第15話 ミーゼルの関所

 何匹いたか数えることが面倒くさくなるぐらいいたコボルトの群れをフィリス様が壊滅させたことで依頼は達成された。

 俺たちが明らかに必要なかったと思わせる無双っぷりだったな、なんて思いながら歩いていると、鬼気迫っている様子で何かから逃げるように走っている男の人が視界に入る。

 その男の人はこっちに視線を向けてくるといったん足を止めて、近寄って来た。


「おい、あんたたち。ミーゼルに向かっているのか?」


「はい」


 興奮しているように見える男の人には、ありがたいことにフィリス様が対応してくれた。


「あそこに行くのはやめとけ!」


「どうしてですか?」


「今、あそこでは虫型の魔物が町中で暴れているんだ!」


「虫型?……そのような魔物はこの辺にはいなかったはずですが」


「そんなん知らねえよ!とにかく、その魔物は街中から現れて逃げ出したところなんだ!」


「街中から?」


 もう魔物たちが街に入り込んだ状態だからじゃなくて、街中から現れたっていうのはどういうことなんだろう?

 街中のどこかで巣でもあるのか?

 いやでも、そんな街からこんな必死に逃げる人が出るくらいの騒ぎになるような巣が放置されるとは思えないけど。


「ああ。とりあえず、ミーゼルが危ないのは伝えたぜ。俺はここから一刻も早く離れて村に帰るから。じゃあな」


 男はこちらが質問をする隙を与えず、ミーゼルと逆側の方向へと走り去っていった。


 虫の魔物か……。今ちょっとどんな見た目なのかを想像しちゃって、凄い戦いたくなくなった。


「どうしますか、フィリスお嬢様。俺としては隣町で足になるものを手に入れて、リシリアに戻ったほうがいいと思いますが」


 リシリアというのはオズボーン家が直接収めている領地、つまりはフィリス様の自宅であり俺とハロルドさんの勤務地である街のことだ。

 俺たち護衛の立場からしたら、護衛対象を危険な場所へと促すわけにもいかないし、ハロルドさんの提案は妥当だと思うわけだけど……。


「いえ、ミーゼルへと向かいます」


 うん、なんとなくそういう判断をするんだろうなとは思っていた。

 クローディアさん達がまだ街に残っているってのもあるんだろうけど、残っている人たちは俺かハロルドさんに任せてとりあえずフィリス様はこの場を離れるということもできるはずだから、ミーゼルに向かう理由にはならない。

 ただ、どういう経緯、どういう理由かは知らないが、心を病んでまで戦争に出るような性格をしている人が自分だけ逃げるなんてことをするわけないよね。

 でも、街中は悲惨な状況、つまりは死体が転がっているような状況だと思うんだけど、大丈夫なのかな?





 俺たち二人はフィリス様の決定に反対しなかったため、かなりの人が集まっているミーゼルの関所前にいた。

 さっき俺たちが依頼のためにここを通るときも人はいたが、それは街の出入りがあるものだった。しかし、今は関所に人が集まっているという状態になっている。

 門番に何か訴えかけている人や頭を抱えている人、表情が暗い人などを見かけ、周りの空気が重い。


「お嬢様!……無事だったんですね。良かった」


 クローディアさんは感極まった様子でこっちに近づき、フィリス様のことだけをまっすぐと見て胸を撫で下ろしていた。


「ディアも無事でなによりです。……それにしても、この人だかりはどういったものなのでしょうか?」


「それが……。今アリを模した魔物が街中に入り込んでいて、この間所が避難場所になっているためです」


 関所がいつもと様子が違うのはやっぱりそういう理由だったか。

 あんな必死な様子で逃げているから嘘だとは思わなかったけど、あの男の人が言っていたことは本当だったみたいだ。


「そういうことですか……。詳しくどういった状況かは分かりま――」


「お、あんたたちはコボルト討伐の依頼を受けた冒険者だよな」


 この人、ギルドで依頼を受けようとしていたところにいろいろと言ってきた、悪い人じゃないんだろうけど、って感じの奴だよな。

 えっと……、名前はなんだっけ?あんまり関わり合いになりたくないというのだけは覚えているけど。

 鎧やバスターソードみたいな大剣に緑色の液体を拭ったような跡がついているのと、汗をかいているところからして一戦した後か?例の魔物に。


「ディクソンさんでしたよね」


 フィリス様は話の途中に割り込まれたのにもかかわらず、嫌な顔をせずに対応する。


「ああ。……あれ、名前教えたっけ」


 ディクソンさんか。フィリス様、よく覚えていたな。

 名前については受付嬢の人が言っていただけだったから、そりゃ名乗った覚えはないだろうな。


「まあいいや。確かあんたたちって、CとDランクだよな。ちょっと手伝ってくれないか?」


 CランクとDランクっていうことは俺のことを戦力として見てなさそう。

 Eランクじゃあ、相手にならない魔物ということなんだろう。


「何を手伝えば?」


「ここの見張りをしてほしい。今ここは俺たち冒険者と衛兵の人でここには近づけないようにしてるんだけどよ。それで精いっぱいだから、中の方まで手が回ってなくてな。内側はギルドが対応しているとは思うんだけど、こっちでもどういう状況か確認したいんだよ。ただ、そうなると人手が足りないからな」


「それはつまり、集まってくる魔物からの手からここを守ってほしいということですか?」


「そういうこと。それをやってくれれば、俺たちが街の方に手が出せるし」


 考えなしで物事を進めるタイプだと思っていたけど、話を聞いている感じ、そういうわけでもないのかな、この人。

 いや、そういう方針だと聞いているだけ?

 ……まあ、目の前の人物の頭が回るか回らないかはどうでもいいか。そんなことよりも、二人だけの参戦で守備は何とかなりそうってことはそこまでやばい魔物ではなかったりするのか?

 それとも、ここにはあまり魔物が現れていないってだけ?


「分かりました。ただ、私たちは街中への対応をします」


 え?


「お嬢様!」


「え、お嬢様?」


 お嬢様という単語を聞いてか、ディクソンさんは呆けた顔を浮かべる。

 そして、フィリス様のことをじっと見た。


「何ですか、ディア」


「どうしてわざわざ危険な方の担当をしようとしてるんですか!」


 そりゃそういう反応になるよな。

 ハロルドさんと違って、真面目にフィリス様を守るつもりがあるクローディアさんとしては。

 

「確かに危険ですが、街中への対応は私たちの方が適任です」


「……そうかもしれませんが、お嬢様はまだ克服が出来ていないですし」


 克服できていないというのは、フィリス様の人の死によるトラウマについてだろう。


「ええ。それでも私たちがやるべきです」


 フィリス様はクローディアさんをじっと見つめる。

 そのせいか、クローディアさんは何か言おうとしているように見えたが言葉にはならなかった。


「あー、別にここを守ってくれるのをやってくれればいいですよ」


 ディクソンさんはいきなり敬語でしゃべりだした。

 性格的にそういうことなら助かるとかいってこっちに任せそうなのに、守ってくれればいいとか言っているのは、さっきクローディアさんがフィリス様のことをお嬢様ってところに反応していたのか関係していそう。

 高貴な人なんじゃないかと気づいて、危ないことをしてほしくないってところかな。


「いえ、中のことは私たちに任せてください」


「あ、はい」


 ディクソンさんは素直にうなずく。

 

 いきなり従順になったな。それだけ貴族というものの対応というのは気を付けなきゃいけないってことなんだろうけど。


「お嬢様、やっぱり危険です。何かがあってからでは遅いんですよ」


「そうだとしても。ここで動かなかったら、私は領民を守る責務を放棄していることになってしまいます」


 フィリス様から出た言葉は重さと迫力があった。

 責任感というものが欠如している俺でさえ、そんな責務どうでもよくないかと思うことさえためらってしまうぐらいには。


「……はぁ、分かりました。でも、私がダメだと言ったことには従ってくださいよ」


「ありがとう。ディア」


「……なんであたしはこういう時に強く言えないんだろう」


 ひとり呟くクローディアさんはどこか哀愁が漂っていた。


「それがディアのいいところですよ」


「……そんなこと言われても、都合がいいって言われているみたいで嬉しくないです」


 なんか、クローディアさんの苦労というものを垣間見た気がする。

 ……でもこれってよく考えたら、俺もすぐには対処しきれない魔物が蔓延っているところに突入することになるってことだから、他人事じゃないよな。

 はぁ、嫌だなぁ。

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