第9話 ダメ人間の苦悩1

「あー、一生この生活してー」


 安宿のせんべい布団と違って、ふっかふかで弾力のある布団に寝転がりながらの生活。

 しかも、護衛としてずっと雇い主のことを張り付いてなきゃいけないわけじゃない。


 というか護衛っぽいことなんて一回もしたことないな。クローディアさんとか他にもいるだろうし、わざわざ俺がやらなくてもいいんだろう。

 となると俺の仕事は何もないわけで、一生だらだらしていられるわけだ。


「ご飯か……」


 体内時計の感覚からそろそろだろうなと思って時計を見たら、針は十二時を指していた。

 お腹がそこまで空いているわけでもないので起き上がりたくないはないけど、さすがに食事を作ってもらっているのに時間を遅れるわけには、と考え布団から離れる。

 そして扉の前まで移動して……、俺は引手を触っている状態で一分ぐらい固まる。


 昼食を食べないなんて選択肢はないわけだし、もう開けよう。

 そう思ったが引手に掛ける力がなかなか入らず一分くらいをかけて扉を開け切り丁寧に閉じた後、気持ち速足で食堂へと向かう。


「あの、昼食をもらってもいいですか?」


「はいどうぞ」


 俺の前にいた人には声色を作ってたメイド姿の女性が、どうでも良さそうな感じでテーブルに使用人用の昼食を置く。

 相手がどんな表情をしているかを確認する勇気がない俺は、顔をお盆に向ける形で昼食を手に取り比較的まわりに人がいない席へと向かう。


 はあ、しんどい……。

 何もしなくていいお気楽な生活は出来るんだけど、周りの目が非常に冷たいのがつらい。

 ここに来る前も用事がない限り外に出ることが多かったわけじゃないけど、最近は食事の時以外ずっと部屋にこもっている。


 俺は今日の昼食に目を向け、スープとパン二つ、レタスとかトマトが入った生野菜があることを確認する。

 まずは野菜をむせない程度のサイズで食道に入れ、パンは口いっぱいにして噛んで少し口の中に余裕が出来たところにスープを流し込んだ。

 出来るだけ早く咀嚼することを意識したので、二、三分で食べ終わる。


 食堂に来た時にいた顔ぶれが楽しそうに会話をしているのが視界に入りながら、席を立ちお盆と食器を厨房に返してこの場から立ち去ろうとする。


「ねえ、あんた」


 声を掛けられることなんてなかったから、びっくりして反射的に振り向くと、見覚えのある赤髪のメイドがいた。


 俺を脅してここに連れてきたメイドの人だよな。

 確か……、クローディアって名前だった気がする。

 聞こえないふりをして逃げようかな……。いや無理か。


「なんですか?」


「いつまでその生活を続けるの?」


「……」


 そっちが俺のことを無理やりスカウトしたんだろとか、別に俺がやらなきゃいけないことなんてないんでしょっていう言葉がのど元にまで出かかったが、周りに目があることが頭によぎり口を閉ざす。


「ちょっと来なさい」


「……はい」


 一瞬かっとなっていた頭を冷え、素直にクローディアさんについて行く。


 ああよかった、頭によぎったことを口にしなくて。

 周りの反応っていうのもあるけど、だらだらと何もせずに過ごしている人間が一時の感情で反論するのは流石にダサすぎるから。

 黙ってこんなこと考えている時点で……、あんまり考えないようにしよう。

 

「あの、どこに行くんですか?」


 何するつもりなんだろうとかこの場をどう切り抜けようとか、頭に浮かんでくることに整理がついてきたので周りに意識を向けたら、いつのまにか一度も足を踏み入れてないエリアにいることに気づく。


「この屋敷の中で一番動くことに適している場所」


 動くことに適している場所か……。


「そしてそれがここよ」


 クローディアさんは二枚扉の棒状になっている取手を、ギギギという効果音を立てながら引っ張る。

 

 広いな。それこそ俺が泊っている部屋の四、五倍はあるんじゃないかってぐらい。

 物とかが置かれてないからだだっ広く感じているせいで、そう勘違いしているだけなのかもしれないけど。


「魔力?」


「気づいたようね。この部屋の壁は魔法障壁で守られていて、ちょっとのことじゃ傷つかないようになっているの」


「へぇ。なら、魔法の練習とかに向いてそうですね」


「そういうこともできるけど、ここではそういう使われ方はしないわ。ここで魔法障壁を張って利用されるときは、基本的に手合わせするときが多いわね」


「え?じゃあ、魔法障壁は常に張られているわけじゃないってことですか?」


「当たり前じゃない。この部屋全体を覆う魔法を常にかけ続けていたらコストがかかりすぎるでしょ」


「まあ、確かに。……ここの部屋って、使われることは結構多かったりするんですか?」


「うーん。……あんまりないわね」


 それは良かった。

 この屋敷にいる人たちが、戦いを好むような戦闘民族じゃなさそうで。


「ここまで言えば、何をしに来たかは察しがついているわよね?」


「……なんとなくは」


 ここまで説明されたら、まあ。

 そもそもこの部屋に入る前に察しはついていた。

 無理やり話題をずらそうとしたけど……、うまくいかないか。

 

「なら、構えなさい」


 クローディアさんがこっちに向けていた冷たい態度は、馬車で戦った時の冒険者から感じた圧みたいなものに変わり、戦闘するための構えを取っていることが、剣術とか、格闘術とかが素人な俺でも分かった。


 ああ、なんとなくわかってはいたけど拒否権とかなくやらされる感じなんですね。

 

「あの、この服で戦うんですか」


 食道にいた時のままだから、俺は使用人が着ているような黒いスーツみたいなやつだし、クローディアさんはメイド服のままだから。

 このままでも戦うこと自体には出来るけど、汚れたりとか破けたりしたら不味くない?


「んー。あたしはいいけど、あんたはどうする?」


「このままでいいんだったら、このままで」


 もしかしたら汚さないように戦ってくれるかもしれないし。

 ……そんなわけないか。だったら着替えさせるもんな。


「じゃあ、始める前に勝ったらどうなるとかを教えてもらってもいいですかね?」


 本当に知りたいという気持ちと、少しでも時間稼ぎをしたいという気持ちが混ざった質問をする。


「あんたが負けたら仕事をまっとうできるように、そのヒョロヒョロな体を鍛えたり護衛のイロハとか覚えてもらうわ。で、あんたが勝ったらなんだけど、そうね……、あたしが可能なことならなんでも一つ言うことを聞くってのはどうかしら?」


「えっ?」


「何、それだけじゃ不満?」


 こういう模擬戦やりたくないし、インドア派としては体を動かすのは好きじゃないから不満はあるんだけど、もっと理不尽なことを要求されるのかと思っていた。

 だって、護衛の条件として満たしていないといけないことだから、負けなかったとしてもその訓練をやらされるのは普通のことであるとはいえるだろうから。

 そもそも逆らうような意志の強さなんて持ってないから、やれって言われてたら拒否なんかせずに従っていただろうし。


「いや、そういうわけじゃないですけど」


「じゃあ何が言いたいの」


「……自分が勝った時の条件がそれでいいのかなと」


 そう、俺が負けた時の条件は納得できるものであったけど、どんな要求でも一つ叶えてしまうことが勝った時の条件なのは、あまりにも釣り合いが取れていないように思えて。

 

「クローディアさん、美人だから変な要求とかされそうだから、そのなんというか、そういうこともされると考えていたりとか……」


 俺が「えっ」と思った理由は、そういうことを要求される可能性があるのにそんな軽々と、っていうことだ。

 だから、言葉にするのをためらったわけなんだけど……。


「ふーん、あんたそんなこと考えてるんだ」


 クローディアさんの声色は冷たいものとなり、向けてくる目も変わったような……。


「別にあんたなんかに負けるなんて思ってないから。ほら、始めるわよ」


 もしかして、る気にさせちゃった?

 やっぱり言わない方が良かったな……。

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