第20話 フィリスの奮闘

「行ってくれましたか」


 ここに残ると言い張られて状況が悪くならなかったことは良かったのですが、素直に従われてしまうと少し寂しくもありますね。

 あんな一目散に逃げなくたって。一人ぐらい残ってくれてもいいじゃないですか。


「ふふふ、これは少し乙女チックな感傷ですね」


 右腕をさすっていた左手を離し、これからどうやってこの状況を切り抜けるかを考えてようとするが、


「考える暇なんてくれませんよね」


 空に飛んでいる羽アリが刃の部分に土がこびりついているクワを構えながらこっちに突撃してきた。

 私は向こうが何かしてくる前にクワごと腕を切り飛ばしたが、さらに追撃を加えようとすると空に飛んで逃げられてしまう。


 魔法があまり得意ではないので、空を飛ばれる前にここで仕留めたかったのですが……。

 

 空に飛んでいるアリだけに少し気を取られている中、五匹の一般アリが農具を持って私を囲うようにして襲い掛かって来る。

 私は飛び上がり襲って来た五匹の魔物が同士討ちをしている確認して、念のために逃げ去った空を飛ぶアリを警戒しながら金棒を手にしている大きいアリがいる方へと降りた。

 そのまま大きいアリに斬りかかろうとするが――、


「っ……!?」


 血の匂い!?

 一瞬、彼女が目の前で切られた映像が映り、正気に戻った時には大きいアリがかなり重量のありそうな金棒を振り下ろしている姿が視界に入る。


 ドシーン!!


 途切れていた魔力を剣に纏わせ、柄を少し斜めに傾けることで受け流しながら後ろに吹き飛ぶ。


「はあ、はあ」


 私はいつものように目を閉じる。

 自らの上がる息、バクバクと鳴る心臓が鮮明に感じ取り、額の汗とアリの体液を左腕で拭い、腰に差している最後の回復薬を取り口につけながらまだ戦えると鼓舞した。


 ……危なかったです。この村にはいる時点できっとひどいことになっていると覚悟を決めていなかったのなら、確実に今の攻撃は避けきれませんでした。


 ひと息つく暇もなく、血の匂いを纏わせていた大きいアリと一般アリが襲い掛かってくる。

 

「血の匂いは厄介ですが、もう分かっていますし、体全身に浴びている生臭い体液のおかげで臭いは気にならないはずです」

 

 そう言い聞かせながら空になった瓶を投げ捨て、大きいアリが振り下ろしてきた金棒をくぐり抜け、後ろの方にいる一般アリ三匹斬りつけた。

 だが倒し損ねたアリが一匹おり、噛みつこうとしてきたので体を後ろにひねりながら避ける。


「少し力を抜きすぎていましたか」


 後ろからの気配を感じ振り向くと、大きいアリが鉄の棒を横なぎに振ってきたので上空へと跳ぶ。

 大きいアリは仲間であるはずのアリを巻き込み、巻き込まれたアリは吹き飛ばされて動かなくなっていた。


 そういえば、先ほどから近くの地面から出てくるアリがいなくなりましたね。

 地面から襲われるのは向こうも完全に地中から出てこないと何もできないのでむしろ対処は楽でしたが、こういう紙一重なのかで奇襲を受けるのはかなりきついものがあるのでありがたいです。

 ……だとしたら、利用できそうですね。

 

 私はアリが多めに集まっているところに着地した。

 アリからの攻撃を最小限の動きで避け続ける。大きいアリは私に追いつくと金棒を頭上に持ち上げながらこっちに向かってくる。

 私はアリ達の前に立ち、大きいアリによって振り降ろされる金棒をかわした。 

 躱した先にいたアリは金棒によってぺちゃんこになる。


「これなら無駄な体力を使わなくて済みそうです」


 私は大きいアリによる攻撃をアリ達に当てさせることを繰り返しながら、アリの数を減らしていく。

 しばらくすると、辺りは潰れたアリの死体でいっぱいになり、大きいアリ以外には立ち上がっているものは見当たらない。


 とりあえず、おおかた普通の魔物は片付いたということでいいんですかね?

 村の方にも気配が感じるのでまだ活用することも手ですが、どこかに消えていった空を飛ぶアリや他の変異種と共闘される方が不味そうです。


「となると、そろそろ決着をつけましょうか」


 目の前にいる大きいアリに私は語り掛けた。

 こちらの言っている意味は分かっていないはずだが、応えるように虫独特の鳴き声を上げて大きいアリはこっちに向かって走ってくる。

 私は向こうの振り下ろしてくる金棒に合わせて斬撃を浴びせると、途中までは少しの抵抗感しかなかったところに何か固いものにぶつかる。

 嫌な予感がしてお腹に左腕を持っていき、体が浮き上がった。


「けほっ、けほっ」


 痛みと呼吸困難で力が入らずうずくまった。

 しかし苦しいと言っている場合ではないと顔を上げると、地面には鉄の塊が落ちていて、円形状の断面になっている金棒を持ったどこにも損傷が見られない大きいアリがのそのそとこっちに近寄ってくるのが見える。 


 なるほど、このアリさんは自分よりももろいものを武器としていたわけですか。

 自分の攻撃で仲間を殺していたことを考えると頭が弱そうですし、ありえない話ではないですね。

 ……こんなどうでもいい分析をする前にまずは立ち上がらないと、ですよね。


 両手を地につけ膝を立てて腰を上げようとするが、左手に力が入らず倒れてしまう。

 ならばと、右腕に重心を掛け、足に力を入れて体を起こす。


 左腕に力が入らないです。……これでは使い物にならないですね。

 先ほど回復薬も使い切ってしまっていましたし、この感じだともう一度倒れこんだら起き上がれないと考えた方が良さそうです。


 弱っている体に無理やり動かすために魔力を全身に行き渡らせ、火力を補強のため剣に魔力を纏わし一歩踏み込む。

 一撃で終わらせるつもりで剣を振り降ろし、抵抗を感じながらも手ごたえはあった。

 が、近くから風の切り裂くような音が聞こえてきて、体を後ろに逸らす。

 黒い腕が横切ることを目視しながらお腹あたりまで切り込んでいた剣を体に残っているすべてを使って引き抜き、体を回転させて再度追撃を入れようとしたら、大きいアリの首が宙に浮いていた。


 ……どうして?


 この疑問は大きいアリの首がいきなり飛んだことによるものではなく、私の目にセオドアさんが映っていたためだ。

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