第19話 覚悟の決まり方
「はあ、はあ」
ここまでくれば……。追ってきてはいなさそうだな。
俺は背後にアリの魔物がいないことを確認したことで、少しの余裕を取り戻す。
同時に、フィリス様は大丈夫なのだろうかとも脳裏によぎった。そして、あの状況で取り残されて大丈夫なはずがないと思いながらも、無事であってほしいと願う。
だって、護衛である自分が逃げ出して、フィリス様がもし死んでしまっていたらかなり重い罪に問われてしまうことは間違いないからだ。
もし死んでいなかったとしても護衛としての責務を放棄してしまった自分は、なんだかんだ慣れてきた生活を続けることはできないだろう。
……クローディアさんと会っちゃったらどうしようか。きっと怒られるなんてものじゃ、すまないよな。
……もう何もかにも投げ捨てて、またあの時みたいに誰も俺のことを知らない国へ逃げたくなってきた。
「俺は本当に屑だな」
ぽつりと口から漏れ出る。
だって、ここまで思い浮かんだことはフィリス様や周りの心配ではなく、自身の保身についてだからだ。
それに、ここで自分が最低な人間だと開き直ることで、逃げだしてもおかしくない理由づけをするための発言なのがしょうもない。
「何か言ったか?」
「いえ、なにも」
俺の少し前を走っているハロルドさんはこっちを向く。
そういえば、村から逃げ出して以来初めてハロルドさんのことをしっかり見たけど……、何の感情も読み取れない、無の表情をしているな。
でも多分、ハロルドさんは俺と同じ自分さえよければいいタイプだろうから、今はどう乗り切るのかとか、今後の身の振り方とかそんなことを考えていそう。
恐らくだけど、なにも読み取れないような表情をしているのは、弱みを見せたくないからだろうな。
「とりあえず、フィリス様が間に合うように急いで応援要請を願いに行くべきだよな」
ハロルドさんは少し走る速度を落とし俺に並び、こっちを向きながら同意を求めてきた。
……間に合うようにか。そんなつもりは一切ないくせに。
だって、ミーゼルまで戻って状況説明をして冒険者ギルドに応援要請を頼む。そんな時間を掛けていたら、フィリス様とアリの魔物との戦いに決着はついているはず。
ということは、ここでフィリス様を助けに行かなければ絶対に間に合わないなんてこと、ハロルドさんも分かっているはずだ。
だからこそ、後から責められないように、自分と同じ共犯者を得て安堵するために、俺から同意の言葉を出させるような聞き方をしてきたのだろう。
ハロルドさんがそんな風に考えていると思った理由は、俺も逃げたいし共犯者が欲しいからだ。
「そうですね」
ハロルドさんが俺の求めていた共犯関係を提案してきたのにもかかわらず、どこか冷めた感情を抱きながら同意していた。
ハロルドさんの姿から自分のことを客観視できてしまったことによって、ここで同意するのはダサすぎるなって思ってしまったから。でも、逃げるということが一番だと理解してしまっているから、肯定する言葉を口にしないわけにもいかなくて。
……今から戻れば、まだ間に合うはずだよな。
「ハロルドさん、先に行ってください」
自然と出た言葉だった。足も止めていた。
「……どういうつもりだ」
ハロルドさんも立ち止まり、こっちを向いた。
そして、無表情で睨みつけてくる。
「村の方に戻ろうかと」
「お前何を言っているのか分かっているのか!フィリス様は逃げて状況を伝えろと言われたんだぞ!」
大人による本気の怒鳴り声が体の芯まで響く。びっくりして少し怖かったが、少しだけだった。
「はい。でもその役割は一人いればいいわけで。だったら、足止め要因は多い方がいいはずです」
ハロルドさんは何かを言おうとしているように見えたが、苦虫を噛み潰したような表情をして言葉は発しなかった。
そしてミーゼルの方へと振り向く。
「俺は行くぞ」
「お願いします」
ハロルドさんは最初の一歩を踏み出すのは遅かったが、一歩を踏み出すと振り返ることもなく去っていった。
じゃあフィリス様のところに向かうかと考えた瞬間、アリの魔物たちと戦って死ぬことを想像してしまい、恐怖という感情が襲ってくる。
「……あーあ、かっこつけすぎたかな。……ただかっこつけるために、これからあの大量にいる魔物がいるところに向かうとか、よくよく考えたらあほすぎる選択をしちゃったよ」
なんとなく出た独り言だったけど、湧いて出てくる恐怖を自分が馬鹿なことをしているというものに変えるのはちょうどよいものに感じた。
「でも、やっぱりフィリス様の言うことに従うことにしました。なんて言ってハロルドさんについて行くってのは流石にね。そういうことが出来ないように、自分がわざと逃げられない状況を作ったわけだし」
フィリス様は本当に同じ人間なのかと思うくらい容姿が整っているし、トラウマ克服のためか精神統一とか魔物刈りとかをやっていたり、今回の視察とかも自分からやると名乗り出たらしい。
ちょっと腹黒そうなところもありはするけれど、それを愛嬌と済ませられるぐらいには本当にすごい人だと思う。
そんな年下の少女を見捨てるなんて、という気持ちもなくはないが、他人のために命を懸けるような度胸のない俺がそれだけの理由では立ち止まろうとしなかっただろう。
ただ俺はあの時に逃げた後、自分の両親や俺のことを慕ってくれていた妹分を見捨ててしまったんだという後悔と罪悪感、村の中ではまあまあ優秀で調子を乗っていたくせにいざというときに人間と命を懸けて戦うことに怖くなってしまったことへの羞恥心、そして俺は他人のために動けないどうしようもないろくでなしだからしょうがないよな、と慰めていたことを思い出してしまったから。
またあんな思いはしたくないし、ここで助けに行くことで前に逃げたことの清算としたいのかもしれない。この行為が見捨てた人達にとっての償いになっていないことは分かっていながらも。
こんなことにならないために誰ともかかわらない生き方をしていたはずなのに。
……それに護衛が貴族のお嬢様を見捨てでもしたら何かしらの極刑、指名手配されてまともな生活が出来なくなるだろうから、助けに行くほうがお得だし。
「ははは。こんなかっこつけたことをしようする理由が見捨てたくないというようなヒーローチックなものじゃなくて、後悔したくないとか助けないと損をするみたいな自分勝手な理屈なんてな。ほんと自分、自分、自分っていう感じ。……いやホントに、窮地に陥っている女の子を助けるなんていう物語の主人公みたいなことをする奴が俺なのって、絶対キャスティングをミスってるって」
自虐と愚痴を口にしながら行動するために邪魔な要素である恐怖をどっかに押しやり考えないようにして、何匹いるのかどんな変異体がいるのかも分からないあの村へと歩みを進めていく。
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