第10話 ダメ人間の苦悩2

「かかってこないのなら、こっちから行くわよ」


 あっぶな!もう目の前で殴りかかってくるクローディアさんがいるんだけど!

 クローディアさんの攻撃宣言が聞こえてきてすぐさま防御壁を張ってよかった。

 

「硬ったいわね、その防御魔法。それ、どんくらい張り続けられるの?」


 クローディアさんは少し離れた距離で、何か固いものをぶつけた時みたいに右手をぷらぷらさせていた。


 この人ステゴロなのかよ。

 俺としては武器を持って近距離戦をするだけでありえん怖いのに、さらに近距離で獲物もなしで戦うって心臓に毛でも生えてそうだな……。


「大体一時間はもつと思います」


「……やっぱりあんた、ただのカスではないみたいね」


「まあ」


 ただものじゃないなみたいな言い方してるけど、言い草酷くない?

 ダメ人間の部類だとは自覚しているけど、本人が目の前にいるのにそんなこと言うか普通?


 ……まあいいや。そんなことよりもどうやって勝つかなんだけど。

 この感じなら向こうからのアクションは防ぎきれそうだし、あの時戦った冒険者と同じでどうにかして攻撃を当てられれば、ってところか。


「まあって……。反論とかしないの?プライドのない奴ね」


「すみません」


 冒険者と戦っていた時とかは冷静じゃなかったし、こっちに攻撃が届いた時が死だったから迂闊うかつに思いついた手を気軽に使えなかった。

 けど今回は死ぬようなことはないだろうから、ある程度リスクを背負った攻め方をしてみてもよさそうではあるよな。


「なんで謝るのよ……。あんたのへたれた根性はともかく、その防御魔法はこのままじゃ破れそうにないから本気で行くわね」


 あの、面と向かって言われると普通に傷つくからいちいち悪口をはさまないで欲しいな……。

 あと、本気って今までのは手を抜い――、アースウォール!!

 

 防御壁が破られたのを感じて、ちょっと反則っぽいと思って控えていた魔法を反射的に唱える。


 なに今の!?一瞬で俺の防御壁が破られたんだけど!?

 

「何この石壁。今ので終わらせるつもりだったんだけど」


 あの終わるって、試合の話ですよね? 僕の命がって話じゃないですよね?寸止めするつもりだったんですよね?

 そう聞きたくなるぐらい、防御壁を破ってきたことが怖かった……。

 めちゃくちゃ心臓がバクバクいってるし。


 周りはアースウォールで上下左右が囲われていて真っ暗だけど、むしろその方が今は落ち着く。

 この岩壁なら突破されないだろうから、だいじょ――、


 ダンダンダンダンダン!ドーン、ドシーン!!


 ……大丈夫なはず。突破されてないし。


 壁が突破されることがないと仮定しても、こっちからクローディアさんのことが見えないから、魔法を唱えても当てられる手段がない。

 範囲魔法を放ちまくるのが一番有効な手だけど、見えない状態だとやりすぎる可能性が出てきちゃうのが。

 それにもしこっちからの魔法をうまいこといなされていたとしたら、いたずらに魔力を消費してアースウォールの維持が出来なくなるだけだし。

 

「あんたからは攻撃してこないの?」


「はい」


「はいって、なんでよ」


「そっちのことが見えないので、当てられる魔法がないんです」


「……じゃあどうするのよ。あたしは攻撃が届かなそうだし、そっちも魔法を使ってこないんだったら」


「……引き分けってことにしませんか?」


 魔力を尽きるまでクローディアさんは待てば俺の負けだけど、提案するだけならタダだからね。


「いいわよ」


 え、いいの?

 これ、俺の負け確なのに。


「その代わり、この勝負は両方勝ちで決着とすること」


 ……なるほど。

 クローディアさんがこの試合で果たしたかったことは、俺に護衛という仕事をやらせることだったから、試合前に出した条件を白紙にされなければいいのかな?

 

「分かりました」


 このまま続けても勝ち目がないし、両方負けということを主張するということはニート生活をさらに送りますと宣言しているようなもんだから、さすがにごねるのは心証が悪くなりすぎるか……。

 とりあえず、魔法を解除しよう。


 石壁がなくなりクローディアさんが視界に入る。


「ねえ、一つだけ聞いてもいい?」


「あ、はい」


「なんで最初に今の魔法を使わなかったの?あたし程度ならいらないとでも思った?」


「いえ!そういうわけではなくて……。そのぉーですね……」


 今使った魔法の“アースウォール”について聞かれたら適当に誤魔化そうと考えていたけど、そんなふうにしたら結局舐めプをしていたってことになっちゃうよね……。

 でも、本当のことを言うのもどうなんだろ。誤魔化して言うしかないか。いやでもなぁ……。


 そんな風に考えこんでいたら、クローディアさんがイライラを表しているかのように腕を組み右足をゆすり始めた。


「反則気味な技だったので使うのをためらっていたところがありまして」


 クローディアさんの様子にビビりながら、早く言わないと不味いと思って使うのをためらっていた理由を口にする。


「反則?魔道具でも使ったってこと?」


「まあ、そういうことですね」


「ふうん。別にそれくらいなら反則なんて言わないわよ」


「……え?いいんですか?」


 クローディアさんの納得したといった様子に驚いてしまい、思わず聞き返してしまう。


 さらに不機嫌になってキレるんじゃないかと思っていたけど……。大丈夫なんだ。


「今回の模擬戦は魔術師であるあんたと一対一で戦うわけだし、それぐらいじゃなんとも言わないわよ。それに、実践では魔道具を使われる可能性があるわけだし」

 

 ……なるほど。

 納得は出来る理由ではあるけど、クローディアさんは武器すら使ってなかったから、いいのか本当にそれでとは言いたくなっちゃう。

 ……まあいいか、ようは反則負けにはならないってことだし。


「それにしても、あたしの拳を防ぎきる防御魔法を張れる魔道具ってことはまあまあいい奴でしょ。そこそこな値段しそうだけど、良く持っていたわね、そんなの。どんなのか見せてくれない?」


「いや、見せろと言われても……」


「なに、切り札だから見せたくないってこと」


「そういうことじゃなくてですね……。その壁に使われている魔道具を使ったから、どこにあるとかは分からなくて」


 俺は防御魔法が張り巡らされているこの部屋の壁に指をさす。


「え?どういうこと?どこにあるかもわからない魔道具を使ったってこと?それに最初に部屋に入ってきた反応からして、見たことすらないわよね?」


「はい」


「じゃあ、どうやって使ったのよ?」


「魔道具を使ったというよりは、魔道具によって防御魔法が張り巡らされている壁を利用した、みたいな感じですね」


 クローディアさんは左手を顎にあて、視線が右側に向く。


 分かりにくかったかな?

いや、どう利用したかを説明してないか。


「つまり……、この部屋の壁とか地面を魔法で増築する感じで、自分の周りを囲ったというのが正しい表現なのかな?」


「それって、魔道具じゃなくて魔法を使ってということよね」


「はい」


「じゃあ、この部屋以外では使えないってことよね?」


「そうなりますね」


 魔法の壁に魔道具の効果を付与させているため、元となる魔道具がないと無理だからね。

 魔道具を解析して自分の魔法として確立したら、どこでも使えるようにはなるような気はしなくもないけど。


 ただそもそも魔道具の解析なんてやったことないから、詳しい人にどういう構造をしているのかを教えてもらわないと使えないだろうな。少なくとも、この魔道具についての説明書みたいなものはないと無理だ。

 もしかしたら、魔道具特有の何かがあって使えない可能性もありえるけど。


「ふーん」


 クローディアさんは納得したような雰囲気を醸し出しているけど、なんか納得いってないように見えた。

 まだ分かりづらかったのかなと思ったが、特に聞いてこないなら別にいいか。 


「で、あんたはあたしにやってほしいことはある?」


「いえ、特に何も」


 便宜を図ってほしいこととかないからなあ。

 これでさっき考えたような同じ屋敷に住んでいるクローディアさんに性的なことを要求するのは、これからの関係に影響が出ちゃうからことを考えるとあんまりだし。

 それに周りにばれたら、今以上に居心地が悪くなるというか、そんなんじゃすまないような扱いを受けることになるだろうから。


 まあ別にリスクがなかったとしても、そんな要求はしないけどね。

 クローディアさんのような美人が何でも言うことを聞くって言うから、そんな連想をしてしまったというか、そういう要求をされる可能性を考慮してないのかなって思っちゃっただけだから。

 そもそも、何でも聞くって言っているけどクローディアさんが了承するかというのも怪しいし。


「それじゃ駄目よ。あたしはあんたの言うことを聞くと約束したんだから」


「えぇ~」


「何その面倒くさって感じの顔は」


 いやだって面倒くさいんだもん。こっちは別にいいって言ってるんだよ。

 クローディアさんに損があるわけじゃないから、喜べばいいのに。


 お願いしたいことか……。強いて上げるなら、護衛の訓練を手加減してほしいとかかなぁ。

 そんなお願いをしたとしても、手を抜くようなことは受け入れてくれなそうではあるが。

 仮に受け入れられたとしても、めちゃくちゃしんどい訓練をさせられて、これでも手加減しているんだと言われたらそれまでだからな。

 それに、このお願いをしたら、不真面目なことを嫌っていそうなクローディアさんの心証が悪くなりそうだし。


「なにも思いつかないので、保留ってことでいいですかね?」


「……まあいいわ、それで」


 これからお願いしたいことが出来るかは分からないけど、何かあった時にそういう権利はあったほうが便利なのは間違いないし。

 考えなしで出た言葉だったけど、案外いいお願いをしたのかもしれない。


「とりあえず、少し休憩したあとに始めるわよ」


「え?今日からやるんですか?」


「何か文句でもある?」


「……いえ」


 なんとなく予想は出来ていたけど、クローディアさん、めちゃくちゃスパルタだったりする?

 ……ちょっとこの先に起こることを考えちゃって、急に頭が痛くなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る