第21話 戻ってきた理由1

 急いで村まで戻ってくると大量の魔物の死体が辺り一面に広がっており、いつもよりも動きにキレがないフィリス様がでかくてごついアリの魔物と死闘を繰り広げていた。

 俺は援護しようと魔力の刃を放ったら、でかいアリはフィリス様にくぎ付だったことで避けられることもなく首を飛ばすことに成功した。

 

 ちょっと見回してみているけど……、やっぱり生き残っている魔物はいなさそうだな。

 でかいアリも遠目で見てもボロボロだと分かるような状態だったフィリス様が相手の攻撃を避けた勢いを利用してとどめを刺すところだったぽいし、俺いらなかったのかな……。

 俺の覚悟は何だったんだろう……。マジでハロルドさんについて行くだけでよかったじゃん。


 もうすべて終わっていそうなことが分かって、無駄に覚悟を決めてビビりながらもここに来た事実でちょっと恥ずかしくなった。


「あー、えっと、大丈夫で……」


 フィリス様は持っていた剣を地面に落とし、いつもぴんと張っている背中が猫背して左腕はプラプラさせながら右腕は膝につけてこっちを見上げる形でじっと見つめてきた。

 顔色は悪く、立っているだけでも精一杯といった様子だ。


「これ飲んでください」


 確認を取るまでもなく不味そうな状態だと分かり、ポーチから回復薬を取り出しフィリス様に差し出した。

 

「……ありがとうございます」


 フィリス様は俺が差し出している回復薬そっちのけでこっちのことを数秒見つめていた後、お礼を言って右腕で瓶を受け取り緑色の液体を飲み干す。


「どうして戻ってきたんですか」


 よくあんなクソ苦いものを眉もひそめずに飲めるなと見ていたら、フィリス様は少しマシになった顔色で質問してきた。ここに向かっている道中で、聞かれるだろうなと思っていた質問を。

 聞かれると思っていたので質問の答えは用意していたのだが、返答の内容が内容だけに少しばかりの勇気を出して言葉にする。


「まあ、護衛対象を見捨てて逃げるのはやっぱダメなのかなって。……それにここで逃げきれたとしても、結局クローディアさんにばれたら殺されそうな気がしましたから。だったらここで頑張ったほうが良さそうだなと思いまして」


 護衛対象であり自分よりも年下の少女を見捨てるなんてことは許されないと思ったから、なんていうことを言って謝ることもできたけど、嘘ではないが上っ面な感じがするし向こうが責めにくくしているような気がして卑怯だと思ったから自分勝手な理由を口にした。

 ふざけたことを言うな、と怒鳴られる恐怖がありながら。


 別にここで謝る人が卑怯とか言うことじゃない。ただ、そういう風に考えてしまう自分が謝罪するのは体面を保つためのものでしかないような気がして、自分の都合を口にした方がいいと思ったのだ。


「ふふふ、あはははは!!」


 フィリス様はきょとんとした表情を見せる。そして少ししたら、いつものような気品を感じる笑みじゃなくて、本当におかしそうにお腹を抱えた。


 ……こんな笑い方するんだな、この人。


「なんなんですか、その理由は!私、結構重症なんですから無駄に体力を使わせないでください」


 フィリス様は目元を指でこする。

 ボロボロなのにもかかわらず大笑いをする姿から、フィリス様のうちにある一つの素顔を見れたような気がした。


「すみません」


 笑わせるつもりはなかったんだけどなと思いつつ、いつもの癖で謝罪する。


「ふふ、今謝るんですかあなたは……。別にいいですよ、久々に心の底から笑わせてもらいましたから。助けに来てくれてありがとうございます」


「……いえ。すみません」


 責められるわけでもなく笑われてしまうだけでなくお礼を言われてしまい、なんて返答すればいいのか分からなかったので、とりあえず謝罪を口にした。


「だから、謝らなくてもいいですよ。セオドアさんがここに来てくれたこと、とても嬉しかったですから」


「……それは良かったです」


 謝罪を言うのを封じられ、いつものように作ったようには見えない笑顔を向けてくるから、少し照れくさくなる。


「一つ質問したいのですが、この魔物が赤い血を流しているのはどういうことだと思いますか?」


 フィリス様から感じられた楽しそうな雰囲気がきりっとしたものに変わる。


 この魔物というのは、血の上に倒れ伏しているでかいアリを指しているのだろう。

 確かに他のやつは透明に近い体液みたいのしか出てこなかったことを考えると、血を出すというのは一つの特徴といえるだろう。


「変異種だから?……人を食べた、ということなんですかね?」


「……可能性は大いにありますね。人ではなく動物や魔物を捕食したとも考えられますが」


 動物とかもあるだろうけど、人を食べているというのは間違った予想ではないと思う。

 だって、ここのいた村人たちはどこかにいなくなって、アリの魔物はここら一帯を住みかとしているとしか考えられない数がいるから。

 ミーゼルでも地面は血で汚れていたが、死体は見つからなかったし。

 数を増やすとなると栄養源が必要わけで、たぶん養分として人間も含まれているんだろう。 


「確かに。そういうのもありそうですね。……あの、自分もう結構疲れていて。だからそろそろ、ギルドに戻りませんか」


 わざわざここの住人がどうなったのかという言及をしていったらフィリス様が気分を悪くする可能性があるかもしれないと思い、ギルドに戻るという話題に変えようとする。

 あと、調査を続けるという話にならないように、疲れているアピールも添えて。

 フィリス様も限界だろうから、帰ろうとはするとは思うのだが……。無理をする癖があるように見えるから、念のために。


「……私もそう言いたいところだったのですが、まだやることがあるみたいです」


 え、まだ帰らないのかと若干呆れかけていたところに、念のために張っておいた防御壁に矢が当たる。

 衝撃があった村の方に視線を向けたら、片腕のない羽アリと十匹ぐらいで編成された弓をもったアリが立っていた。 


 ………そういうことね。


「セオドアさん、牽制をお願いします」


「分かりました。クイックバレット」


 俺はまだ続きがあるのかとため息をつきたくなったが、あれぐらいならすぐに片が付きそうだと、弓兵部隊に複数の魔弾を打ち込む。

 ただ俺の楽観的な考えは突如現れた魔法の障壁によって魔弾を打ち消されたことで、おじゃんになったことを悟った。

 

「セオドアさん、上から来ます」


 ぱっと上を向くと、羽の生えたアリが炎の玉を二発放ってくる。

 俺は防御壁を強固にし、フィリス様は後ろに下がることで避けていた。


 ……威力はたいしたことないな。

 魔法を使ってきたってことは、クイックバレットを防いだのはあの羽アリか。

 まあでも、炎の魔法はそうでもないし矢もたいしたことない。


 そんな風に思っていたらフィリス様が俺の前に出てきて、いきなり現れた黒い何かとつばぜり合っていた。


「あの時の人型のやつ!?倒せてなかったのか!」


「……みたいです。セオドアさんは向こうをお願いします」


 確かに俺じゃどうしようなさそうな相手だけど、回復薬を飲んだとはいえ今のフィリス様に任せるのか?


 そう思ってどうにか介入できないかと見ていたが、どうにも二人の動きが速すぎる。

 

 ……無理だな。あっちにいる羽アリたちの対処をするぐらいしかできそうにない。


「分かりました。イグニッションバレット」


 一番貫通力のある魔法を選択したが、弓矢部隊の前でき消えてしまう。

 

 クソ、めんどうだな。早く向こうの加勢に行きたいのに。

 

「イグニッションバレット、イグニッションバレット、イグニッションバレット」


 連続で火力高めの魔弾を放ってみたが、すべて打ち消される。


 ……向こうの攻撃はたいしたことないけど、守りはしっかりしているな。

 このままだと盤面が動くことになるのは、フィリス様と人型アリの決着ってことなりそうだ。だけど、消耗しているフィリス様に勝敗を預けるのは……。

 どうしようか。


 そんな風に迷っていたら、矢と炎の玉は俺ではなくフィリス様の方に向かっていくのが見えた。

 放置しても人型のアリにも被害があるかもしれないと考えたが、フィリス様にこれ以上負担を掛けるわけにはいかないと判断し、魔法の障壁を展開する。


 こっちがいろいろと考えていたせいで攻撃が単調になっていたから、向こうに余裕が出来てしまったか。

 こうやって守れば被害はでないけど、フィリス様に余計に気を取られるような要素を増やすのは良くないし、時間を掛けていたら対処しづらい方法を取ってくる可能性もあるかもしれない……。

 矢が断続的にフィリス様たちの方に飛んでくるようになったせいで守りをおろそかにできなくなっちゃったな。……せめて、弓矢部隊さえどうにかなれば楽なんだけど。


 向こうにいるアリたちの攻撃手段は矢と魔法。

 俺が攻撃した後に向こうは魔法障壁を張るだけで炎の魔法は使ってこないみたいだし、同時には発動できないと考えてもよさそうだな。

 ……それによくよく考えれば、向こうが障壁を張っていたら矢が防がれちゃうはずだからこっちには打てないよな。

 だったら、攻撃する余裕もなくなるくらい魔法を打ち込むのが正解じゃないか?つまりは我慢比べをしなきゃいけないってことか……。結構疲れてきているから、そういうのは勘弁してほしいんだけど。


「先にやってみるか。クイックバレット」


 向こうが矢を放ってくるタイミング――つまりは羽が生えたアリが魔法障壁を解くと考えられるタイミングに、スピードを重視した魔法をぶち込んでみた。

 自身には魔法障壁を常に張っているのかすぐさま張りなおしたのか判断付かないが羽アリは無傷ではあった。しかし、弓部隊のアリ達で立っているものはいない。


 上手くいったみたいだな。

 これで圧を掛けるのは羽アリだけでよくなったか。

 

 ならば、とフィリス様たちの戦いに目を向けるが、どうにも動きが速すぎる。


 人型アリの方はどういう状態なのかは知らないけど、フィリス様はこれで本当に本調子じゃないのか……。

 フィリス様が常識はずれなんていう分かりきったことを気にしている場合じゃないな。

 うーん……。羽アリの方には牽制しつつ、あの高速戦闘に魔法をぶち込める瞬間を探すぐらいしか方法はないよな。

 

 羽アリのことを様子見しながら、フィリス様と人型アリの動きに集中する。

 そうすると攻撃が重なり合うときだけはほんの少し見えるようになる。そして次は、金属がぶつかり合う音で動きが少し正確につかめるようになっていく。


 動いている銀色はフィリス様で、黒いのが人型のアリだよな。……だとしたら行けるか?

 今のは左がフィリス様で右が人型アリ。これも左がフィリス様で右が人型アリ。右が銀、左が黒。右が黒、左が銀。右が黒、左が銀。


 ここだ!


「クイックバレット」


 打ち込んだ魔法の弾丸はちょうど黒に飛んでいったように見えたが、魔法と黒が重なり合う瞬間、黒が少し避けるような行動を取ったように見えた。


 集中しすぎて疲れがどっと押しよせるぐらいの一撃だったんだけど。……ダメか。


「隙ありです」


 フィリス様が立ち止まった瞬間、人型アリは赤い液体を噴き出させながら真っ二つになっていた。

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