第31話 セオドアの魔法講義
ゴブリン討伐が終わり宿に帰ってきて、俺は硬い敷布団の上で寝転がっていた。
学園にある寮だったら寝心地に文句のないベッドが備え付けてあるんだけど、今は安宿に泊まっているため、あるだけましだと思うしかない程度の敷布団しかない。
一年前ぐらいはこういう安宿に泊まって生活していたはずなんだが、寝心地が悪いと感じてしまう。
これが人の適応力ってやつなのかもしれないな。
ちなみになんでこんな宿に泊まっているのかというと、学園からは通えないような場所で活動するように先生から指示されて、たいしたお金もないので泊まれるようなところがここしかなかったからだ。
どこにも頼れるところがない中での生活は、実践経験を積めるだけでなく金の管理とかグループ行動をするみたいな実際の冒険者活動を体験にできるとか担任が言っていたので、こんな学園から遠いところを活動場所に指定されたのだろう。
納得できる理由だとは思うけど、だとしても別にこんな一日、二日で帰ってこれないところに行かせなくてもよくないかとは最初は思っていた。
ただクラスメイトの一人が、全員同じところで活動したら宿が埋まっちゃうし、低ランクの討伐依頼が無限にあるわけじゃないから、冒険者組合からの苦情が来ることも考えての活動場所をグループごとにばらばらにさせたんじゃないの、と言っていたのを盗み聞きして、どうしてこんなところで活動することになったのかは納得できた。
「すみません」
コンコンと扉が叩かれるのと共に、声変りがまだ来ていない男特有の声が聞こえてきた。
……ポールさんだな。
別に今日は何もしてないから疲れているわけじゃないけど、起き上がるのがだるいし、扉を開けた後に面倒なことが待っていそうなのが……。
そんな風に思っていたとしても、無視して寝転がっているわけにもいかないか、と重く感じる体を起こし、のたのたとした足取りで扉に向かい開けた。
「魔法を教わりに来たんですけど……」
やる気満々といった様子だったポールさんの声が尻すぼみになっていく。
俺が若干不機嫌であることが伝わってしまったのかもしれない。
「わたくしも教わりに来ましたわ」
ポールさんの左後ろ側には、お嬢様という言葉が似合う金髪少女がいた。
「あー……、とりあえず中に入ってください」
依頼をこなしたばっかりだし今日は来ないでしょ、と決めつけていたので教える内容とかなにも考えてなかったどうしようと内心焦りながらも、二人を部屋に招き入れる。
部屋に椅子なんてものはないので、ポールさんとエリザベスさんが床に座ってもらっている僅かの間、基礎的なところから教えた方がいいのかな、いやでもそんなこと教えるまでもないだろうし、だからと言って凄くいいアドバイスが思いつかない、と考えを巡らせていた。
「……すみません。何を教えるかとか思いつかないので、二人にはこれを教えてもらいたい、みたいなものがあったら教えてほしいです」
結局なにも思いつかなかったので、二人に聞いてみることにした。
思いつきでの発言だったけど、二人がどれくらい分かっているかとか知らないし、聞きたいことに答える形式は悪くないかもしれない。
「僕は詠唱破棄を使った魔法を教えてほしいです」
「わたくしは、パパっと強くなれる方法を知りたいですわ」
詠唱破棄を使った魔法……。普通に、適当に詠唱の部分を削ればいいんじゃないか?
……というか、パパっと強くなれる方法って言われてもな。そんなん、俺が教えてほしいぐらいだけど。
うーん……。ポールさんのは説明できなくはなさそうだけど、エリザベスさんとかなにをアドバイスすればいいか全くわからん。
だったら、
「二人の魔法の知識とかどれくらい使えるかとかが分からないので、授業の復習もかねて基礎的なところから説明してもいいですか?」
二人が頷いてくれたので、それならばと俺は学園での授業の内容を思い起こしながら説明を始めることにした。
「まず魔法とはどのようなものであるかについてなんですけど。……覚えてますかね?」
一から授業で教わったことをしゃべってもいいけど、どれくらいの理解度なのかを知れたり、こうやって教えるときは質問を答えてもらうと理解度が上がると聞いたことがあったので、二人に質問してみる。
「えっと、魔法とは自身の魔力を触媒にして、世界の一部分を己の望んだように変革させるもの、でしたよね?」
ポールさんはおそらく授業で教わった通り文言を口にした。
先生が言ったことを一言一句は覚えているわけではないから、もしかしたら違う教わり方をしたのかもしれないが、ポールさんの真面目そうな性格とそれっぽい言い回しからして、多分授業で教わった時の文言通りなんだろう。
「はい、あってます。火よ、灯れ」
俺の目の前にろうそくで灯した程度の火が現れる。
「この火は自分が魔法を唱えたことによって現れたものです。つまり、この火は石をかち合わせて出来たものじゃなく、ろうそくで火を灯したわけもなく、自分が魔法を使って世界に火を起こすように望んだから現れたわけです」
理解してくれたかなと思って二人の様子を見てみたら、少なくとも納得をしているような表情ではないように見えた。
「分かりづらかったですかね?」
「……魔法で火を起こしたと言っているだけですわよね?それで何を言いたいのかが分かりませんわ」
「えーと、物理的な何かがなく魔法だけで火を起こしている。つまりは、物理的な法則が関係なく魔力という動力だけで世界を変革させているということですね」
「世界を……。大げさな気はしますけど、そういうことにはなる気はしますね」
「おっしゃっていることは分かりましたけど、それにどういう意味が?」
ポールさんはどこか納得いっていない様子で、エリザベスさんは少し責めるような口調だった。
俺が言ったことはなるほどと思うだけで、実用性のある話ではないからね。
多分エリザベスさんは魔法を使うということに焦点を当てているから、だから何なのって思ったんだろう。
これの意味は自由度があるってことなんだけど……。
「質問はあるかもしれないですけど、もうちょっと話を進めますね。火よ、灯れ」
さっき使った魔法の隣に、昔キャンプで焚火したときに見た大きさの火を灯した。
「同じ魔法ですけど、見比べなくても火の大きさが違うことは分かりますよね」
「え?なんで?同じ魔法を使ったはずなのに?」
「……使った魔力量が違うから、ですわよね?」
「確かに使っている魔力量も違いますけど、結果的に使う量が多くなっただけで魔力を込める量を増やしたから火の大きさが変わったわけじゃないです。じゃあ何が原因で火が大きくなったのかというと、さっきの火よりも大きいものを想像したからです」
「想像しただけで変わるんですか?」
ポールさんは首を傾げる。
「はい。まあでも、これは個人的にそういうものなんじゃないのかなと思っているだけですけど」
「個人的な?そんなあやふやなものなんですの?」
エリザベスさんはどうにも信用してなさそうな目を俺に向けてくる。
エリザベスさん、結構容赦ないな。
こっちとしても俺の言っていることに信用しすぎてほしくないから、そういう目で見てきてくれるのはありがたくはあるけど。
俺が言っていることが間違っている可能性もあるわけだから、あんまり信用しすぎないで欲しいんだよね。
「はい。でもこれに関してはあるていど確信している理由がありまして。例えばなんですけど。火がついてください」
今までの魔法で出来た火の隣に、また同じ大きさの火が灯る。
「え?なんで火が現れたんですか?」
「僕がそういう風な魔法をイメージしたからですね。で、これが詠唱破棄とか無詠唱につながってくるんですけど――」
「イメージと魔力を用意できれば、魔法は使えるということ。つまりこれが、魔法というのは自身の魔力を触媒にして、世界の一部分を己の望んだように変革させるということの説明、ということですわね」
「あ、なるほど。なんでこんなことを知ってるんですか、セオドアさん!」
エリザベスさんはなるほど、という感じでうなずいて、ポールさんは幼い少年のように目をキラキラさせていた。
とりあえず理解してくれたようなので、魔法で灯した火を消す。
「知っているというか、そうなんじゃないかと思っているだけですけど」
「だとしたら、これは世の中に広めるべきことですよ!」
「いやこれぐらい、ある程度魔法を使える人だったら知ってるんじゃないですかね。そんな、誰も思いつかないものってわけでもないでしょうし。それこそ、これから学園で習うんじゃないですか?」
興奮しているポールさんを鎮めるためにそう口にした。
誰かしらが思いついているだろうと口にしたのは嘘ではない。ただ、知られてない事実だとしたら、変に有名になっちゃいそうで面倒だし。
あと、この事実を権力者たちとかが秘密にしていたとしたら、考えたくもない逃避行を始めなきゃいけないなんてことも……。
「ということは、学園で習っているような決まった文言で唱える意味はないということになりますわよね?」
「いや、そういうわけでもないと思いますよ。多分ですけど、一種の暗示で、火を灯す魔法は火よ、灯れという呪文で固定化させてしまえば、無駄にイメージとかしないでも使えるから便利じゃないですか」
俺はどうやったら分かりやすくなるか考えながら、話を続ける。
「まあだから、九九と同じですね。九九、八十一って意味わからないじゃないですか。九と九を掛け合わしたら八十一になりますけど、九と九って並べただけだったら九十九にしか見えないですし。でも、九九、八十一って知っていたらいちいち計算しなくてよくて楽ですよね。後、九九を知っているだけじゃ他の掛け算は出来ないというのも、魔法の応用が効かないというところも似てますね」
最近、学園で算術の授業で習っていた九九を例題に使ってみた。
うん、我ながら即興にしてはいい説明が出来た気がする。
「凄くわかりやすいです!だとしたら、詠唱破棄を使うんだとしたらイメージをしっかりとさせないといけないんですね」
「はい。これは自分なりの考えでしかないですけど。もしかしたら、言葉自体に効力があったりもするかもしれませんし……。何にしても、色々試行錯誤しながらしっくりくるまで何回も魔法を使ってみるのがいいんじゃないでかね。そうしたら、無意識でも使えるようになってくると思いますよ」
「なるほど。これからやってみます!」
ポールさんはふん、と鼻息を荒くしながら答えた。
「あ、でも。これは授業で習ったことですけど、属性魔法っていうのは個人の資質とか場所によって威力とか変わって来るらしいので、そこら辺も気を付けた方がいいかもしれないですね」
「精霊の好かれ具合や、その場にいる量によって変わってくるって話ですわよね?」
「はい。無属性魔法はそういう影響は受けないけど、精霊からの恩恵を受けれないから基本的に属性魔法に劣るとか言っていた時の授業の話ですね」
水辺とかだと水魔法を使いやすい感覚はあったから、その話を聞いたときはなるほどなってなった。
俺の場合、そういう恩恵を受けれる場所でようやっと無属性と威力がトントンになる感じだけど。
「まあ、自分から教えられることはそんなもんですかね。納得してもらえましたかね」
「はい、ありがとうございました!」
「ええ。とても参考になりましたわ」
二人の様子からは不満があるようには見えなかった。
ポールさんへの回答は出せたと思っていたから心配してなかったけど、エリザベスさんの抽象的な質問への答えにはなっていたのかはよく分からなかったから、良かった。
「あの、またいろいろと教えてもらってもいいですか?」
「え?いいですけど……。別にこれ以上に教えられることとかないですよ」
「僕が魔法を使っているところを見て、アドバイスしてくれるとかでもいいので」
「……自分が役に立てそうなら、出来る限りのことはしますよ」
めんどくせえ、とは思いはしたが、子犬を思わせるつぶらな瞳で見つめてくるポールさんを断れず頷いてしまう。
「それはわたくしもお願いしてもよろしいですの?」
「……はい。あ、でも、そろそろ食事の時間ですし今日は解散でいいですかね?」
俺の提案に二人は頷いてくれた。
良かった。結構頭を使って疲れていて、これ以上はしんどかったから。
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