第6話 賠償金

 俺の願った通りに帰り道では、サースさんが自分よりも十五センチ以上背が高いウォーレスさんを背負って、かなりしんどそうにしていたこと以外には何も特質したことはなく、平和ではあったんだけど……。


「積荷の運送途中にトロールに襲われ、その後依頼を受けた冒険者の一人であるデイルが依頼人と二人の冒険者を殺した。そういうことか?」


「そうだけど」


 このように、ギルドについて受付に事情を説明したらギルドマスターのところまで案内されて、もう一度説明しなきゃいけないという面倒な事態になってしまっていた。


 ちなみに、デイルというのは丸刈り冒険者のことだ。

 名前がわかっているのは自分達の中で知っている人がいたわけではなく、ギルドの受付で冒険者を一覧できる写真を見せられて、丸刈り冒険者がディルという人物だと判明したからだ。

 ……というか、あの写真はいつ撮ったやつなんだろう。俺ももしかして、知らない間に撮られたりとかしてたりするのかな……。


「にわかには信じ難いな。デイルという冒険者に何も利益がないではないか」


「知らないよ、そんなの。こっちだって嘘をつく意味ないだろ」


 さっきギルドの受付でもあんまり言っていることが信用されてなかったし、今回は完全に否定されたからか、ギルドマスター相手なのにサースさんの感じが悪い。

 ただそれでも、ギルドマスターはこういう手合いに慣れてるからか、特に目くじらを立てるようなことはしないみたいだ。

 そういう態度が、さらにサースさんの神経を逆撫でしているような気はするけど。


「持ち物検査をしたが、盗品らしきものは無かったと聞いているからな……。確かにそんな嘘をつく動機もないか」


 ギルドマスターの言葉にサースさんはビクッとする。

 多分だけど、あの時積荷からネコババしようとしたからだろう。

 

 これ、俺にも飛び火してた可能性があったよな……。

 飛び火っていうか、事情があったとはいえ俺は積み荷においてあった回復薬を勝手に使っちゃったんだけどね。

 ……何にしても、フィリスさんという存在がストッパーになってくれて良かった。


「しかしなんでそんなことを……。そこの二人はわからないか?」


「わかんねぇ」


 気絶させられただけで特に目立った怪我とかなかったウォーレスさんは、悔しそうに答える。

 何も出来なかったことが悔しいんだろう。

 

「自分もちょっとわからないですね」


 素知らぬふりをしたが、もちろん本当はフィリスさんが原因だと分かっている。

 だけど、そのことを言ってもいいのか許可を貰っていないので知らないふりをすることにした。

 だって、戦争の抑止力にもなりえる白銀の騎士が戦えないなんていうのは国家級の機密情報といっても過言ではないだろうから


 それこそ、バラしたら俺が口の軽い人間だと判断されて、内々に処理されるとかありえない話じゃないよな。……絶対に黙っておこう。


「フィリスさんはどうかな?」

 

「申し訳ありませんが、あまり心当たりは……」


「ふむ、そうか。なんにしても、今回の依頼で損失した荷物の分は君たちに支払ってもらう」


 え、マジで?積み荷あった商品全部を?

 絶対それって、俺がここ数年かけて稼いだ金なんかじゃ話にならないレベルの金額になるよな?

 急に血の気が引いてきた……。


「はあぁぁ!?なんでだよ!!」


 サースさんは今まで以上に声を張り上げた。

 怒りもあるのかもしれないが、こわばっているようにも見えるから、俺と同じようにこのままだと不味いという感情があるんだろう。


「それは君たちが依頼に失敗してしまったからだ」


「依頼に失敗したって。今回のことを起こしたのは僕たちじゃないって言ってるでしょ」


「いや、今回依頼を失敗したのは君たちだ。同じ依頼を受けたものが起こしたことなのだから。君たちはその冒険者を止めなかったわけでもあるのだから」


「止めなかったんじゃなくて、止められなかったんだよ!それに連帯責任みたいなこと言っているけど、そっちが用意した冒険者が問題を起こしたわけだから、あんたたちの責任でしょ!」


 いいぞ、もっと言え!

 積み荷の賠償金とか考えたくもない金額になりそうだし、言い負かしてくれないと困るから!


「そうは言うが、私達ギルドは君たちのことを信用して派遣しているからね。そういう同業者がやらかしたときは君たちが対処してくれないと。なんにしても、君たちが全額支払ってもらうからね」


 信用……、絶対そんなのしてないだろ。

 何にしてもこのギルドマスター、折れそうにないな。

 この話し合いにおいてこっちの方が正当性はあると思うんだけど、向こうの立場が上だから、話を取り合わないということになればこっちからはどうしようもできなさそう……。


「私がすべて払います」


 フィリスさんが声を上げる。


「何を言ってるんだね。君のような小娘が払いきれるような――」


「お嬢様!!」


 真紅の髪色が目立つメイドの衣装を纏った少女が、木製の扉を勢いよく開けて入ってきた。


「なんでこんなことになっているんですか、お嬢様!心配したんですよ!」


「……たまたま乗った馬車でちょっとした事件が起きてしまって」


 ちょっとした事件って……、誘拐というか殺されかけたんだよ?それに今、結構な損害賠償を迫られることになってるし。


 本当の事を言いたくないだけなんだろうけど、結構な目にあっている当事者としてはそうつっこみを入れたくなってしまう。


「馬車って……、お嬢様はお金持ってなかったですよね」


「ええ、ですから――」


「少しいいかね?いきなり入ってきたけれど、君は誰かな?」


 ギルドマスターはメイド少女と、その後ろにいる受付の恰好をした女性に目を向ける。


「失礼。私はフィリス・オズボーン様の専属メイド、クローディア・フェルメリアという者です」


「オズボーン!?伯爵家の!?」


「はい」


 フィリスさん--いやここはオズボーン様がいいか、やっぱり貴族だったのか。まあ、風格があったし驚きはない。

 しかも、家名を聞いただけでわかるって事は結構知名度のある貴族なのでは?

 俺はそう思ってウォーレスさんとサースさんを見たが、まさか!?みたいな反応はしてなかった。

 そんな反応から貴族だからあまり雑な対応を出来る相手ではないということなのかと思ったが、ギルドマスターが家名に反応したことを考えると有名ではあるんだろう。

 

「それなら、ディルという冒険者が強行に及んだ理由としては妥当だな……」


 ギルドマスターは独り言のように呟く。

 貴族のお嬢様を誘拐して、身代金を要求するつもりだったのではないかって感じに思ったのかな?

 だとしたら、オズボーン様にとって都合の良い感じに勘違いしたみたいだな。


「お嬢様を連れて行っても構いませんか?」


「いや、その前に今回の依頼で出た損害を払ってもらうことを約束してほしいのだが」


「損害?どういうことですか?」


「今回の依頼でローレンス商会の荷物を紛失してしまっていてね。おそらく向こうから請求が来るだろうから、それを払ってもらいたくてね」


「どうして、こっちがその賠償金を払わなくちゃいけないんですか?」


「今さっき、そちらのお嬢さんが払ってくれると言ってくれたからね」


「……本当ですか?」


 赤髪のメイドさんはオズボーン様を呆れたような様子で見る。


 どっかにいなくなったお嬢様が借金を抱えてくるわけだからな、そういう顔をしたくなるわな。


「はい。今回は私が原因ですから」


「……分かりました。私からは支払うことは確約できませんが、当主様に後ほど伺っておきます。これでいいですか?」


「そういうことならば。好きに帰ってもらって構わないよ」


 ギルドマスターはこっちをちらりと見てから、了承する。


「ありがとうございます。さあ、お嬢様行きますよ」


 メイド少女はオズボーン様の腕をがっしりと掴む。


「ディア、そんな掴まなくても……」


「ダメです!離したらまたどこかに行かれてはたまりませんからね。……お騒がせして申し訳ありませんでした。失礼いたします」


 メイド少女は頭を下げ、オズボーン様の腕を引っ張りながら部屋から出ていく。

 そして、受付の人も頭をぺこりと下げ、扉を閉めながら部屋から出ていった。


「あの、僕たちは?」


「まだ聞きたいことがあるのでまだ帰さないよ」


「はあ?なんでだよ!」


 サースさんはやっぱりといった表情、ウォーレスさんはイラついているように見える。


 まあ、あのメイドに行っていいと許可を出した時こっちをチラッと見てきていたから、こうなる予感はしていたけど。

 舐められてるなぁー、これが立場の差というやつか。

 払いきれない借金がなくなっただけましだけど。


「では、今回の事件についてさらに詳細に教えてもらおうか」


 これ、デイルというやつのこと詳しく話したらなんでそんな奴と戦って生きてるのかって話になるよな。

 そうなると、俺が戦ったって話になったら何故Eランクなのかともなっていく可能性も。

 はぁ、憂鬱ゆううつだ……。


「では、この街から出た段階から詳しくお願いするよ」


 ここからそんなことまで聞く必要はなくない?そんなふうに感じることまで詳しく聞いてきたので、二時間ぐらい拘束された。

 でもサースさんが、デイルという奴は魔道具を持っていた魔道具が強力だっただけで実力は何とかなる程度だったから、自分が視覚外から弓でその魔道具を破壊して何とかセオドアと協力して撃退した、と伝えてくれたため、俺が手を抜いている事をバレないで済んだ。


 サースさんは俺がEランクの実力でないことを、ギルドにばらされたくなかったのを察してくれたのだろう。

 ばらされたくない理由が、面倒だからランクを上げたくないからだとは思っていなさそうだけど。

 なんにせよ、ありがたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る