第12話 ミーゼル

「相変わらずここはにぎわっているわね」


 辺りを見回せば、野菜や肉、くだものが並べてある店、食事処、武器が壁に飾ってある武具屋、アクセサリーやあまり値が張らなそうな剣や盾を地面に布をしいて並べている露店などが並んでいる。

 店がただ並んであるだけでなくもちろん客もいて、十代から三十代ぐらいの女性たちが大量の野菜が詰め込んである木箱に争うようにして手を突っ込み、手に入れた商品を腕にぶら下げているバッグに詰め込んでいる。

 他にも革の鎧を身に着け腰に剣をぶら下げた男性が店の人と値下げ交渉をしていたり、その武器屋に飾ってあるものを見つめながらため息をつき、地面に武器や防具、がらくたにしか見えないようなものを並べてある露店へとぼとぼと向かっている男性とか、他にも保護者同伴の子供たちなんかもいたりする。


 俺がギルドで依頼を受けていた町なんかよりも人が多いし、熱気、それとも活力とでもいえばいいのか、そういったものが直に感じられ、クローディアさんの言葉通りかなりにぎわっている場所だと感じた。


「わが家の領内でも一番栄えている街ですからね」


 フィリス様は領内でなんて言い方をしているけど、王国の中でもかなりにぎわっているところらしい。

この町の特徴は多くの冒険者が拠点にしていること。 

 理由としては薬草の群生地があることで回復薬が安価で取引されているからだとか。

 冒険者という職業柄、戦闘で負傷した際の応急手段となる回復薬が比較的安値で手に入るというのが魅力的なんだろう。

 また冒険者が多いと、武器や調度品や薬などの原料となる魔物から手に入る素材が集まってくるため、商人との取引が多くなる。

 そんな感じで冒険者とか商人が集まるここミーゼルは、かなり潤っているらしい。


「ねえ、今回の目的は覚えているでしょうね?」


「はい」


「じゃあ言ってみて」


「ここ、ミーゼルの視察ですよね。オズボーン家当主の代理としてフィリス様が行う」


 ジトっとした目を向けてきたクローディアさんに、ちゃんと覚えているから堂々と見返した。


 俺がこの町について少し詳しかったのは別に事前に情報収集をしていたというわけではなく、視察の理由以外にもミーゼルについてクローディアさんに教え込まれたからだ。


「そんないちいち確認しなくてもいいのではないですか?」


 ホントにそう。前日に聞いたことだからさすがに覚えているわ。


 俺は言葉にはしないがフィリス様の発言に心の中で同意する。


「駄目ですよ。こういうやつはしっかりと尻を叩いてやらないと何もやらないんですから。こういう確認はきちんとやっておかないと」


 ……なにも言い返せねえ。


「あそこに売っている串焼き、おいしそうですね」


 唐突にフィリス様はそう口にすると、頭にバンダナを巻いたおっさんが肉とねぎを串に刺して焼いている姿が見える屋台へ向かっていく。


「串焼き一つ、よろしいですか」


「はいよ」


「ちょっと、お嬢様」


「何ですか、ディア。あ、ディアもこの串焼きが欲しいのですか?あの、もう一ついただいても」


 フィリス様は屋台のおっさんから空いている左手で串焼きを受け取る。


「そういうことじゃないって分かってますよね?食べすぎです。太りますよ」


 フィリス様はこの串焼き以外にもフランクフルトとか水飴、さつまいもなんかも買っていて、俺も結構食うなと思いながら見ていた。

 なんか貴族ってこういう立ち食いみたいなことはしないどころか庶民の食べ物を口にしないイメージがあったから、フィリス様が目美しいお嬢様ということも相まってパカパカと食べているのには違和感がある。


「大丈夫ですよ。ちゃんと動いてますし、あまりお腹に肉が付いたことがないですから。……あ、でも、ここの肉はディアよりはついちゃってますけど」


 フィリス様は親指と人差し指で串を摘み、残りの指で自身のそこそこボリュームがある胸をつつく。

 気まずくて少し視線を背けると、台のおっさんが肉を焼く手を止めて、こっちというか、フィリス様のことをガン見していた。

 屋台のおっさんは俺に見られているのを気づいたのか、思い出したかのように止まっていた手を動かしだし、客呼びをし始める。

 

「なっ!な!!別にいいんですよ、そんなところ大きくたって動きの邪魔になるだけだし。……いいからあまり食べすぎないでください!あと、胸を触るのもやめてください!はしたないですから!」


 クローディアさんは顔色を真っ赤にしながら、声を荒げる。

 大きな声を上げたのと喋っている内容もあれだったからか、視線が集まってきている気がする。

 

「はいはい。でも、こういうものを食べられる機会はあまりないんですから、別に少し食べすぎても食べたっていいじゃないですか。それよりもこの串焼き、食べないんですか?」


「あの」


「いりませんよ!」


「あの!」


「何よ!」


「ちょっと、目立っちゃっているような……」


 クローディアさんは俺の言葉を受けて、きょろきょろと周りを見回し、


「……お騒がせしてすみません」


 元に戻って来ていた顔色がまた朱色に染まり、縮こまるようにして頭を下げる。


「うーん、これも食べちゃいましょうか……」


クローディアさんを謝らせる原因を作った張本人は、のほほんと串焼きをもう一本食べるかどうか悩んでいた。


……図太いな、この人。


「セオドアさん、食べますか?」


「……えっと、もらいます」


 クローディアさんが謝っている横でいいのかなと思いつつ、ちょっとおいしそうだったから受け取ってしまった。


「フィリスお嬢様」


 レザーアーマーを身に着けた、よくいる冒険者っぽい恰好をしたくたびれた顔をした男の人が、後ろに二人の甲冑姿の男の人たちを引き連れて声を掛けてきた。

 

「ハロルドさん、お疲れ様です」


 もう串焼きを食べ終えていたフィリス様は、串を屋台のそばに設置してあるごみ箱に捨て、声を掛けてきた男の人にねぎらいの言葉を掛ける。


「いえ」


 この冒険者の格好をしている人とその後ろにいる二人は、オズボーン家で私兵を務めている人たちだ。

 今回はフィリス様の護衛としてきている。

 

「宿の手配は終わっていますが、どうされます?」


 馬車で襲われたことがあったことが原因で、今回からの助っ人として来ているわけじゃないらしく、前からフィリス様の父親がクローディアさんだけでは心配だということで駆り出されているらしい。

 クローディアさん一人で大抵の問題は解決できるような気はするけど、目立つ容姿をしている二人だけの行動は変な奴に目を付けられる、なんてこともありそうだし、ちゃんとした大人がついている方が安心できるということなんだろう。

 人手は多い方がいいだろうしね。


「……手荷物を一度片付けたいですし、宿の道案内をお願いします?」


「分かりました」


 こんな感じで宿の手配とかこの町に滞在するのに必要な荷物の持ち込みとかを俺たちがここに来る前にやってくれていたりもするみたいだから、自分としてもいてくれるだけでありがたい。

 それにフィリス様とクローディアさんと俺っていうメンバーだと、男が自分だけで居心地が悪いし。

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