第7話 褒美と脅し

 見上げればシャンデリア、床には赤いじゅうたん。

 そして目線の先には、これから生涯稼ぐ金額をつぎ込んでも買えるのかと疑問を覚える絵とか壺が並んでいた。

 

 はあ……。ぱっぱとあの町から離れればよかったか。


「セオドアくんだったかな。先日は娘が世話になったようだね」

 

 一日ゆっくり宿に泊まっていたらお礼をしにきたとかいって押しかけてきて、俺がここにくる原因を作ってきた銀髪の少女に似ている三十歳ぐらいのイケメンが礼を言ってきた。

 容姿はナイスミドルって感じで、主婦が井戸端会議とかできゃあきゃあと話題にされそうなルックスをしている。

 

「いえ、こちらこそいろいろと助けてもらいました」


 貴族の人に、いえいえどうも、みたいな返しができるわけもなく、自分からもお礼を言う形で頭を下げた。

 あの事件が起こった原因が向こうにあるとしても、お金関連とか、戦闘面でも助けてもらったのは事実だし。


「とりあえず、娘を助けてもらった謝礼はこれぐらいでいいかな?」


 オズボーン様の父親から紙を渡される。

 なんだろうと思って見てみると、数字の一の後にゼロが六つ並んでいた。


「えっと、これは……」

 

「もしかして、足りなかったかな?」


「……いえ、そんなことは。ちょっと多すぎるぐらいです」


 これやっぱり金か……。

 さらに欲しいといえば、雰囲気的に何の惜しげもなく今提示された倍以上はくれそうな雰囲気はあるけど、やめておこう。

 別にそんな金が欲しいわけでもないし、こっちから更にねだったという事実が残るのがなんか嫌だし。

 ……まあ、だからと言って貰わないのはお礼にならないだろうから、ありがたく頂くけどね。

 お金で解決ってのが、一番に後腐れなさそうな方法だしさ。


「旦那様」


 メイド長、そんな肩書きが似合いそうな眼鏡をかけた女性が扉を開けて入ってきた。


「どうしたんだ、メルディ」


 メイド長っぽい外見のメルディと呼ばれた女性は、こっちをちらりと見る。


「要件を伝える前に、場所を移させてもらってもよろしいでしょうか?」


「もう少し、セオドア君と話したいんだが……」


 メイド長っぽい人は何も喋らずに、オズボーン様の父親の方に視線を向ける。

 オズボーン様の父親は屈したような様子を見せた後、こちらを申し訳なさそうに一暼して、


「用事ができたみたいだ。心惜しいがここで席を外させてもらうよ」


「あ、はい」


 オズボーン様の父親は席を立ち、メイド長っぽい人と一緒に扉を開けてどっかに行ってしまった。


 なんか、忙しそうだな。


「あの、もう帰っていいですかね?」


 なんとなく引き止められそうだから嫌だなと思いながらも、家主がいなくなってしまったのでしかたなく家主の横に座っていた銀髪少女に聞く。


「泊まって行かないのですか?」


 オズボーン様は頭をこてんと傾ける。


 ……可愛い人間にしか許されないやつをしてきたな。

 意図してやっているかどうかは知らないけど……、どうせこれから関わるわけでもないし。


「えっとまあ。あまりにも豪華すぎるから気後れして疲れてしまったので」

 

 美味い飯と一生自分の部屋に飾られることがないと断言できるような高級そうな調度品の数々。

 他にも座り心地が最高のソファーとかもあって、ベッドとかもふかふかで寝心地が良かったりするんだろうなとは思ってしまう。

 それだけに、長居していると元の生活に戻れなくなってしまいそうなので、すぐに帰ることにした。


「そうですか、残念です。では帰ってしまう前に一つ頼み事があるのですが、聞いてもらえないでしょうか?」


「……いいですよ」


 聞きたくはないけど、何も内容を聞いてもいないのに断るのは感じが悪い。

 ……もしやりたくない事だったら、日和らないでしっかり断ろう。


「セオドア様、私の護衛をお願いできないでしょうか?」


「……すみません」


 考えていた限りの中で一番面倒な奴だった。

 しかも雇われるじゃなくて、護衛っていうのが責任重大そうで特にマイナスポイントが高い。


「依頼料は月に八十万ゴールドでと、考えているのですが」


 月に八十万!?

 てことは、一年で一千万近くだよな……。


「……帰らせてもらいます」

 

 金額の大きさに少し驚いて心を惹かれる部分はあったが、さっさと帰ることにした。向こうがさらに魅力的な条件を出して来る前に。






 オズボーン家からの帰り道、年一千万を不意にしたことを惜しく感じながらも、そんな金があっても使い道がないし……、いやでもなぁ、なんて考えをループしながら夜も遅いので人通りのない道を歩いていた。

 別に金というものに執着はないのだが、貰えるというならば漠然としたこれからの将来を考えると欲しくはなる。


「セオドアだったわよね、あんた」


「え?」


 周りに誰もいないと思っていたところに声を掛けられたので、少しビビりながら振り向いたらメイド服を着た赤い髪色をした美人さんがいた。

 確か……、


「オズボーン家のメイドさんですよね?えっと、自分、なんか忘れ物でもしましたか?」

 

「んなわけないじゃない。忘れるものが出るほどの荷物は持ち込んでないでしょ」


 いや、そうなんだけど。それ以外に理由が思い当たらないから聞いたんだけど。

 なんかめっちゃイライラしているし、口悪くないか?


「じゃあ、何の用事です--」


「動かないで」


 えっ、なんでナイフを突きつけられてるの、俺!?

 しかもなんか、知らない間に後に回り込まれてるみたいだし!?

 ……落ち着こう。とりあえず、冷静に、冷静に。

 

「な、なんでこんなことを?」

 

「あんたがお嬢様のお願いを断ったからよ」


「断っただけで!?」


 貴族様のご機嫌を損ねただけで殺されるとか理不尽すぎないか?

 ……でも、そういうもんだと言われたら、そういうもんな気もするけど。

 ……いややっぱ、理不尽すぎん!?


「簡単な話よ。あんたはお嬢様が白銀の騎士であると知ってしまったからよ」


 あー、そういえばそうだった。

 確かに向こう視点からしたら、俺を野放しにはできない理由になっちゃってるな。


「えっと、これはオズボーン家からの命令だったり?」


「いえ、あたしの独断よ」


 ……本当か?

 もし本当だとしたら個人の感情で客人に襲うメイドとか処罰対象だと思うんだけど。


「で、どうするのよ」


 独断というのは嘘な気はするが、今回が本当にこのメイドによる個人の判断だったとしても、これからは個人単位では済まされない可能性は結構高いと思う。

 それこそ、追っ手を派遣されるとか、指名手配される可能性も……。

 最悪、喋れない体にされるなんてこともあり得ない話じゃないのかもしれない。相手の規模感を考えるとそれぐらいしてきてもおかしくはないよな……。


 そもそもここで逃げる選択肢だって、気づかれないように背後を取れるような相手にそんなことがまずできるのかという話になってくるし。

 ……マジで不味そう。


 嫌な汗が頬を伝わる。


「分かりましたから!!大人しくお願いを聞きますから!!だから、ナイフをどけてもらえると」


 必死な命乞いが意味を成したのか、メイドは俺の首元に向けていたナイフを下ろししてくれた。


 ……怖かった。


「ついてきなさい」


 はあ、良かった。……でもこれ、向こうの要求を飲まなきゃいけなくなっちゃったな。

 いやでも、相手の要望をことわった時点で機嫌を損ねてしまい問答無用で殺されたりなんてこともありえたわけだから、俺自身に用があったのはありがたいのかもしれない。

 そう考えたら、俺って貴族様の要望を断ったのはかなり馬鹿なことだったと言えるんじゃないか?

 ……これからはもうちょっと、権力ってものについて考えた方がいいのかもしれない。

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