第27話 学内のレストラン

 あの商人の娘以外のクラスメイトは、元Bランク冒険者の一人息子や、この都市で宿を経営している次男、有名な画家の長女など、裕福な生活をしている人が多い印象を受けた。


 そういうことを考えると、自己紹介を聞いていたときの印象も含めてプライドが無駄に高そうなのが多そうな気がする。

 自分がもともと人付き合いを出来るような人間じゃないというのもあるんだろうけど、そういうのを関係なしに関わり合いになりやすい人は少ない気がする。


 クラスメイトの評価をしながら歩いていると学内にもかかわらず高級感あふれる店が目に映る。

 ため息をつき、さっきまでの速度二分の一で歩きながら明らかに俺には場違いな店に入る。


「セオドアさん、ここですよ」


 店に入ると、フィリス様に手招きされた。

 雰囲気のよさそうというか品のある店だけあって周りにいる食事を取っている人たちの容姿は整っているし、高そうな赤い宝石が付いている指輪や緑色の宝石がはめ込まれているペンダントを身に着けていた。

 十五ぐらいの子供が身に着けているにしてはあまりにも高級すぎるから、少し背伸びしている感がある。


 あー、場違いすぎて、もうここから出たくなってきた……。フィリス様のことを無視するわけにはいかないから、帰りはしないけど。


「はい。行きます」


 フィリス様は同じクラスではなかったので、実は会うのは一日ぶりだったりする。

 最初に同じクラスじゃないと聞いたときは、護衛の俺が同じクラスにいなくてもいいのかよ、と思ったけど別にいいらしい。

 なんでとは思ったが、理由を聞いたことでフィリス様みたいな貴族がわんさかといる息が詰まりそうなクラスに入らなくていいのならと思い聞いていない。

 俺だけじゃなくて、クローディアさんもフィリス様と別クラスだったのは意外だったけど。


「改めてですが、アリの魔物たちの時はありがとうございました」


「いえ、むしろ自分の方が助けられましたし」


 フィリス様がいなかったら俺は生きてここにいなかっただろうからな。

 フィリス様と関わらなければ、あんな危険な場所に行くこともなかったと言われればそれまでではあるけど。

 少なくとも、フィリス様を助けたというよりも助けられたという言い方があの時のことを考えると正しい表現だろう。

 ……ちょっとフィリス様が原因みたいな言い方になってしまっているが、ちゃんと心の底から感謝をしている。


「あらためてなんですけれども、あの時どうして戻ってきたのか聞いてもいいですか?」


 あの時というのは、一回村から逃げ出して後にフィリス様を助けるために戻った時のことだろう。


「もう言ったような気が――」


 フィリス様が銀色の瞳をまっすぐと向けてきて、はぐらかすつもりの発言が止まる。

 ただ、馬鹿正直に少なくとも周りに人がいる状態で逃げた時の心情や自分の過去を口にする気にもなれなくて、黙ってしまう。

 沈黙の時間がながれるなか、お店の人がホワイトソースのようなものが掛かっているパスタとかなり肉厚なステーキが目の前のテーブルの上に置いた。


「……結構な量ですね」


 男が頼んだのだとしたら納得できるんだけど、フィリスさんみたいな見た目の人が食べるとなるとちょっと多いように見える。

 いや、ミーゼルで買い食いしていた時の食べぶりを考えると意外とおかしくないのか?


「これは私一人ではないので、セオドアさんはそのステーキを食べて良いですよ」


「いいんですか?」


 フィリス様が目の前にある食べ物の話題に移ってくれたことで、さっきの話題が流れてよかったと安堵しながら、めちゃくちゃいい匂いのするステーキへと目を向ける。


「ええ、そのために頼みましたから。……もしかして、好みではなかったですか?」


「いえ、そういうわけではないです。ありがたく貰います」


 ステーキの入った皿を持ち上げてこっちによせ、用意されているナイフで一口サイズに切り分けて、フォークで肉を刺して口に入れる。


 うま!?

 冗談抜きで今まで食べてきたものの中で一番うまいわ。

 肉厚なのに肉は一瞬で口の中で溶ける。マジでいい奴だ、これ。


 肉自体がいいのもそうなんだけど、何よりもタレの味付けがいい。

 いやこれ、肉だけで食うのは贅沢すぎる。……いや、むしろ他のものと一緒にする方が勿体ないのか?

 かなりいい値段しそうだけど、フィリスさんみたいな貴族にとってはたいした事ないだろうから、そういうのは気にせず食えるのはありがたい。


 食べるのに夢中になっていると、視線が自分に向いているのを感じた。

 なんだろうと思って目を向けると、フィリス様がニコニコしながらこっちを見ていた。

 俺はちょっと恥ずかしくなって、食べる速度をゆっくりにし、肉を綺麗な長方形に切り分けるように意識する。


 ……というか、


「美味しいです。ありがとうございます」


 おごってもらったのに感想とかを言ってなくないか、と思って感想を口にした。

 自分でももうちょっとなんかないのかと思ってしまう感想ではあるが。

 

「それはよかったです。他に何か頼みますか?」

 

「ええっと……」


 いいものを食べさせてもらったわけだし遠慮した方がいいのかなという思いと、量的にはちょっと物足りないという思いがありながらメニュー表に目を通す。

 これ美味しそうだなんて思ってメニュー表を眺めていると、周囲から視線を感じて辺りを見回す。すると、周りの客がチラチラこっちに視線を向けていることに気づいた。


 ……もしかして、なんか目立ってる?


「おいお前、何者だ?」


「……えーと、オズボーン家の護衛です」


 左隣に座っていた、いかにも貴族って感じの人が席を立ち、かなり高圧的な態度でこっちに声を掛けてきた。

 これによって、ここに入った時におしゃれな店の雰囲気とか客層もかなり身なりがいいから場違いだと感じていたことが俺だけの感想ではなかったことを確信する。


 まあ、フィリスさんが周りのいる人たちよりも数段美人だから目立っていて、そこにオーラが一切ない俺が同席しているというのも関係していそうだけど。

 

「護衛風情がフィリス嬢と一緒に食事を取るなんて、格の違いを知れ!」


「すみません」


 めちゃくちゃ言ってくるな。……いやでも、身分の差があるこの世の中においてはそこまでおかしな意見ではないのか?

 いやでも、俺は誘われただけだし、なんなら気後れして店から出ちゃおうかと思っていたぐらいだから許してほしい。


「待ってくださいブランドンさん。セオドアさんを食事に誘ったのは私なんです。セオドアさんのクラスについてお聞きしたくて」

 

「フィリス嬢、そのような平民風情には食事を一緒に取るなんてことをしては、品格を落とすだけですよ。皆さんもそう思うでしょう?」


 ブランドンとかいう名前の人の口調はフィリス様を諭すようなものだった。

 そして周りに同意を求めた言葉にそうだそうだと声をあげる者はいなかったが、うんうんと頷いている人や俺にごみでも見るような目を向けてくるような人しかいなくて、おおむね反対の意見である人はいないみたいだ。


 ……これ、さっさと逃げたほうがよさそう。


「あー、ちょっとクラスメイトとの用事を思い出したので……」

 

 実際にはそんな約束なんてないが、ぱぱっとこの場から離れるために席を立つ。

 当然だというような表情をするブランドンとかいう人とどこか申し訳なさそうにするフィリス様に見送られながら、足早に店を出た。


 それにしても周りの俺に対する目が冷たかったな。

 ……予想はしていたけど、それ以上に貴族って関わり合いになるのは思った以上に面倒くさそうだ。

 平民である俺に対してしっかりとお礼を言うフィリス様が、けっこう特殊な部類なんだと考えた方が良さそうな気がする。


 ただ、フィリス様の護衛をしている時点で関わり合いにならない選択肢はなさそうなのが……。

 はあ、どうすりゃいいんだ。

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