第49話 オウカ師匠

 授業でオウカさんと交流する時間はもう取られないらしく、休み時間や放課後、休日に時間を割かなきゃいけなくなった。

 さらに週に十時間以上は特訓をしなければいけないらしい。

 学園に特訓する時間と場所を申請する、もしくは学園外で行う場合はどこで何をするのかを申告制なため、さぼるにしても申請した場所にその時間はいないといけないことになる。

 休日に学園外での特訓と称して申請をしてさぼるという手も浮かぶのだが、もしばれた場合は教育的指導が下級生と上級生どちらともに行われるので悪手と言えるだろう。

 そもそも、オウカさんがそういうズルを許容しない可能性もあるわけだし。

 俺は休日が休日でなくなるのが嫌だったのと休み時間だけで十時間を消費することが出来ないので、オウカさんに放課後に時間を取るように頼んだらこころよく了承してくれた。


「セオドア君の魔法の腕は拙者よりも上でござるな」


 授業では自己紹介をするだけだったため、実質的に今日が初めての特訓時間だった。

 初回ということでまずは俺の実力を知りたいという話になり、得意な魔法をみせてほしいと言われたのでよく使っている防御壁と魔弾を放ってみた。

 

「そんなことはないと思いますけど」


「謙遜なさるな。魔法の弾丸は詠唱破棄にもかかわらず中位魔法並みの威力でござったし、防御魔法にいたっては無詠唱で中位魔法や物理攻撃を防げ、自身の周囲に長時間は常時展開が出来るのでござろう。そんなことはこの学園の教師陣でもできる者はほとんどいないでござろうよ」


 ……やけにべた褒めしてくるな。


「……一応、使い慣れている魔法はある程度自信がありますけど、属性魔法はあんまり得意じゃないですし」


「属性魔法は本人の資質によるところが大きいでござるから、拙者から教えられることはないでござるよ。かといって魔法技術は恐らく拙者よりも上でござるし……。セオドア君は優秀な教え子であるのは間違いないでござるが、だからこそ困りものでござるな」


「……すみません」


「いやいや、謝らないでほしいでござる。これは拙者が不甲斐ないせいでござるから」


 反応しづらいな。

 そんなことないですよ、って言っても向こうはそんなことがあると考えているわけだし。

 ほんとですよ、貴方が不甲斐ないせいで、なんて返すのは頭がおかしいし、そんなことを思ってないし。


「そうなると拙者に教えることが出来るのは実践的なものしかないでござるな。それでもよいでござろうか?」


「……はい」


 実践的という言葉に不穏なものを感じたが、ここで断っても向こうが困ってしまうだろうからと仕方なく頭を縦に振る。

 

 そういえばこの人、フィリス様と卓球をして勝ったんだよな。てことは、もしかして魔法なんかよりもフィジカルの方が高いタイプか?

 ……さらに嫌な予感がしてきたな。


「ありがとう。ただ今から実践をするとなっても唐突すぎてセオドア君を困らせてしまうでござろうし、まずは運動神経や体術などといった身体能力に関する実力を測るところから始めてもいいでござるか?」


「はい、それでも全然。でも、何をすれば?」


「とりあえず、全力で拳を虚空に振りかぶってほしいでござる」


「……分かりました」


 これで何が分かるんだろうという気持ちと、これで分かるようならオウカさんはなにかしらの達人レベルだったりするんじゃないかと思いながら、言われた通りにしてみた。


「良い拳でござる。これならば、魔法と身体能力を生かした動きを教えることが出来そうでござるな」


「魔術と身体能力を生かした動きですか?」


「うむ。セオドア君ほど動けるのならば、防御魔法のことも考えるともし相手に近寄られたとしてもある程度の対処は出来るのでござろう。ただ、それだけで終わってしまうのはもったいなくござらんか」


「別に自分は魔術師ですし、近距離の自衛さえできてしまえばそれでもいいような気はしますけど」


「その通りではござるのだが、近寄られても対処できるだけでなく、近寄って相手に圧を掛けられる方がより戦術の幅が広がるとは思わないでござるか。そんな優秀な防御魔法を使えるのならば、ほとんどリスクを背負わないで攻めることが可能でござるし」


「……確かに」


 魔法と絡めてクローディアさんから習った体術を使うというのは考えたことがないわけじゃない。

 オウカさんが言っていた通り、そこそこな攻撃を防げる防御壁を使いながら攻め込むという戦法は特に魔術師相手には有効ではあるだろうなと思ったからだ。

 この戦法は前に戦った魔法を無力化してくる少年と似ているものだから、机上の空論というわけでもないだろうし。

 ただ、そういうのを教えてくれる人がいるわけじゃなく、ひまつぶしとして魔法について考えるのは好きなんだけど体を動かすのは好きじゃないから手を出さなかった。


「まずはちょっとした手合わせをしても良いでござろうか?」


「え、いきなりすぎません?」


「唐突ではござるが、セオドア君の実力を考えると基礎的なものから始める必要はござらんし、なによりも何事も自身の体で感じることが一番重要なことでござるからな」


「……なるほど」


 つまりは体育会系ってことね。


「もし嫌なのであれば、他の方法でもよいでござるよ」


「……いえ、お手合わせお願いします」


 クローディアさんみたいに強制的にやらせることはしないんだ。

 逆にそういう風にされると、俺個人のわがままで一番いい方法を取らないという感じになってしまうと思い、異を唱えなかった。


「そんな気を張らなくても大丈夫でござるよ。今からやることは本格的な手合わせではなく、魔法と体術を合わせた戦い方を体験してほしいというだけでござるからな」


「分かりました」


 手合わせにいい思い出がないからか、無意識のうちに緊張していたのだろう。

 オウカさんにもその緊張が伝わっていたのか、肩肘を張らなくてもいいといった旨を口にしてくれた。 


 こういう純粋なやさしさは久々だな……。

 クローディアさんは優しさなんて基本的にないし、フィリス様はなんとなく裏があるように感じちゃうし。


「では参らん」


 オウカさんは実質的な試合開始を口にして、一直線にこっちへ向かって来る。


「彼のものを燃やせ、フレイムボール」


 俺はとりあえず防御壁を張っていれば大丈夫だろうと様子見をしていたところに、弾速は遅めだがオウカさんの体が隠れるレベルのかなり大きめな火の玉を放ってきた。

 おいおいいきなりかよ、と思いながらも威力の高そうな火の玉にそなえるため、防御壁の強度を上げる。

 そして火の玉が着弾したのだが想像していたような衝撃がなかったなと思ったのと同時に、頭上から衝撃が来た。

 慌てて上を向くと短剣を持ったオウカさんがいた。ただ、防御壁が割られるようなことにはならず、オウカさんははじかれるようにして後ろに飛びのく。


「やはり硬いでござるな……。それとセオドア君、ちゃんとそっちからも攻撃して欲しいでござる」


「……分かりました」


 自分よりも動きがいい相手は待ちの姿勢を取るのが基本だったから、様子見をしてしまった。

 だけど、攻守の動きを見るためにも、俺からも動いた方が良かったか。


「クイックバレット」


「プロテクト」


 俺が放った複数の魔弾に対してオウカさんは防御魔法で張り、防ぎきれない魔弾は避けながらこっちに突っ込んでくる。

 

「地よ揺れろ、アースシェイク」


 オウカさんによる詠唱の後、いきなり足場が揺れる。

 たいして強い揺れではなかったのだが、オウカさんにどう対応しようかと考えていたところに突然起きたことだったので一瞬だけ体勢を崩してしまう。

 そして、張っていた防御壁が割れたことを感じ、目の前には短剣を向けているオウカさんがいた。


「チェックメイト、でござるな」


「……参りました」


 特に勝ち負けにこだわっているわけでもなかったので、素直に負けを認めた。

 

「それで戦ってみてどう感じたでござるか?」


「そうですね……」


 第一の感想としては防御魔法で防ぎながらとはいえ、クイックバレットを当たり前のように避けるのを見てこの人もあり得ない身体能力をしているタイプなんだなというものだったけど……。

 まあ、オウカさんはそういうことを聞きたいわけじゃないことは分かる。

 

「炎の玉を打ってきたと思ったらなぜか頭上に攻めて来られたり、地面を揺らされて隙を作られたことにはびっくりさせられました。それと魔法詠唱をしながら攻めてこられたので、詠唱を咎めるのも難しかったです」


「セオドア殿はいい観察眼をお持ちでござるな。そう、それが魔法と身体能力を生かした動きの利点でござる。それと実の所、この手合わせで拙者はセオドア君が出来る範囲のことしかしてないでござるよ」


「え?クイックバレットを避けたりなんかは出来ませんよ」


「あの魔弾については、拙者は防御魔法が不得手であるためああいう避け方をしたのでござるが、まあセオドア君なら防御魔法で防げるであろうしそこら辺はあまり気にしないで欲しいでござるよ。ただ、そのほかは間違いなくセオドア君が出来ることしかしていないでござる」


 いや、火の玉を打ってきたときとかいきなり頭上にいたし、あんな瞬間移動じみた動き、俺には出来ないけど。


「その顔は疑っているのでござるな?」


「いえ、そんなことは」


「セオドア君が疑っているのは、火の玉を放った際に拙者が頭上から仕掛けていたことでござるな」


「……まあ、はい」


 ばれているならと素直にうなずいた。


「あれは火の玉に注目させながら身をかがめて横からこっそりとセオドア君に近づいただけでござる」


「いやでも上から攻めて……、あ」

 

「気づいたようでござるな。火の玉が着弾するタイミングでセオドア君の頭上に飛んだだけでござるよ」


「ああ。……あとよく考えてみれば、たいした魔法も使ってないですよね」


「うむ、それにも気がついたでござるか。身体強化の魔法とたいした威力のない見掛け倒しの火の玉、すこし地面を揺らすだけの魔法しか使っていないでござるよ」


 全部、一回限りしか通用しない手ばかりだったけど、戦いにおいてはその一回が通用すればいいからな。

 それに一発芸だとしても、手札が多いのならば一つばれたところで大した問題じゃないだろうし。


「相手が純粋な魔法使いであるならば近距離戦もできればかなり戦いやすいでござるし、近距離戦を得意としている相手なのだとしても守るだけでなくやり返せる手札がある方が有利に立ち回れるはずでござる」

 

 守るだけだと相手が攻め続ける手を緩めさせることが出来ないけど、やり返される可能性があるとなると向こうも攻め方を考えさせなきゃいけなくなるってことか。

 そのやり返し方法が魔法でもいいんだろうけど、プラスアルファとして近距離戦もできるとなるとさらに手札が増えることになるだろうからな。


「これを会得してもらうには、基本的に実践経験を積むしかないでござる。よって、これからこの時間は手合わせをするというのが主でござるな。ただ手合わせだけしていても戦いの技術が磨かれるだけでござるから、自分でどうするべきか考える時間も設けるつもりでござる」


「えっと、つまり……、オウカさんから教えてもらうだけみたいなのはないということですか?」


「うむ。教えるのではなく体感してもらってセオドア君自身の力で成長してもらわないとこの訓練はほとんど意味がないでござるからな。ただ、質問したいことがあればいつでも回答するでござるよ」


 ただ魔法を教えてもらって、それを俺が練習するだけの方が楽だったんだけどな……。

 凄い身になりそうな訓練だとは思うんだけど……、できないふりをすればよかったか。

 ……いや、なんとなくだけどこの人の目は誤魔化せないような気がするし、モーガンさんとの決闘である程度の実力は見せっちゃったからな。

 ……狡いことは考えないで、頑張るしかないか。

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