第11話 初めての護衛

「ええ!?今度の場所、自分も行くんですか!?」


「そりゃ、護衛として雇ってから三か月は経つんだから」


「いや、まだ三ヶ月だけじゃないですか」


 模擬戦から三ヶ月ほどたち、周りの人から向けられるゴミを見るような視線を送られることがなくなった代わりに、自堕落に過ごしていた時間が護衛をするための特訓時間となった。


 最初はストレッチや、腹筋や背筋といった筋トレを魔法なしでやらされた。

 日常生活ではいつも軽い身体強化の魔法を掛けていたから、魔法を解いただけで体が重く感じた中で、三回腕立て伏せをしただけでぜーはー息を吐いて汗びっしょりだったのを今でも覚えている。

 記憶に残っているのはしんどかったのもあるが、クローディアさんからそれで本気なのって真顔で言われてちょっと傷ついたからという方が理由として大きい。


 次は白い胴着を着させられて、何回かも数えきれないぐらい投げ飛ばされて受け身を取るというものだった。

 始めたばっかりはばんばん地面に叩きつけられて、終わった後には腕や特に背中が痛くて涙目になっていたし、骨にひびが入ってないかとか心配になっていた。

 その心配を口にすると、そんなん入っているわけないでしょ、それにうちには回復魔法を使える人たちがいるんだから仮にひびが入っていてもすぐに治るわよ、と言われた。

 治るならこんなハードメニューでもいいわけじゃなくないか、と思いはしたが、そんなことを口にしても塩対応をされることは分かりきっていたので、言葉にはしなかった。


 最近は殴られたり蹴られたりなんかもされるようになって、痛みに慣れたのかそれとも対応力が上がってきたのか、痛いけど泣きそうになるようなことはなくなった。

 あとトレーニングのし始めとかは、この訓練って投げつけられる距離になる、つまりはクローディアさんとかなり近い距離感になるわけだからちょっとどぎまぎする気持ちはあったが、そんな感情は痛みと共に消えて、今は何とか時間を過ぎてほしいとしか考えてない。


「それに護衛としてのことはほとんど何も習ってないですし」


「いや、最近説明したでしょ。心得とかやり方とか」


「教わりましたけど……。それだけじゃ荷が重いというか、足りないような……」


「あのね、こんな何にも起きない屋敷の中でなんかじゃほとんど経験積めないんだから、実践するしかないのよ。それにあんたみたいなのは、この安全な屋敷で練習のために護衛をしたって身が入らないだろうし」


 ……確かに。

 この屋敷でフィリスさんの護衛をしている自分を想像したら、早く終わらないかなと考えながらボーとしている姿が思い浮かぶ。


 俺が何も言い返さないからか、クローディアさんははぁとため息をつく。


「そういえばあんたって、あんまりお嬢様と関わったことないわよね」


「そうですね」


「じゃあ、今日はあんた一人でお嬢様の護衛をしてきて」


 え?

 それって、フィリス様と二人きりってことだよね。

 護衛をするのが嫌とかじゃない――やりたくはないけど、それ以上にコミュ障気味の俺には女性、それも貴族のお嬢様と二人きりというのは難易度が高すぎる気が……。


「なんで自分一人なんですか?」


「それが仕事だからよ。とにかくあたしはやることがあるから。お嬢様はいつもあんたに稽古をつけている部屋にいるからそこに向かって」


 クローディアさんは俺の返答を聞く間もなく、どっかに行ってしまった。

 

 ……さすがにさぼれないよなぁ。

 




 フィリス様とどういう距離感を取ればいいかと考えながら目的地に向かい、自分は護衛なんだし黙って突っ立ていればいいかと結論付けたところで見慣れた扉が視界に入る。


「失礼します」


 一応コンコンと扉を叩いてみたが、返答はなかった。

 誰かが入ってくる可能性のある部屋で見られたら不味いことはしているとは思ってないが、一応音をたてないようにそっと引手を引っ張って中の様子を確認する。

 扉が半開きになったところで、フィリス様は目をつぶって座っている姿が見えた。

 

 フィリス様が何をしているのか分からなかったが、とりあえずうるさくするのは良くなさそうだなと思い、あまり音を立てないことを意識して扉を閉める。


「今日の護衛としてきてくれたんですよね?セオドアさん」


 じっとフィリス様のことを見ているのは集中力を切らしちゃったりしそうだなと思って、数分間の間、清掃が行き届いた床や壁に視線を向けていたところで声を掛けられた。


「あ、はい」。


「ディアは?」


 ディア……?

 あー、クローディアさんのことか。


「なんかやることがあるみたいで」


「ということは、ふふ、今日はセオドアさんと二人きりですね」


 フィリス様は嬉しそうに笑みをこっちに向けてくる。

 

「そうなりますね」


 あざといよな、まじで。狙ってやってるのかな、この人。

 最初の出会い以外にはほとんど接点はないし、俺に気があるんだとしたらどこかで接触しに来ていただろうから勘違いはしないけど、分かっていてもこれだけの美人に微笑まれると揺れ動くものはある。

 やめてほしい。

 

「こうやって面と向かって話すのは久しぶりでしたよね」


「はい。雇ってもらった時以来じゃないですかね」


「ええ。最初はお誘いを断られちゃったんですけど、そのあとこちらの屋敷まで戻ってきて、話を了承してくれた覚えがあります」


「あー……、そんなんだった気がします」


 さも思い出したみたいないい方したけど、がっつり覚えている。

 だって話を断ったら首元にナイフを突きつけられて、脅されたわけだからさすがに忘れないわ。

 ……今考えると、あの時クローディアさんと敵対しなくて本当によかった。

だって、敵わないことは特訓で分からされているから。


「あの時はどうして一度は断れられたのに、話を受けていただけたのですか?」 


 それ聞くの?

 十中八九クローディアさんに連れ戻させるように指示したのは、俺は絶対にこの人だと思っている。

 だって俺が白銀の騎士の正体を知ったことを認識しているのは、フィリス様と丸刈り冒険者だけで、その中でクローディアさんに指示できるのは目の前にいるこの少女しかいないわけだから。

 もしかしたら他の人に事情を説明していて、みたいな可能性もあるけど、この少女が一番やりそうな気がするんだよな。


「……よくよくいろいろと考えてみたら、悪くない話だと思ったので」


 問い詰めても面倒なだけだからと、適当に流すことにした。

 

「そうだったんですか。それで実際、話を受けて悪くなかったと感じてくれていますか?」


「はい」


 毎日三時間ぐらい、ぼこぼこにされるまあまあハードな生活を送らされているわけだからいいわけないけど、雇い主の前で悪いとは言えないわな。

 ただ、この屋敷に来る前にこの生活をしろと言われたら断固拒否していただろうけど、意外と今では慣れてきてはいる。

 俺が予想外にタフだったのか、それともクローディアさんによる鞭の入れ方の塩梅がうまいのか。

 もし後半の理由なのだとしたら、調教されているみたいでいやだな。


「それは良かったです。何か困ったことや要望があれば言ってくださいね」


「分かりました」


 人にお願いするのってなんか苦手だから要望することはないだろうなと思いつつ、同意した。


「そういえば、さっきフィリス様がやっていたのって何なんですか。精神統一とかそういういったたぐいのものだったり?」


 目をつぶって座っていたフィリス様を待っている数分間、寝ているわけじゃないだろうし精神統一でもしているのかなとか予想していたから、答え合わせをしたいという気持ちから質問してみた。

 

「ええ。二か月前、帝国で在住していた冒険者さんに聞いて以来、毎日実践しているんです」


「へえ~」


 毎日の積み重ねみたいなのを自主的にやって続いたことがないから、素直にすごいな。


「それにしても、精神統一という概念は王国ではまだあまり知られていないと思っていたのですが、よくセオドアさんは知っていましたね」


 え、そういうかんじのものなの?


「あー、ギルドの食堂で冒険者の人がそんな話をしているのをなんとなく覚えていて。心を落ち着けることが出来るんですよね」


「はい。他にも雑念を取り払ったり、思考をクリアにする効果もあると聞いています」


「そんな効果もあるんですね。自分は結構いろいろ余計なことを考えちゃうことが多いからちょっとやってみるのもいいのかも」


 多分やらないし、やっても一回か二回程度でやらなくなりそうだけど、やってみたいという気持ちに嘘はない。

 やって損はないからね。


「だったら、ここでやってみませんか?」


 確かに今やるんだったら、やる気と時間があるわけだしちょうどいいような気もするけど。


「一応護衛としてここにいますから、自分が無防備になるのはあれなんじゃないですかね?」


「大丈夫ですよ。ここならば襲われることもありませんし」


「なら」


 雇い主が言うならいいかと思い、フィリス様から呼吸法とかを教えてもらいながら実践してみた。

 日頃の疲れのせいか一瞬だけ寝そうになってしまい、そのあとは寝ないようにすることを意識すぎてあんまり効果はなかっただろうけど。

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