第18話 アリの巣
依頼人の少女――ニ―スさんによって示された村へ、フィリス様、俺、ハロルドさんの三人で向かっているが何事もなく順調に進めている。
なんで少女の名前を知っているのかについては、フィリス様が村の住人に出会った際、誰から頼まれたのかを伝えられた方が安心できるのではないかと言って聞き出していたためだ。
クローディアさんは俺たちと一緒について行こうとしたのだが、フィリス様にあの虫の魔物と戦った時に何もできなかったことで戦力外通告されたため、今はいない。
フィリス様について行く俺たちをちらりと見た後、戦力外通告されてもついて行くとごねていたんだけど、あの魔物と戦うことになったとき足手まといにならないのかと聞かれ、しぶしぶ――本当に渋々といった感じで了承していた。
俺とか街に出る前に、何かあったら命に代えてもフィリス様のことを守りなさいよと何度もしつこく言われまくった。
そんなに心配で俺たちのことを信用できないなら、フィリス様を止めてくれればよかったのに。
「フィリスお嬢様。なんであの少女からの依頼を受けたんですか?」
ハロルドさんの質問は、自分の中で納得のいく答えが出てなかったからいつもよりも少しフィリス様の言動に耳を傾かせる。
「もともと、ニースさんの依頼してきた村には向かおうと思っていたからです」
「ん?村のことを知っていたんですか?」
「いえ、全く知りませんよ。ただ、帰り道の道中で出会った男性が向かっていた道とニースさんの示した村の方角が同じでしたから」
そういえば……。
確かにあの時の慌ててた男の人と同じ方角の道だな。
「どうしてそれで村を向かう理由に?」
「あの男性に話を伺うためです。ギルドの受付の方は魔物の出現場所は分からないと話していましたが、あの時の男性は街の中から現れたと言っていました。ということは、魔物について私たちが知りえてない情報を持っている可能性があると考えています」
なるほど。
ギルド職員の話を聞いていた時、俺も街中から現れたという説明がなかったなとは思ったけど。
「その可能性はあるかもしれないですけど、その男が嘘をついていたのかも。騙すために嘘をついたわけじゃなく、街中から魔物が現れていると思い込んでいるなんて普通にありそうですし。あの時の慌てようだと、正常に物事を判断できるような状態だったとは思えませんけどね」
「そうかもしれません。しかし、もし男性から話を聞いて有益な情報が得られなくとも、受付の方から聞いている状況からして私たちが必要なわけでもなさそうでしたから。何か解決の糸口となる情報が手に入る見込みがあるのならば、ニースさんの依頼を受けるべきだと判断しました」
納得いく理由ではあるな。
……ただそもそもの話、あの時の男性が口をきけるような状態なのかっていう疑問もあるけどね。
「おい、隠れるぞ」
ハロルドさんは小声でつぶやき、木に隠れる形で俺の口を抑えて腕を引っ張ってきた。
引っ張られた腕が痛いのもあってなにするんだとハロルドさんの方を振り向いたら、いいからちょっとだけ顔を出して見てみろ、と耳元でささやかれる。
「あれ、街中にいたやつですよね」
「ああ。間違いない」
言われた通りに片目だけを出すと、集落のようなところの前で門番のように立ちふさがっている二匹のアリ型魔物がいた。
見てみろと言われた瞬間になんとなく状況は読めてはいたけど、考えていた状況として最悪なパターンになっていそうだなとため息をつきたくなる。
「セオドアさん、ここからあの魔物を仕留められませんか?」
いつの間にか後ろに立っていたフィリス様から声を掛けられた。
ちらりと横眼で見ると、ハロルドさんから面倒だという感情が見てとれる顔をしていた。
……あれを倒すってことは、やっぱり中に入るってことだよな。魔物がいる時点で、あの男性から話を聞くっていう目的は果たせるとは思えないんだけど。
そんなことフィリス様も分かっているはずなんだけどな……。
「多分、やれると思います」
あそこにいる二匹以外にも敵がいる場合だと騒がれるのは厄介なので、音が立たない風の刃を生成する魔法を放つ。
放った魔法は二匹いる魔物の頭と胴体を切り離すことに成功した。
よし。音も立ってないし後ろの建物も傷つけないような距離調節もできてるな。
「仕留められたようですね。行きましょうか」
予想はしてはいたけど、やっぱり行くのか……。一回引き返した方がいいと思うんだけどなぁ。
だって、中に魔物がいるでしょ、それも絶対。
あと、見張りっぽいのを立てている辺りゴブリンとかコボルト程度の知性がありそうで厄介そうだし。
……中に何匹いるんだろう。今クローディアさんがいたら、フィリス様のことを止めてくれたんだろうな……。はぁ。
俺はこの時初めてクローディアさんがいてくれればと思いながら、フィリス様について行く。
「ん?何もいなさそう」
てっきり、敵がうじゃうじゃと現れると思っていたから拍子抜けだな。
……でもここって人が生活している場所なわけだから、何もいないっておかしくない?
というか、あの人間が二、三人通れそうな穴はなんなんだ?
「来ます!!」
フィリス様の声と共に、穴が開いてある地面からうじゃうじゃとアリの魔物が顔を出す。
気色わる!
「私が前に出るので、セオドアさんとハロルドさんは後ろから援護してください」
特に動揺した様子も見せずにフィリス様は腰にさしてある鞘から剣を抜くと、ぞろぞろと湧き出てくる魔物の方へと向かっていく。
俺は指示された通りに虫に効果がありそうな火の魔法を唱え、ハロルドさんは背負っていたボウガンを構える。
わんさかと魔物は湧いてくるが、フィリス様が一撃で仕留め、俺とハロルドさんによる援護により魔物による攻勢の対応はできていた。
ハロルドさん、フィリス様を狙っている魔物を的確に攻撃しているな。上手い。
俺なんか、フィリス様に当たらないようにするだけで精一杯なんだけど。
……これが経験値の差ってやつなのか。
そんな観察ができるぐらいには余裕が出てきているところで、後ろから変な音がしたと思ったらハロルドさんがボウガンを俺に向けてきた。
「えっ」
呆けた声を出しながら後ろを向くと、地面に埋まりながら額に矢が刺さっているアリの死骸があった。
そして辺りから、というよりも地面から音が聞こえてきて、アリが地面から這い出てくる。
こいつら、地中も潜れるのか!?
いや、それともこの下に通路が?
「フィリスお嬢様。こいつらは地面の下でも自由に動けるみたいですよ」
「こちらの援護はいらないので、各自周囲に気を配ってください」
「了解」
余計な考察は後にして、地面から出てくるアリの頭を片っ端から火の魔法で焼き払う。
対処していくうちに地面から出てくるのに時間が掛かるから意外と何とかなるなと思っていたら、妙にほっそりしている――いや、細いと表現するよりも人の形をしているという言い方が合っているのだろう。そんな魔物がいた。
そしてその魔物と目が合った瞬間、俺の勘が警鐘を鳴らしたので防御壁をハロルドさんまで覆うようにして張る。
「っ!!」
はや!?
人型のアリはこっちに飛び蹴りをかましてきたが、事前に張っていた防御壁で防ぎきることが出来た。
「クイックバレット」
人型のアリが後ろに飛びのいたところに魔法の弾丸を放つ。
避けられたか。
クソこいつ、馬車の時の冒険者と同じかそれ以上に速い。
クローディアさんによる
だとしても攻撃が来る場所に防御壁を張るなんていう芸当は無理だから、全方位じゃないと防ぐのは難しいな。
そうなるとあの速さで動く奴を狙って当てるような余力がないし、そもそもそういう条件なしでも当てられるかどうか……。
「ハロルドさん、この魔物何とかできますか!」
「無理だ。お前の守りがなしで対峙したら逃げられるかすら怪しい。……その防御魔法をこっちだけ守って、向こうに攻撃を通せるようには出来ないか?」
「……そういうのは難しいです」
実際はハロルドさんとピッタリ息を合わせて攻撃するタイミングで一部の魔法壁を解除するなんていう方法は思いついたけど、そんなことを即興出来るわけがないと判断して、無理だと答えた。
……ハロルドさんが対応できないとなるとかなり不味いな。
防ぐだけなら出来なくもないけど、それだとじり貧だからな。
地面から湧いてくる奴のことも考えると、足元まで魔法壁を張らなきゃいけないから魔力を余計に消耗しちゃうし。
あと、なまじ動きが少し見えるようになったせいで、すごい勢いで攻めてくる人型アリが見えるのも怖い。
それに逃げるにしても、あの速さの魔物とかけっこしなきゃいけないんでしょ……。
ダーン!!
銀色の何かが横切り、人型のアリは吹き飛び家屋に叩きつけられ土煙が立つ。
そして、その銀色だったものがフィリス様だったと分かった。
フィリス様か!
一番厄介のをやってくれた!
「逃げてください!そして、ギルドにこの状況を伝えてください!」
フィリス様のいつものようなきれいな状態の服ではなく透明な粘液のようなもので汚れている後ろ姿と鬼気迫る声を聴いて、辺りに目を向ける。
……マジかよ。
地面からまだまだ魔物が這い出る姿、村の方からも建物裏から現れ、中には鎌を持って空に飛んでいる奴や体長が三メートルぐらいありそうなごつい奴もいた。
さっきの状況ですらいっぱいいっぱいだったのに、同格じゃないにしても特別なやつ二匹と無限に湧いてくるアリの魔物……。
フィリス様がいれば最悪何とかなるとか思ってこの村に入ることを止めなかったけど、甘く見すぎたってことなのか?
……逃げるしか。
そう思いながら魔物たちに囲まれているフィリス様の方をもう一度見た。
よくある集落のような場所で、身長二メートルほどあるのではないかというほどの大男に手で口を覆わられ体を抑えられながらも抵抗する白い髪色をした幼い少女。
周りには黒髪の夫婦や小生意気そうな茶髪の子供、他にも数十人ほど縄に縛り付けられ、ならず者みたいなのが若い女性を複数人で囲み、酒を飲みながらバカ騒ぎをしている。
どうしよう……。助けを呼べば?……誰に?……自分しかいない?
映っている映像がそおっと上がっていき右にずれて吐き気を催す光景が見えなくなり、少し上下に揺れ、そして徐々に揺れが激しくなるにつれ、聞こえて来る悲鳴や笑い声がどんどんと小さくなっていく。
「逃げるぞ」
「えっ?」
ハロルドさんに腕を引っ張られて、大量のアリに囲まれている世界に引き戻される。
また逃げるのか。
諦めと失望と罪悪感が入り混じった感情が襲ってきながら、辺りの地獄絵図を再確認した俺は必要以上の力で握ってくるハロルドさんに引っ張られることに抵抗せず、追ってくる魔物だけを迎撃することだけに注力した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます