第30話 未熟と考えなし

 フィリス様と一緒に食事を取った時にいた貴族の人たちとかから嫌がらせなどは特になく、一月がたった。

 クラスの違うちょっと目障りだなと思う程度の相手にわざわざちょっかいを掛けようとは思わないということだろう

 あと、フィリス様の護衛という肩書があることで手を出しにくいっていうのもあるのかもしれない。


 授業は魔法と歴史以外は大体知っている内容だからついて行けないということもないし、休憩時間は図書室にある本を暇つぶしに読んでいるか、机に突っ伏しているかって感じでクラスの中で話す人とかはいない。

 だからといって交友関係が一切ないわけではなく、同じ護衛であるモーガンさんから食事を誘われたりとか、クローディアさんにしっかり鍛錬を怠っていないか確認されたり、みたいなことはある。

 そんな頻度は多いわけじゃないけど。

 前の世界でも少しクラスで話す相手がいるくらいだったから、我ながら成長してないということが分かった。

 

「皆さんは一か月の間、魔法について学んできたので、FランクやEランクの冒険者の方々よりも高い戦闘能力が身についてきました。しかし、一つ足りていないものがあります。それは実践です」


 担任であるヤードリー先生は真剣な表情で身振り手振りしながらクラス全体を見回す。

 言っていることは正しいのだろうけど、見た目が十二、三歳ぐらいの少年に実践が足りないと言われても、説得力が足りない――クラスメイト達に響いてなさそうだなと思ってしまった。


「戦いにおいて、魔法の威力があればいいわけでもありませんし、即効性があるものを使えばいいというわけでもありません。相手や状況に合わせてやるべきことや使う魔法は変わってきますから。後々、模擬戦をしてもらったりもするのですが、それだけでは緊張感が足りません。それに実際の戦いを肌で感じている経験があるのとないのでは、模擬戦をするときの得られる経験値が変わってくると思いますからね。ですので、これから皆さんには班を組んでもらい、二週間でEランク冒険者を目指してもらいます」


 また、面倒そうな……。特に班を組まなきゃいけないっていうのがだるい。

 ……というか、俺はもうEランクの冒険者なんだけど。もしかして、何もしなくてよかったりして?


「先生。私、先生と一緒にやりたいです」


「え~、あたしも」


 クラスの女性陣が盛り上がり始める。

 ヤードリー先生は女装しても似合うような整った顔立ちをしているのと、実年齢は知らないが見た目が年下なこともあってか、こういう感じで女の子たちから猫かわいがりされている。

 真面目で純粋そうな感じがツボなのかもしれない。


「えっと、僕は教師なので参加できないので。すみません。あと、組むパーティーは学園側で決めていますから、そのつもりでいてください」


 こういうのって、だいたい俺はあぶれることになるから学校側で決めてもらえるのはありがたいな。

 まあでも、余っている同士だと我が強くない人と組めるから楽っていうメリットもあったりするんだけど。

 なんにしても、濃いメンツは勘弁してほしい。





 明らかに戦いに向いているようには見えない少年――ポールさんが四、五十センチほどの棒――おそらく魔法行使するために使う杖を持ちながら、一匹のゴブリンが見合っていた。


「風の精霊よ、彼のものを吹き飛ばしたまえ――うわぁぁ!?」


 ポールさんは魔法を発動させようと詠唱している間に、ゴブリンに近寄られ棍棒を振り下ろされる。

 ゴブリンの棍棒には反応できたみたいで、後ろに倒れこみ、情けない声を出しながら尻餅をついた。


 一対一の状況で、あんな悠長に魔法を唱えていたらそりゃこういう結果になるわな。


「た、たすけて」


「任せてくださいませ。フレイムボール」


 毛先がロールされているお嬢様然とした金髪の少女――エリザベスさんは火の玉を発射し、ボールさんとゴブリンの間を通り過ぎる。

 今自分たちは森の中にいるため、火が木に燃え移ったら間違いなく面倒なことになるので魔法の障壁を火の玉が飛んでいく方向に張った。


 ここで火の魔法って……。しかも外してるし。

 

「フレイムボール、フレイムボ―ル、フレイムボール」


「え?ま、まってください」


 エリザベスさんが追加で発射した火の玉が、頼りなさそうな少年とゴブリンに向かっていく。

 火の玉を目にした少年とゴブリンは全く同じ鬼気迫る表情をしていた。


 ……ぷぷぷ。笑っちゃダメなんだろうけど、ゴブリンと全く同じ表情をしながら真に迫った顔するから……。


 俺は何とか声を出さないようにと、若干痛みを感じるぐらいに唇や頬に力を入れて空気が漏れ出ないようにする。

 顔を下に向け、たまに空気が漏れながらも、なんとか耐えきった。


「ねえ、あんた。何してるの」


 聞きなじみのある声が俺に問いかけてくる。


 不味い!表情が緩んでいるだろうから、整えないと。


 緩んだ頬を引き締めて、目元が濡れているように感じるので前髪を上げる動作と共に拭い、真顔を意識して頭を上げた。


「これからのことを考えていて」


「そう。それにしては目元が濡れているように見えるけど」


 クローディアさんから発せられたのは冷たい声色だった。


 ……ちょっと手でこすっただけじゃ、そりゃ拭ききれてないか。


「えーっとですね。その――」


「おーほほほ!わたくしの手にかかればこの程度、造作もありませんわ!」


 どう言い訳しようかと、前世で兄に借りたゲーム機本体を壊したとき並に頭を巡らせていたところで甲高い声が聞こえてきた。

 声が聞こえてきた方を振り向くと、疲れなのか焦りからなのかは分からないが大量の汗をかき、顔色を青くしながら座り込んでいる頼りなさそうな少年と、先端に毛が付いているタイプの扇子を仰ぎながら高笑いをする金髪の少女、黒焦げで横たわっているゴブリンがいた。


「終わったみたいですよ」


「……そうみたいね。ポールくん、エリザベスさんお疲れ様」


 クローディアさんは俺に何か言いたげな視線を一瞬向けた後、ゴブリン討伐を果たした二人にねぎらいの言葉を掛ける。


「すみません、僕は何もできませんでした」


「そんなことありませんことよ。ポールさまが囮になってくれたおかげで、仕留めることが出来ましたわ」


 エリザベスさんによるフォローらしきものを聞いたポールさんは、悲しそうな表情をしていた。


 囮になっていたおかげとかいう、自分の能力が関係ない褒められ方をしても嬉しくないよな、そりゃ。

 

「囮の役割を果たしていたとはいえるかもしれないけど、ゴブリン一匹すら相手できないのは問題ね。そのためには悠長に長々と魔法を唱えるところから変えないと」


「……すみません。ただ僕はまだ、ちゃんと詠唱しないと魔法は使えなくて……。でも、それじゃ駄目ですよね」


「そうね。まあでも、授業では詠唱なし魔法や詠唱を短縮した魔法は口頭での説明があったけど、実際に使ってみるっていうのはまだ習ってないから仕方ない部分もあるわね。ただ、私が教えるっていっても、魔法はあんまり得意じゃないから難しいのよね……。あんた、教えてやってくれない?」


「……え、自分が?」


「うん。お願いしてもいい?」


 アドバイスとか始めてやっぱり真面目だなとかのんきに考えていた、人に教えるとかいう労力が必要そうなお願いされた。


 もし、がっつり教えなきゃいけないんだとしたら、かなり時間を割かなきゃいけなくなりそうだよな……。

 いつもクローディアさんはこっちの意志が関係なく物事を進めるのに、今回に限っては選択権があるような聞き方をしてきている。

 だったら断ってもいいような気はするんだけど……。でもなんかその配慮が不気味だし、そもそもやりたくないですって口にしづらい。


「その……、独学だからあんまり人に教えられる気はしないんですけど、それでもいいなら……」


「だとしても、教えてもらえた方が嬉しいでしょ。ポールくん」


「はい。出来ればお願いします」


 ポールさんにはきはきと言葉にしながら頭を下げてきて、


「……自分でいいなら」


 そんな真面目に頭を下げてきたら断りづらいだろと言いたくなりながらも、しぶしぶ了承した。


「今度はわたくしの番ですわよね?」


 なんでこの金髪お嬢様は堂々と胸を張っているんだろうか?もしかして、褒められるとでも思っているのか?


「……そうね。じゃあ聞くけど、あなたはなんで火属性の魔法を使ったの?」


「それはわたくしが一番得意な魔法だからですわ」


「だとしても、ここらへんは緑が多いから、むやみに火を使うと火事になるかもしれないわよ。実際、エリザベスさんは所かまわず魔法を放っていたから、こいつが的確に魔法の壁を張って防いでいないと大惨事になっていたはずよ」


 金髪のお嬢様は周囲を見回す。


「……そうですわね。申し訳ありませんわ」


 あ、素直に頭を下げるんだ。


「……分かってくれるのならいいわ。エリザベスさんも、こいつに魔法を教わるといいかもしれないわね」


 クローディアさんも俺と同じように素直に謝ることを意外に思ったのか、少し間があいてからの言葉だった。


 さっきも一応ポールさんのフォローをしようとしていたみたいだし、意外と高飛車で人の話を聞かないわけでもないのかな?

 ……てかなんか、しれっと教える人数が二人になろうとしてないか?


「分かりましたわ。セオドアさま、よろしくお願いしますわ」


 ここは、こんな男に教わりたくなどありませんわ、とか言って高飛車お嬢様ムーブをしてくれても良かったんだけど。


 俺はそんな思いを抱きながら、はいと頷いた。


 ヤードリー先生にセオドア君が依頼をこなしちゃうとみんなの成長につながらないから手を出さないでほしい、って言われた時は楽できそうだと思ったんだけどなぁ。

 というか俺のグループ、メンツがやっぱり濃いな……。

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