスライドさせるタイプの扉が開かれた状態になっている先には、体育館ぐらいの広さの部屋に授業で使うようなレベルの魔法を使っている人とそれを見ている人というペアが複数いた。

 まあ、十中八九このペアは俺とオウカさんのような関係の人達だろう。

 特に用もないので部屋を通り過ぎると、かなり多くの個室が見えてくる。

 なんでもこの個室は、魔法の練習をする際に他人に見られたくないという配慮のために存在しているらしい。

 他人に自分の手の内を知られたくない人とかもいるだろうから、そういう人のためにある部屋なんだろう。


 一日、二日前までは早い者勝ちで使えた場所なのだが、二年が一年に教えるという実習のせいで利用者数が多くなってしまったため、今は予約制となっている。

 そのため見える限りの個室はすべて扉が閉まっていた。


 俺はオウカさんとの待ち合わせの個室に向かおうとしていたところに、扉が半開きになっている部屋から聞き覚えのある声が聞こえて立ち止まる。


「ふむ、確かに君はよく観察しているようだね」


「ありがとうございます」


 こういう個室でどういうことをやっているのかなとちょっと気になり部屋を覗き込むと、クラスメイトの得意魔法とかを知り尽くしているとか言っていたウォルトさんと、おにぎり頭をした――見覚えがないのでおそらく上級生で話し合っていた。


「しかし足りない」


「……なぜですか?」


「君は出席番号八番のクローディアくんの得意魔法を知っているか?」


 ……なんでこのおにぎり頭の人、クローディアさんの出席番号なんて知ってるんだ?違うクラスどころか、違う学年だよな?


「もちろん知っています。魔法に関しては平均的な成績を取っていて特に目立ったところはありません。しかし、武術に関してはこの学園内でもトップクラスの実力があります」


「うむ、その通りだ。だが、他に知っていることがあるか?」


「他に……。いえ」


「だから足りないと言っているのだ。例えば、彼女のウエスト、バスト、ヒップの大きさは?強気で真面目な性格でありながらも、虫が苦手であるという萌えポイントがあることは?胸が小さいことをコンプレックスに思っていて、時折主人であるフィリスくんの胸を見てため息をついていることは?」


「……知りませんでした。ですがそれを知っていることに何の意味が?」


「それが分からんか」


 おにぎり頭はやれやれといった感じでため息をつく。


 腹立つな。


「もしそのことを知っていなかったのなら、不測の事態で虫型の魔物が襲って来た際にクローディアくんには頼れないと即座に判断できないだろう。また、勝ち気で負けず嫌いな性格を利用されて、コンプレックスとしている胸を大きくするという詐欺に引っかかる可能性に気づけなくなってしまう」


「……なるほど」


 なるほどじゃねえよ!真面目な顔をして頷くなよ!

 虫に関してはまあそういう考えもあるかと納得できなくはないけど、胸の詐欺とかピンポイントすぎて隕石が地球に落ちてきたらどうするってレベルの話だし、そもそもクローディアさんの胸の数値とかを生かした例を出してないし。

 今の会話をクローディアさんが聞いたら、顔を真っ赤にしながらこのおにぎり頭の人をすり身にしていただろうな。


 俺はこれ以上ここにいたら、さらに余計な情報が脳みそにインプットされてしまいそうなので、止めていた足を目的地へと向かわせる。

 ウォルトさんがヤバい方向にストーカーレベルをアップさせるのではないかという危惧を抱きながら。


「悪くねえ。やっぱり、エリンは筋がいいな」


「ありがとうございます」


 また目的地に向かっている途中に人さらいに襲われた時に俺のことを売ろうとしたエリンさんの声と、熱血と喧嘩上等なんて言葉が似合いそうな男の声が聞こえて来た。

 

 エリンさん、相手が初対面だからなのかそれとも上級生だからかは分からないけど、丁寧な言葉遣いだな。

 俺にはほぼ初対面なのに思いっきしため口だったのに……。まああの時とは状況が違うけど。

 教える側の人は筋がいいとか言っているけど、エリンさんの成績は知らんけど多分クラスの中でもトップクラスの実力を持っているはずだから、そらそうだろうな。

 だって、俺じゃ絶対扱えないようなレベルの雷の魔法を使ってたし。


「なあ、これいるか?」


「……何ですかそれ?」


「いやなんか、今流行っているパン屋で売ってたやつだ。女はこういうのが好きだって聞いたから。……ほらよ」


 声しか聞こえないが、ヤンキーぽい見た目の人は少し赤らめている頬を人差し指でこすりながら、紙の袋から取り出したチョコパンをぶっきらぼうに突き出す姿を想像してしまう。


 まあ、エリンさんって、魔法だけじゃなくて容姿もうちのクラスの中でもトップクラスだからな。

 今は猫を被っているみたいだから、悪い部分は見えてないだろうし。

 いやまあ、想像でしかないんだけど照れたように聞こえる声とか会話の内容を考えると、そこまで的外れではないと思う。


「……ありがとうございます」


 少しの間があった後、エリンさんはお礼を口にした。


 なんか、ウォルトさんの所は言うまでもないし、この二人も教える側がちょっと大丈夫なのかなって感じで、まともな師弟関係なところがないな。

 他の人達も授業の焼き増しのようなことしかしてないし。

 二年生もまだ学ぶ側のはずなのに、いきなり下級生の面倒を見ろっていう方が無茶ではあるんだろうけど。

 そう考えると、オウカさんってすごいしっかりしているような。

 ……俺なんかじゃなくて、もっとやる気のあるポールさんみたいな人の方がオウカさんの担当になった方が良かったと思うんだけど。


 そんなちょっとした愚痴めいたことを考えていたら、個室から足音のようなものが扉に近づいてきたので忍び足でその場を離れることにした。


 少し早めに別館についていたとはいえ、寄り道をしていたということもあって少し速足で目的地に向かったのだが、扉が閉まっている。

 まだオウカさんが来ていないのかなんて思ったけれど、個室の中から声が聞こえてきた。


「あの、好きです。付き合ってください」


 上ずったような声でとても緊張感が伝わってくる初々しく感じるものだった。


「すまない。そういうことはまだ考えられないでござる」


「そ、そうですか。そうですよね。僕なんかじゃ……。すみませんでした!」


 扉が開くと小柄な少年が飛び出して、俺には目もくれず逃げるようにして走り去っていく。

 なんか見覚えがあるなと思うと、入学式の時に成績上位者として表彰されていた人だと思い出す。

 

 オウカさんって言葉遣いが特徴的なことを除けば、出るところはかなり出ていて引っ込むべきところは引っ込んでいる体型をしているし、顔もいいからな。

 それに実力者で人柄もいいから、モテはするんだろうけど。

 ……なんで俺がくる場所で告白をしてたんだろう?


「見てたでござるか?」


「……はい」


 嘘をつく必要もないかと思い素直にうなずいた。


「セオドア君との待ち合わせの場所で私的な用事済ませて申し訳ないでござるな」


「いえ。別にオウカさんがここで返事をすることを選んだわけではないでしょうし」


「いや、大事な用事があると口にしたので、ならば人目がつかない場所がいいだろうと思い拙者がここに呼んだのでござるよ」


 なるほど……。

 

「でも自分が来ることが分かっているのに呼んだんですか?」


「うむ。できれば今日話を聞いて欲しい、すぐに終わるからと言われてしまってな。セオドア君が来るまでにはまだまだ時間の余裕があったから、ここに呼んだのでござるよ」


 告白だったのなら今日じゃなくても良くないかと思ったが、覚悟を決めて声を掛けた今日が良かったみたいなそういう精神的な要素があったんだろう。

 俺が来るまで時間が掛かったのも、結局なかなか口に出せなくてといった感じかな。

 告白なんてしたことがないから、憶測でしかないけど。


「ならしょうがないですね。そもそも思うところがあるわけじゃないですし」


「そういってくれるとありがたいでござる」


 頭を下げるオウカさんを見て律儀だなと思った。


「いえ。……あのこれ、別に答えなくてもいいですけど、言い寄られることって多いんですか?」


 いつもだったら触れないような話題だが、オウカさんはどう答えるのだろうという少し意地の悪い興味本位から出た質問だった。

 相手に答えるかどうかという選択肢を与えて、俺になるべくヘイトを向かないようにという小賢しさを織り交ぜながら。


「少ないと言ったら嘘になるのでござろうな。拙者の見た目は良いでござるから。ただこの容姿は先祖からの恩恵でしかなく、拙者自身の手で勝ち取ったものではござらんから、誇れるようなことではないでござるよ」


 ……かっけえな。

 恥ずかしがって誤魔化したりそんなことはないと否定したりするのではなく、自分の見た目がいいことを肯定し、だけどそれが誇れることではないと言い切ってしまうところが。

 答えづらい質問をする俺とそれを堂々と答えるオウカさんという構図が、器の違いを感じさせられてしまうな……。


「ちなみに、セオドア君は拙者に惚れていたりするのでござるか?」


「へ?」


「いや、先ほど述べたように拙者はモテしまうでござるから、もしかしたらセオドア君を惚れさせているのではないかと。そのような気持ちがあるのならば、好きな女子おなごにいいところを見せようとして無理されると鍛錬に支障が出てしまうでござるからな。まあ、拙者としてはセオドア君に思われているとしても悪い気はしないでござるが」


「……え?」


 いや、なにその告白みたいなの?俺に気がある?そんなわけなくないか?

 だって、知り合って間もないし。

 一目ぼれっていうにしても、容姿に関しては並以上ある程度だからありえないし。


「冗談でござるよ」


「冗談?……あの、勘弁してください」


 見た目や言葉遣いから硬そうに見えるオウカさんが、柔らかな笑みを浮かべた。


 人付き合いが少ない人間に、そういう匂わせるような発言は混乱するからやめてほしい。

 特にオウカさんって真面目な感じがするから、冗談とか口にしなさそうでちょっと本当なのかなって思っちゃうし。


「いや、セオドア君にちょっと答えづらい質問をされたから意地悪したくなってしまったのでござるよ」


「……すみませんでした」


 俺にどうこう言う資格はなかったな。


「まあ、悪い気はしないというのは別に冗談ではないでござるが」


「……勘弁してください」


 真面目そうなオウカさんがしなさそうな、からかいを含んだ言い方をしてきた。


 言い方とか態度で好感度が中の中かあっても中の上程度ってことは分かるけどさ。

 ドキッとするからとかいうわけじゃなくて、どう反応すればいいのかが困っちゃうわ。


「冗談はこのぐらいにしておいて、指南する前に一つ報告でござる。明日はコボルトの群れを相手に実践をしてもらうということを知っておいて欲しいでござる」


 実践かぁ。

 その言葉だけを聞くとめんどうそうだと思ってしまうけど、コボルト相手ならまあ。


「では、始めるでござるよ」


 明日のことを考える前に、まずは今日を頑張らないとか。

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