第28話 絡まれる

 昼食を取っている間、昨日のこともあるしちょっかいをかけられるとか起きるかもと思っていたが、特にそういうのはなかった。

 わざわざ俺のことを探してまでそういうことをするつもりがないってことなんだろう。

 だから、次に顔を合わせる機会があったら面倒なことが起きると覚悟しておいた方がいいのかもしれない。


「貴様がフィリス様の仰っていた護衛か」


 来ちゃったか、面倒ごとが……。そろそろ昼休みが終わりそうだと油断していたところに。

 それにしても、めちゃくちゃガタイがいいな、この人。魔力なしで腕相撲とかしたら腕をへし折ることが容易に出来そうな体格をしている。

 一年って二クラスしかないことを考えると、見覚えがないから別の学年でもない限り貴族クラスの人だとは思うんだけど、見た目や雰囲気から貴族ってよりも軍人って表現の方がしっくりくる。


「貴様、かなり細いし強そうに見えないがフィリス様の護衛などできるのか?」


「えーと、まあ」


 クローディアさんに鍛えられて戦うこと自体は出来るようになったと思っているけど、護衛となると多分無理だと思う。

 そんなことを素直に伝えたら、相手に攻撃される口実を作るだけだと分かりきっているので口にはしないが。


「なんだその受け答えは!男ならシャキッと答えろ!」


「……はい、すみません」


 これ、俺が苦手なタイプだ。


「すぐ謝るな、全く。貴様のような輩がフィリス様の護衛を名乗るとは、全くもって嘆かわしい」


 名乗るとはって……。

 自分が貴族の護衛なんか向いていないのは認めるけど、俺は依頼されただけだし。


「すみません」


「だから、すぐに謝るなと言っておろう!貴様のような奴がフィリス様に近づくのは我慢ならん!決闘しろ!!」


「……」


 どうしよう、思った以上に厄介なことになりそう。

 しかも、こういうことがあったとしても昼に突っかかってきた人だと思っていたのに、もっと強そうな人にランクアップしているのも勘弁してほしい。


「明日の六時だ。覚悟しておけ」


 了承も何もしてないのに、言うだけいって去っていっちゃった。

 六時に予定って言われてもどこでやるのかも聞いてないし、これわざわざ付き合う必要ないよね?

 ……でも、明日すっぽかしたところでいつかはやる羽目にはなりそうだよな。


「どこでやるか分かったら、応じるしかないか……」


 今まだ学園生活、二日目なんだけど……。厄介ごとが起きるにしても早すぎない?





「さあ、始まりました、新学期初めの決闘。対戦カードは入学時の実技試験でトップの成績を取ったアリンガム選手。それに対して、Eランク冒険者であるセオドア選手。どちらもオズボーン家の護衛らしいです。おそらくどちらが上か、格付けするという話になったのでしょう」


 観客席から、生意気な平民をアリンガムやっちまえ、とかいう声援が聞こえてくる。


 嫌われたもんだな、俺。何もしてないはずなんだけど。

 というかそんなことはどうでもよくて、一応は決闘を受けるつもりではあったけど、こんな大人数に囲まれて実況されるって規模がでかすぎない?


 それに実況がおそらくとかいって適当なことを言われるのがすごく気になる。なんか、実況経由で厄介な誤解を受けるような事態がありえそうで。

 というかアリンガムさんがフィリスさんの護衛だということを、今初めて知ったんだけど。


「それにしても、勝敗が分かりきっている試合にしてはかなりギャラリーが多いですね。新学期初めの対戦だからでしょうか?」


 周りの人が多いのはそういうものなのかなと思っていたけど、今回の観客は特に多い方らしい。

 観客の中で昼に絡んできた奴を見つけたし、この人の多さは俺のことをフィリスさんと昼食をとっていることが気に入らなくてボコボコにされるところを見に来たからなのかもしれない。

 だとしたら相当性根が腐ってるな、そういう目的で来たような奴らは。

 ……というか、見ごたえのない試合に来るってことはそう言う奴らばっかりなんだろうな。


「では、両選手。リングに上がってください」


 実況の指示どおり三段ある階段を登り、石の床できたリングに足を踏み入れたことで、もう引き返せないところまで来てしまったことを実感する。


「どうだ。これだけの衆目に晒されて無様に負けるのだぞ、貴様は」


 相手は俺が負けると思ってるらしいな。そうじゃなきゃ、こんな戦いを吹っかけないか。

 普段だったらわざと負けてさっさと終わらせようとか考えるんだけど……、今回は勝ちに行こうかな。

 ここで大敗したら観客にいる貴族クラスの人達から舐められて、かなりの実害を被りそうだし。

 そういう利害の話以前に、ここまで馬鹿にされてると、流石にイラっとする気持ちは俺にもある。


「何も言わんか腰抜けめ。これで負けたらフィリス様に二度と近寄るな」


 何も答えない俺に、ふんっと鼻息を荒くする。

 

「では、アリンガム選手対セオドア選手の対決。レディーファイ!!」


 あれ、アリンガムさん動かないな。


「このまま普通に戦ってもすぐに終わってしまうからな。最初の一撃はくれてやろう」


 めちゃくちゃなめられてるな。

 だったらありがたくって、いきたいところだけど……。

 アリンガムさんはどういう対応をしてくるかは分からないが、一発で試合を終わらせると周りの人達にあーだこーだ言ってくるような気もするからな。


 でも最初の一撃で手を抜いたら戦い合うことが確定しちゃって、痛い思いをするような展開になる可能性も出てくる。

 優秀な回復術師が控えているからある程度の傷は負っても大丈夫らしいけど、怪我とかしたくないし。


 それに初手をくれるぐらいには実力に自信があることを考えると、アリンガムさんに手も足も出ないままボコされる展開もぜんぜんあり得る。

 ……真面目にやんないとか。

 

「クイックバレット」


 俺が選んだ魔法は“クイック”という名を冠しているのにも関わらず、魔法の弾丸は一秒に三十センチほどしか進んでいないがそれで良い。


「それが貴様の魔法か。話にならないな。まあ、全力で防いでやろう、インプラグナブル」


「でたー!アリンガム家の代名詞でもある防御魔法インプラグナブル!この魔法で初代当主はドラゴンのブレスでさえ防いだというのは有名な話。そんな強固な防御魔法をセオドア選手のへなちょこ魔法で貫けるのでしょうか!!」


 なんかさっきからこの実況メチャクチャアリンガムさんよりじゃないか?いや、というかアリンガムさん寄りというか俺のことディスリすぎだろ。

 でも実況のおかげで、アリンガムさんが初手をゆずってきたのは防御魔法に絶対の自信があったからということが分かった。

 

「こんな魔法などただの防御壁を張るだけでも良いが、本物というものをみせてぇぇぇー!!」


「おおっと、家の防御魔法がへなちょこな魔法の弾丸に押されているように見えるが、これはいったいどういうことなんだ!?」


 また、へなちょこって言ってきたな……。

 確かに俺からしてもそうとしか見えない魔弾だけど、凄そうな防御魔法にいい感じに有効打を与えてるんだから言い方を変えてみるとかないのか。

 見栄えの悪い魔法を使う俺も悪い部分はあるのかもしれないけどさ。


 ちなみにこんな見た目の魔法で相手を圧倒できているのは実力差がありすぎてというわけではなく、威力にだけ特化させた魔法を使ったからだ。

 本来のクイックバレットは常人では見切れない弾を放つ魔法なんだけど、俺はそのスピードを威力にほとんどを変換させたから、見た目からは想像できない火力が出ている。

 もし相手に直撃でもしたら、治癒魔法では治せないほどの大きな穴が体に開くなんていう事態になりえるけど、体を鍛えたことないような人でも避けられるような速さなので、素直に避ければ別に問題ないはずだ。 


 あの、だから早く一撃は受けるとかいうこだわりは捨てて避けてもらいたいんだけど。


「ぬぅぅぅおう!!」


 アリンガムさんは額を汗びっしょりにしながら、クイックバレットを完全に相殺しきった。


「ようやくアリンガム選手はセオドア選手の魔法を受けきったようです!!」


「……まじ?」


 驚きすぎてつい声が出ちゃった。

 だって、避けなかったとしたら相手に致命傷を負わせちゃうかもとか思っていたのに……。

 というか今のでダメなら、相手にダメージを負わせられる手段なんてないけど。

 え……、どうしよう。


「アリンガム選手ここから反撃と行きたいところでしょうがどう攻勢にで--」


 どうやってあの防御魔法を突破しようかと焦っていたところで、アリンガムさんが石畳の上にばたりと倒れる。


「アリンガム選手いきなり倒れてしまいました!!もしかして、セオドア選手の魔弾を防ぎ切るので力を使い果たしてしまったか?」


 ……よかった。こっちに初手を譲ってくれて。

 こんな化け物じみた防御魔法を使える奴と正々堂々たたかって、勝てるビジョンが見えないから。


 そうしたら何もできずに負けた護衛といった感じのレッテルを貼られて、貴族たちからちょっかいを掛けられるネタにされるところだった。


 おい、格好つけて負けるなよとか、貴族が平民に負けるなんて恥知らずみたいな声が聞こえてくるから、アリンガムが可哀想な目に合う対象になっちゃいそうだな。

 喧嘩を吹っかけられたとはいえ、こっちがかなり有利な条件だったからこその結果だっただろうから、それで向こうが不利益を被るとなるとちょっと罪悪感が湧いてしまう。


「おおっと、審判がアリンガム選手の意識がないことを確認したみたいです。ということは、勝者は誰も予想しなかったであろうセオドア選手です!!」


 会場からは歓声や拍手はなく、むしろ罵声が飛び交っている。

 円満な形で終われるとは思ってなかったけど……、まあギリギリセーフな結末か。


「では勝者であるセオドア選手、この試合に勝ててどのような気持ちですか?」


 はぁ!?勝者インタビューとかあるの!?

 え、なんて言えばいいんだ?……そういうのがあるなら、事前に教えてくれよ!

 しかも、この完全にアウェーな状況で、っていうのも難易度高すぎだし!


「ええっと……、勝てて嬉しいという気持ちはあります。……しかし、今回は一発自由に攻撃できるとても大きなハンデを貰っていたので勝てたのだとも思っています。だから、これが自分の実力だと勘違いしないように心掛けたいです」


 調子に乗っているとか思われないように、しっかりと謙虚さを押し出す。

 うん、即興にしてはかなりいいコメントを言えたんじゃないか?


「セオドア選手、面白みのないコメントありがとうございました。では今回の対戦はこれで終了となります。実況者のミリンがお送りしました」


 ……この実況者、やけに俺に毒を吐くな。


 観客の空気的に俺をディスっといた方がいいという判断だとは思うんだけど……、もしかして俺のこと嫌いだったりするの?

 結構いい出来の感想だと我ながら思っていたというのもあって、普通にちょっとへこむわ。いや、面白味はなかったとはおもうけどさぁ。

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