第14話 ハロルドとの会話
受付の説得もあり、というよりもそのおかげで、あの冒険者はついてくることはなく討伐依頼に赴くことが出来た。
目的地について早々、フィリス様は討伐対象である五匹の群れを作っているコボルトに一人向かっていった。
そうしたら、追加でぞろぞろとコボルトが現れたときは助けに行かなくて大丈夫かなと心配したけど、今は服を一切汚さずにコボルトの死骸を増やしているだけだから、すげーなと思いながら、ぼけーっと時間を過ぎるのを待っている。
「おい」
いつも気が抜けているところにクローディアさんに活を入れられるせいで、いきなりの声掛けに心臓が跳ね上がる。
「あー……、セオドアで合ってるよな?」
「はい」
反射的に声を掛けられた方を見たら、クローディアさんでなくハロルドさんだったので、すぐに落ち着きを取り戻しながら返答した。
誰とでも仲良くするタイプではないどころか人とあまり関わらないタイプに見えたから、ほぼ接点のない俺に話を掛けてきたということへの驚きはあるけど。
……フィリス様の魔物討伐が終わるまで、ずっと二人で黙っている方がおかしいか。
「お前って、フィリスお嬢様からスカウトされたんだっけか」
「そうですね。大体半年前ぐらいに」
「きっかけは何だったんだ?確かお前ってFランクだから、ランクが理由で雇われたわけじゃないだろう」
「まあ……。ある依頼をフィリス様とたまたま一緒に受けた時があって、色々あって誘われた感じですね」
「いや、その色々ってのを聞いてるんだよ」
「……護衛の依頼だったんですけど、トロールに襲われたりとかそういう感じですね。……ハロルドさんはなんでオズボーン家で雇われてるんですか?」
「露骨だな……。まあいいか」
分かりやすい、下手くそなはぐらかし方だとは口にしている自分でも思ったから、まあばれるよね。
でもフィリス様が無賃乗車をしていたというような他人のマイナス要素とかを言うのは気が進まないし、白銀の騎士であるというのがばれないように伝えるのが面倒だったから追及してこないのはありがたい。
「さっき俺の冒険者ライセンスを見たからもう分かってるだろうけど、若いころに冒険者をやっていてな」
ハロルドさんは何かを思い起こしているかのように、目を細める。
「Cランクだったんだが……、もうちょうど二年ぐらい前の話になるのか……。そのとき痛い目に合ってな。だからもう荒事は嫌になって、安定して安全な職を求めることにしたんだ。でも、俺の一番の長所って言えるのは腕っぷしだったからな。この仕事も多少危険はあるが鍛えていた体と戦闘スキルも生かせるし、冒険者なんていう根無し草をしているよりはましだから、今ここにいるって感じだな」
ハロルドさんからのしゃべりからは、いつもは感じられない生気と陰りがあった。
そんな様子から具体的に何があったとかはないけれど、本当のことを話していることだけは伝わってくる。
「へえ、凄いですね」
「……何が凄いんだ?」
問い詰めるような視線と、少しトーンの落ちた声を俺に向けてくる。
特に悪意があるわけではない発言だったけど、流している、馬鹿にしているような返事に聞こえてしまったのかもしれない。
「なんて言えばいいんですかね……。その地に足がついているというか、しっかり自身のことを考えて生きているんだなって。自分はたまたまリタイアできましたけど、冒険者っていうのはほとんどの人が長く続けられない職業で、冒険者として一生を終えられるのはほんの一握りだろうから。しっかり選んでハロルドさんは自身の居場所を見つけたというのが、凄いと思いまして」
「……長々と言っているが、それって普通って言っているだけじゃないか?」
ハロルドさんは頭をぽりぽりと掻き、なんとも言えないといった表情をする。
どんな形であれ、自分で道を作る。なんとなくの流れに任せてきた俺には出来たことがない生き方だから、嘘偽りない言葉なんだけど。
確かに無難と言っているのと同義だから、褒め言葉としては受け止めづらいか。
「いや、本当にすごいと思っていますよ。でもちょっと偉そうな、上からの感想みたいになっちゃってますよね。すみません」
「いやまあ、別にいいけどよ……。あ、じゃあ、少し俺のことを不快にさせたお詫びとして、フィリスお嬢様のことどう思っているか聞いていいか?」
ハロルドさんはにやにやしながら一歩俺の方へと近づき、耳元でいつもより少し声の音量を落として聞いて来た。
ハロルドさんのにやにやしている感じが癪に障るし、少し離れたところで頑張っている人のことをこんなこそこそした感じで口にするのは気が引ける。……けど、ここで答えないのは虫が良すぎるか。
う~ん……、フィリス様のことをどう思っているか、か。
これは人間性で問われているのか、それとも色恋についてなのか。
どっちの意味も込めての質問なのかな?
色恋で答えた方が向こうとしては面白いんだろうけど。
「こういう視察とか魔物討伐とかを自分から率先してやって、すごいなとかは思います」
コボルト相手に無双しているフィリス様を横目で見ながら、
「それに自分より年下なのに、すごい腕が立つし」
容姿とか戦闘能力とか努力、短い付き合いの中でどれもが高水準だと思っているのは本当だ。
ただ、付き合いが短いからこそ、よく知らない、よく分からないというのが本音ではあるけど。
そういう本音を加味しても、こうやってトラウマを克服して前に進んでいる姿を見ていると、惹かれる ――いや、惹かれてはいないから眩しいというのが正しいか。
「ああ、まさにその通りだな。でも、それって無駄だろ」
「えっと、それはどういう……」
「フィリスお嬢様は女で貴族っていうことだ」
「……なるほど」
「女っていうのは基本的に主婦になるもんだからな。別に女でも冒険者になる奴はいるし、貴族で女でも騎士になるようなやつもまれにいる。ただ、フィリスお嬢様は伯爵家の一人娘だ。基本的にはどこからか婿を取ってくるという将来はほぼ決まっている。家出するか、ご当主様が養子を取ってくるってなら話は別だがな」
「つまりこの今やっているコボルト討伐は意味がないということですか?」
「ああ、単なるお遊びでしかない」
夢がないなとは思うが、それはそうなのかもしれないと納得してしまった。
少なくとも、ただの男女差別だという発言と言い切れるものではなく、周りからはそういう風に見られるんだろうなって。
ただ、戦争をひっくり返すような実力者が、錆びてしまったとはいえそんな扱いをされるのはどうなんだろと思ってしまうところがある。
嫁に出るというのが悪いことというわけではなく、戦いに適性があるフィリス様がそれで終わってしまうのが勿体ない気がして。
それに精神統一したりこうやって魔物狩りをしたりしておそらくトラウマを克服しようとしている姿を見ていると、女だからという理由で今やっていることを無意味だと断定してしまうのは可哀そうというか、あまりにも無慈悲すぎやしないかと思ってしまう。
あと、ハロルドさんは自分の道を変えて安定の路線に変えたからこそ、安定の道を蹴って自分の道を歩こうとする姿に嫌悪感があるような気もする。これは憶測でしかないけど。
「どうして自分にそんなことを?」
「なんでだろうな……。単なる暇つぶしっていうのと、お前はべらべらと周りに言いふらしたりしなさそうだし。変な正義感とか出世欲もなさそうだから、こういうことを言っても告げ口とかしないだろ、お前」
「まあ」
まさにその通りで。
俺がしゃべる相手なんてクローディアさんしかいないし、わざわざ伝えて不和を起こしてほしくないし、その原因が俺で合ってほしくないって思うからね。
「で、お前さんはどう思う?」
「……すごいって感想は変わらないですね」
自分よりも凄い人だというのは変わらない。
何よりもここで女なのに無意味なことをしているみたいなことを言うのは、ハロルドさんに媚びて仲間づくりをするみたいで嫌だった。
「何の話ですか?」
えっ!?
とっさに振り返るとフィリス様が首を傾げていた。
「いや……。ミーゼルが凄いって話です」
「ああ、そういうことですか。私が今まで訪れた街の中では一番治安が良いですし、面白いものも多いですから同じ意見ですよ」
苦し紛れではあったが、即興で考え着いたことにしてはいい返しだという感触ではあった。実際フィリス様も納得してくれたみたいだし。
ああよかった。聞かれてたら恥ずいからね。
心の落ち着きを取り戻したところで、口角を上げているハロルドさんが視界に映る。
もしかしてフィリス様が近づいてきていたのを気づいてたのか、この人。
俺変なこと言ってないし、むしろあんたが聞かれたら不味いことを言ってたんだから、フォローをしていた、まであるはずなんだけど。
いやまあ、俺も聞かれたくはないんだけどさ。
ちょっとイラっとしたが、ハロルドさんの過去を聞いちゃったわけだし、文句を言うつもりはないけどね、別に。
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