第29話 謝罪

 今日の朝は決闘があった翌日ということから誰かしらに声を掛けられるかもしれない、なんて思いながら教室に入ったんだけど、特に何もなかった。

 ……いや、よくよく思い出してみると、自分の席に向かうときはクラスメイトのほとんどがこっちをちらちらと見ていたかもしれない。その視線が好意的なものなのかは分からないけど。


「セオドア殿、少しよろしいか?」


 購買部で売っている昼食を買いに行く途中、とても自分とは同い年とは思えないがっちりとした体格の男に声を掛けられた。


「……え?あ、はい」


 セオドア殿?

 この人、アリンガムさんだよね。

 前は貴様呼ばわりされて名前呼びすらはされてなかったのに、いきなりセオドア殿とか言ってくるからびっくりして少しの間固まっちゃった。

 アリンガムさんのような軍で隊長でも務めていそうな風格がある人から、いきなり声を掛けられたという驚きもあるけど。


「先日は失礼な真似をした。申し訳ない!」


 こっちに風が来るほどの速さで頭を下げ、背筋がピンとしているとてもきれいなものだった。


「あの、別に気にしてないですから」


 むしろ俺としてはそこそこな人がいる中で、そのでかい謝罪の声と頭を下げて謝るという行為が目立つということを気にしてほしい。

 周りから、昨日のやつらだよなとか、頭下げさしてるぜ、なんて声が聞こえて来るし。


「いや、そういうわけにはいかない。私は自ら挑んだ決闘に負けたのだからな」


「あー」


 これ、すぐには納得してくれない奴っぽい。すごい真面目なんだろうなというのは伝わってくるんだけど……。

 時間がかかりそうだな、これ。

 

「あの、ここ人通りがあるので場所を移しませんか?」


「うむ。セオドア殿がそういうのであれば」


 今日の昼休みはこれで潰れちゃいそう。

 まあ、やることがあるわけじゃないからいいんだけどさ。





 俺としては人通りが少ないところでさっさと話を終わらせるつもりだったんだけど、アリンガムさんに一緒に昼食でもどうだと誘われて食堂に来ていた。


 基本的には一人の方が気楽だし、昼頃の食堂なんていう人混みが多そうなところなんて、とは思ったが、人からの厚意を断れるような会話術を持っていないので一緒に食事にとることになった。

 前にフィリスさんと食事を取ったような貴族御用達って感じのところじゃないから、まあいいかと思ったのもあるけれど。


「改めてだが、セオドア殿のことを侮辱するようなものいいをしてしまい、申し訳ない」


「別にそんな気にしてないので。……それよりもなんでわざわざ頭を下げにきたんですか?」


「私が貴殿に負けたからだ」


「それはわかるんですけど……。こっちが有利な条件で負けたにしてはすんなり受け入れてくれるのはなんでだろうな、と思って」


「吾輩が出した条件で負けたのだからな。当然のことだろう」


 うーん……。

 いくら自分が提示した条件だからといって、実践では当たりようがない魔法を一発受けて負けというのは納得出来るもんなのかな?

 俺だったら、一発何でも受けてやるとは言ったけどさぁってなるけど。


「納得いかないか?」


「えっ……、あ、はい」


「確かに吾輩はあの試合の結果を受けて、貴殿に実力が劣っているとは判断していない。だからと言って、それが貴殿の実力を認めないことにはならないであろう。吾輩の防御壁を一撃で破る魔法を使えるものはこの国の中でもそうは多くないだろうからな」


 凄い自信家だな、この人。

 王国一の防御魔法の使い手とか実況が言ってたから、的外れな発言ではないのかもしれないけど。

 でも、まあまあ魔法を使える人なんだったら、俺と同じようなことすれば良さそうだけどな……。

 俺みたいなことをする奴がいなかったことで、アリンガムさんが無駄に評価してくれているということか。

 

「そんな貴殿を侮辱してしまったのだからこそ、贖罪が必要だと考えてここにいるのだ」


「そういうことだったんですね。こちらこそ、わざわざありがとうございます」


「うむ、貴殿にならフィリス様を任せることが出来る」


 ……そういえば、フィリスさんの護衛だとか実況が言っていたな。

 だからアリンガムさんは、フィリスさんの護衛が俺で大丈夫なのかという感じで突っかかってきたのか。

 決闘する理由もフィリスさんに相応しくないとか言ってたし。

 そう考えると、アリンガムさんが決闘を申し込んだ理由って意外と正当性のあるものだったんだな。

 そういう理由であると分かっていたとしても、喜んで決闘することを受けれるなんてことはなかっただろうけど。


「オーク腕の丸焼きをご注文されたお客様でしょうか?」


「うむ」


 店員さんは緑色の肌をした極太の人の腕が皿の上に乗っているものを、さも料理だと言わんばかりに自分たちのテーブルに並べた。


 来ちゃったか……。

 アリンガムさんに勧められて頼んだんだけど、やっぱり見た目が……。

 メニューを見た時から思ってたんだけど、もうちょっと何なのか分からない工夫をするとかないのかな。

 インパクト性とかを考えて、そのままの見た目なのかな……。

 店員さんとか、本当にいいんですかと言いたげな表情で注文の確認してきたし、周りにいる客もチラチラこっちを見てきている。


「では頂こうか」


 俺が皿の上をジィッと見ていたら、アリンガムさんがなんてことない感じ――いやすこし嬉しそうにナイフを使い切り分けたオーク肉を口に運ぶ。


 香ってくる匂いは悪くないな……。むしろ、食欲をそそってくる。


「どうした?食べないのか?」


 見た目がアレだから美味しいのか食べられるのかどうかを、アリンガムさんの食べる姿や香ってくる臭いで情報分析をしていたところで、声を掛けられる。


 こういうのはうだうだ考えていたところで時間が経つだけで、何か変わるわけでも無いか……。


「いえ。じゃあ、いただきます」


 うまっ、いや固!?

 口に入れた感じ、味はいいんだけどぜんぜん噛み切れない。

 よくよく考えてみたら、こんなぶっとい筋肉の詰まった腕なんだからそりゃ噛み切れないか。


「あの、硬くて全然噛みきれないんですけど、どうやって食べてるんですか?」


「我は特に何もしていないが、硬いのならフィジカルアップ系の魔法を使うのがいいぞ。ただ、あまり身体能力をあげすぎると歯応えがなくなるから注意したほうがいい」


 わざわざ魔法を使って食べるのか。

 なんか、ある程度効力を調整しないと美味しく食べれないとか一種の魔法訓練をさせられてる気分になるな。

 というかこんな硬い肉を魔法なしで噛み切ることが出来るとか、この人どんな顎をしてるんだ?

 ……まあいいや、とりあえず言われた通りに魔法を使って食べてみるか。


「美味しいですね」


「うむ。我も前に食べた時よりも美味しく感じる。味がいい」


 確かに味付けがいいわ、これ。

 濃厚なタレとハーブかな?そんなんが効いてるような気がする。

 フィリスさんのところで食べた肉よりは劣るのかもしれないけど、たいして味の差なんて分かる上等な舌なんて持ってない俺としては、値段のことを考えたら圧倒的にこっちの方がコスパいいなと感じてしまう。

 

 ただ、結構量が多いからちょっと胃に入り切らないかもしれないな。

 というか、アリンガムさんは前にも食べたことあるんだ、オークの腕。……なかったら、こんな得体がわからないものを謝罪も込めたこの場で頼んだりはしないか。


「一つ聞きたいと思っていたことなのだが、どういう経緯でフィリス様の護衛をすることになったのだ?」


「えっと……、フィリスさまに誘われて、って感じですね」


「ふむ。やっぱりそういった事情であったか。セオドア殿の気質からして自分から志願したようには見えなかったからな。となるとやはり、きっかけはフィリス様と一緒に事件か何かに巻き込まれたといったところか?」


「……どうしてそう思ったんですか?」


「今は我もセオドア殿の実力を認めているが、Eランク冒険者でしかない貴殿をフィリス様が勧誘するとは思えぬ。だとしたら、きっかけとなる何かがあったのではないかと」


 意外に鋭いな、この人。いや、ハロルドさんにも同じことを聞かれたから、普通に考えたら分かることか。

 でも、何も事情も聞かずに決闘なんて申し込んでくるから考えなしなのかと思っていたんだけど、そうわけでもないのかな。

 

「まさにその通りで、だいたい四か月前ぐらい前の話なんですけど……。依頼で馬車に乗っていたところに盗賊に襲われたんですよ。その時たまたま同乗していたフィリスさんと協力して盗賊を撃退したってことがあったんです。で、その後護衛になってくれないかと誘われたって感じですね」


「ん?フィリス様は盗賊を相手にできたのか?」


「……そうですね。トドメを刺さないように気絶させてた気がします」


 アリの魔物に襲われたときとか大暴れしていたのもあって忘れてたわ、人の死で戦えなくなってしまうことを。

 別に俺は何かやましいことがあるわけじゃないけど、根掘り葉掘り聞かれるのは避けたいな。

 フィリスさんが白銀の騎士であることを知らないのなら、そのことについてばれないように話さなきゃならないわけだから。


「今度はアリンガムさんが護衛をやってる理由を聞いてもいいですか?」

 

「ん?我のか?簡潔に言えば家に勘当された後に拾って頂いたからだ」

 

 え、さらっと言ったけど、かなり重い理由じゃないか?大方、代々の家の繋がりでとかそんな感じだと思っていたのに……。

 勘当って、結構な理由がないとされないよね?

 話している限りそんなことされるような人には見えないから、家の方に問題があるのかな、とは思うんだけど。……事情は聞かない方がいいか。


「だから、すごくフィリス様のことを慕っているんですね」


「ああ。フィリス様がいなければ我はここにはいなかった。もし拾ってくれなかったのなら、賊に身を宿していたかもしれない」


 この人俺とそこまで歳は変わらないよね?

 言ってることとか見た目も相まって、とても同い年とは思えないな。


「そんなことが。そういう事情なら、あの決闘の件も納得しました」


 気持ちは理解できるが正直勘弁してほしいってのが正しい感想だけど、これ以上引き伸ばしたい話題でもないし。


「そう言ってくれるとありがたい。それとセオドア殿、吾輩のことはモーガンと呼んでほしい。同じフィリス様を守る護衛であるし、勘当されてアマルガムという姓は無くなったからな」


「分かりました、モーガンさん」


 アマルガムという姓がなくなったか……。本当にこの人勘当されたんだな。


「それにしてもセオドア殿、昼休みが後十五分で終わってしまうが食べきれそうか?」


「……ちょっと厳しいかもしれないです」


 あまりにも量が多すぎて胃に肉を詰め込む感じになっており、正直しんどい。

 多分、この後の授業は、お腹張ってるなと思いながらぼけーっとしている未来が見える。

 味の濃いタレがかかった肉だけを食べ続けるっていうのも飽きてきたというのもあるし。


「では、吾輩が頂こうか?」


「……ちょっと、お願いします」


 このオークの腕はちょっと値段が張っていたので渡すのに抵抗はあったが、もう食いたくないので素直にモーガンさんに渡す。


 それにしても、また頼んでみたくなるような味ではあったな。

 食い切れないだろうし、三千ゴールドとちょっと高めだから、いつ食べたくなるかは分からないけど。

 ……というか、モーガンさん食うスピード早いな。


「うむ、美味かった」


 満足そうなモーガンさんは、胸ポケットからハンカチを取り出し、口を拭う。

 ん?モーガンさんの持っているハンカチ、八歳ぐらいのフリフリなスカートをはいた女の子が、先端がハートマークのステッキを持ってるような柄に見えるんだけど。


「ん?このハンカチを見ているのであるか?可愛いであろう」


 そういってモーガンさんが自慢げにハンカチを見せてきた。 

 

 魔法少女、いや見た目的には魔法幼女か。そんな幼い少女の刺繍が入ったハンカチだな……。

 

「可愛いですね。それと今回食べたオーク肉かなり美味しくて、食べたくなる味でした。授業の準備とかもあるのでそろそろ教室に戻りますね。また食事にでも誘ってください」


「うむ、ではまたな」


 なんで自慢げにハンカチを見せてきたのかはよく分からないが、知ってもいいことはなさそうなので深堀をしようとはせずに会計しに行った。

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