第5話 プロローグ5

「やはり、貴様が白銀の騎士なのだな」


「……降参してくれますか?」


 白銀の騎士!?いや、確かにそこら辺の冒険者よりは強いだろうけど、一人の力で軍を引かせるほどでもない気が……。

 でも、実力者でありながら年齢的に実践経験が少なそうで、人が目の前で死んだことで戦えなくなってしまう。なんかさっき俺が冗談半分でウォーレスさんに言った条件と当てはまっているような……。


「確かに私では貴様には勝てないかもしれない。でも、貴様は私にとどめをさせないだろう?」


「別に今のあなたなら、拘束することぐらいならできます」


「どうかな?ギリギリな状態でありなおかつ人を殺すことが出来ない貴様になら、逃げることぐらいなら出来ると思うが」


「……」


「休戦というのはどうだ?」


 休戦か……。

 俺としてはありがたいけど、白銀の騎士なのだとしたら少女としては避けたいだろうな。

 どこに与しているかさえ分からない相手に、自分の正体や弱点を知られてしまったのだから。


「じゃあな」


 少女は去っていく丸刈り冒険者には何もせず、ただ見送る。


「大丈夫、なんですよね?」


 丸刈り冒険者が逃げた方向をしばらく眺めていた少女は、こっちを向いて話しかけてきた。


「いっ。あ、はい」


「……本当に大丈夫ですか?」


 うん。ぜんぜん大丈夫じゃない。

 むしろさっきよりも痛くなってきているし。それこそ、声を出して痛みを誤魔化したくなるぐらいには。

 もしかしたら、さっきまでは戦いに集中していたからアドレナリンってのが出てて、今は切れているから本来の痛みを感じることになっているのかもしれない。


「すみません。私には回復魔法は使えなくて」


「……いえ」


 太ももを抑えて下を向くことで痛みに耐えていたら、少し離れたところからガサゴソと何かを漁っているような音が聞こえてきた。


「これを使ってください」


 声を掛けられて顔を上げたら、少女は緑色の液体が入った瓶を持っていた。

 俺は商人が乗っていた方の馬車をちらっと見る。


 ……絶対にこの少女が持っていた奴じゃないよな、この回復薬。……でも、このままの状態で歩けないし。


 俺は剣が突き刺さったままのふとももに目を向ける。


 回復薬を飲むにしても、剣が刺さったままだと物理的に治らないだろうから、引き抜かないといけないよな……。

 足から剣を抜くときの激痛と血がドバドバと噴き出る光景が思い浮かんじゃって。抜かないといけないのは分かってるんだけど……。


「私が引き抜きましょうか?」


「……お願いします」


 人に任せるのは怖い気持ちはあったが、自分でふとともに刺さっている剣を引き抜くような勇気はないから、目をつぶって少女にやってもらうのを待つ。


「いたぁぁぁー!?」


「どうぞ」


 激痛に涙を流しながら少女から手渡された回復薬を受けて取り、一気に飲み干す。

 すげえ草っぽい味がしてまじい。でもだんだん痛みが引いてきているような……。


 ふとももに目を向けるともう傷が塞がっていた。


「どうですか?」


「……なんかもう、治ってきてるみたいです」


 痛みも引いて来ているしそこそこ深かったあの傷が一瞬で治るとか、かなり高級な奴だったんじゃないか?それこそ今回の依頼の報酬よりも。

 まあ、この回復薬なかったら動けないし、痛くてしょうがなかったし……。うん、良かったんだこれで。


「良かったです」


 少女は胸をなでおろす。


「この度は巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 少女はお腹に手をあて、頭を深く下げるといった綺麗なお辞儀を見せた。


「いえ、そんな。あなたがいなかったらかなり不味いことになっていたので……。その、むしろ助かりました」


 向こうに頭を下げさせるだけなのは気まずいので、こっちも頭を下げる。


「だとしても、私がいなければこのような事態にはならなかったはずですから……」


 うん、まあ……。

 いるかどうかも分からない密航者である少女のことを追って、丸刈り冒険者がこの依頼を受けていたとは考えづらい。

 だけど、この少女がいたからこそ丸刈り冒険者があんな強硬手段に及んだんであろうということは否定できないからな。


「あの、大丈夫ですから」


 だとしても、そうだそうだと責めるつもりにはなれない。

 相手が自分よりも年下かもしれない少女であり、なおかつひどい目にもあっているから。


「ですが……。せめて何か形あるもので謝罪したいのですが、今手持ちがないので……」


「そういうの本当にいらないですから」


 気楽にひっそりと生きていくためにはこういう人たちと関わり合いにならないようにしたいという気持ちから、しっかりと拒否をする。


「そうです!!我が家に招待して、そこで謝罪を兼ねたお礼をさせてください!!」


 人の話を聞いていないのかコイツ。いらないって言ったよね。

 しかも、家に連れてかれるとかいう考える限り一番面倒そうなお礼の仕方だし。


「いいで--」


「もしかして!私のことが許せないから、謝罪さえさえてもらえないということでしょうか……?」


 少女は俺の言葉をさえぎり、ウルウルとした瞳をこっちに向けてくる。


 うっ、なんでお礼を断っている俺が悪いみたいな感じになってるんだ……。


「いや、別に許してますから。だからその--」


「ならよかった。お礼は後にするとして、これからどうしましょうか?」


 また俺の言葉を遮って、お礼についてうやむやにしてきたな……。いきなり生き生きしだすし。

 さっきのしょぼんとした態度はどこにいったんだよ。


「とりあえず、馬車で移動できれば楽そうですけど……」


 この少女と言い合いしている場合でもないことは分かっているので、この状況をどうにかする方向性の話を進めることにした。


 馬車で、とは言いはしたけど、全部の馬が倒れているな……。生きているのがいたとしても、馬車を引いてくれるほど元気がありそうなのはいなさそうだ。

 丸刈り冒険者が足となるものをしっかりと断っていたということだろうな。


「ちなみになんですけど、馬車の御者みたいなことって出来ましたか?」


「いえ、そういった経験はありませんね」

 

 なさそうだなとは思っていたけど。これで、未練がましく考えずに済むな。

 むしろこの少女に乗馬が出来て馬だけ生きていたら、馬の乗れない俺だけ取り残されていた可能性すらあるし。

 この少女は密航していることがばれる覚悟で自分たちのことを助けてくれたわけだから、そんなことをするような人ではないと思うけどね。

 だとしたら、馬に乗れるといろいろとメリットはありそうだけど、ないものねだりをしてもしょうがない。


「馬が使えないわけですから、徒歩で移動するしかありませんけど……」


 少女は俺のふとももに視線を向ける。


「歩きは厳しそうですか?」


 俺は足を浮かせて、上下左右に動かしてみる。


 うん、完全に治ってるみたいだ。


「いや、問題ないと思います」


「それなら次に考えることは、引き返すのか、依頼の目的地に向かうのか、それとも別に行く当てがあるのかといったところでしょう。ちなみに……、そういえばまだ名前を名乗っていませんでしたね」


 そういえば確かに。


「私はフィリスと申します。これからよろしくお願いしますね」


「自分はセオドアです。こちらこそよろしくお願いします」


 名前を教えたらなんとなく逃げられなくなりそうで嫌だったんだけど、ここで名乗らないわけにもいかないよな。


「話を戻すのですが、私としては特に行く当てがないのなら、道を引き返した方がいいと思っています」


 引き返した方がいいか……。

 どっちの選択肢を取るにしても俺は道が分からないけど、一応景色とかはある程度見覚えがあるはずだからフィリスさんの言う通り引き返す方がよさそうではあるな。


「フィリスさんは道とかって、分かりますかね?」


「いいえ。ここら辺は初めて来たので」


「そうですよね。だったら引き返した方が良さそう――」


「帰り道なら僕が分かります」


 今一番欲しかった言葉を発された方を向くと、ウォーレスさんを背負っているサースがいた。


 ……すっかり二人の存在を忘れてた。

 ……なんか、小柄なサースさんが身長の高いウォーレスさんを背負っているの、違和感があるな。構図として普通は逆だろうからなんだろうけど。


「でしたら案内していただいても?」


「はい。ただ僕はウォーレスを背負っていて戦えないから、魔物の相手は任せてもらってもいいですかね」


「ええ、大丈夫です」


 サースさんは確認をとるためかこっちを見てきたので、声を出さずに頷いた。


「その、ウォーレスさんは大丈夫そうですか?」


「……ああ。息はしているし、何よりも無駄にしぶといところがこいつの一番の取り柄だからな」


「ならよかったです」


 軽口叩いて心配するそぶりを見せないし、本当に大丈夫そうだ。

 あまり面識がないとはいえ、馬車の周りには依頼人の商人と同行している冒険者の死体が転がっているのも気分が良くないのに、さっき知り合った人がその仲間入りというのは流石に嫌だからね。


 ……そういえば、フィリスさんって人の死が敏感だったよな。

 体調をまた崩されても困るし、さっさとここから去ったほうがいいか。


「じゃあ、案内してもらってもいいですかね」


「オーケー。でもその前に積み荷にあるもんをいただ……、そちらもそれでいいですかね?」


 おそらくサースさんは積み荷にあるものをパクろうとしたんだろうけど、フィリスさんの顔を見てやめたくさいな。

 冒険者の俺ならともかく、フィリスさんの見た目からしてそういうことに難色を示しそうだと思ったんだろう。


「はい。道案内お願いします」


 もう面倒なことは起きないで素直に帰らせてほしいな、と遠い目をしながら帰路となる道に目を向けた。

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