第4話 プロローグ4

「本当に無能だな、こいつは」


 ……この顔立ちが整っているのに丸刈りの人、たしか商人側の馬車に乗っていた冒険者だよな。


「ひぃぃ!」

 

 後ろから御者の悲鳴声を上げ、どたどたと走るときに出るような音が聞こえてくる。

 丸刈り冒険者は腰に差していたナイフをどこかに投げつけて、少し離れた場所で何かが地面にばたりと倒れこむような音が聞こえてきた。


 ……この冒険者から目を離さない方がいいな。

 それにしても、商人側の馬車にも冒険者はいたはずなんだけど。こんな事態になっても出てこないってことは……。


「トロールをわざわざ剣の鞘で頭を叩いて倒したところを見てほぼ確信していたが、やはり血がトラウマになって表に出てこれなくなっていたのか。……私はついているみたいだ」


 何のことかと思って丸刈り冒険者の視線の先に目を向けると、トロールを一瞬で倒したはずの少女が顔色を真っ青にして口元を手で押さえていた。


「じゃあ、確保するか」


 とても今回の依頼を受けるような低ランク冒険者とは思えない踏み込みで少女に近づき、短剣を振りおろす。


「ほう、まだ攻撃を受け止めるぐらいの元気はあるみたいだな」


 少女は地に膝をつき息を荒くしていたが、丸刈り冒険者が振り下ろした短剣を受けて止めていた。


「だが、それだけだ」


 丸刈り冒険者は少女のことを蹴り飛ばし、尻餅をつかせる。

 そして片腕で髪の毛をつかみながら少女のことを無理やり立たせ、もう片方の腕で腹に拳をめり込ませる。


 ……ちょっと、まだ若い少女にやりすぎじゃない?


「おい!やめろ!!」


「ん?ああいたな、お前ら。後で片づけてやるから待っておけ」


 ウォーレスさんは丸刈り冒険者の言葉を無視して、背後から鉤づめを装備した右腕を振りおろす。

 丸刈り冒険者はつかんでいた少女の髪を離し、背後からの攻撃を屈んでさける。そして、屈んだ姿勢から繰り出された回し蹴りによりウォーレスさんは蹴り飛ばされて木に叩きつけられた。


 えっと、結構えぐい音がしたけど……。


「おおっと」


 丸刈り冒険者は顔を逸らすと、何かが通り過ぎたように見えた。


「いい腕をしているな。低ランクにしてはだが」


「くっ!」


 サースさんが弓を構えながら悔しそうにしている姿を見て、さっきの何か通過したものは弓に装填されていた矢だと察しがついた。


 今のサースさんによる攻撃って、完全に意識外からだったと思うんだけど。……なんでこんなやつがしょぼい護衛の依頼を受けてるんだよ。

 ……この丸刈り冒険者、さっき俺たちのことも片づけるとか言ってたよな。

 ということは逃げるのは無理か。……やるしかないのか。


「フレイムボム」


 俺は魔法を丸刈り冒険者がいる辺りに座標を定め、爆発を起こさせる。どかーんという音の後、炎が舞い上がる。


 ……姿が見えないな。やりすぎたかな?

 

「クソがぁ--!!」


 叫び声が聞こえた方を向くと、丸刈り冒険者が傷だらけになりながらおぼつかない足取りで立っている姿が見えた。

 

 魔法の座標とした場所と違う場所にもう移動している?

 服がボロボロになっているし、避けきれたわけじゃなさそうだけど……。


「お前か」

 

 殺される!?


 相手は手負いでボロボロなはずなのに、負の感情がこもった瞳を向けられて寒気を感じた。


 ……気負わされてる場合じゃない!

 完全な不意打ちでも避けられる相手だと認識して対処しないと。


 カランコロン。

 意識が思考にいっている中で瓶か何かが転がったような音がしたら、丸刈り冒険者が現れてから張っていた防御壁をやぶられたのを感じ、本能的にすぐさまやぶられた箇所にさらに強固な防御壁を張りなおす。


「ホーミングアロー」

 

 頭上にいるであろう何かに目を向ける前に、標的を自動で追いかける魔法の矢を放つ。

 魔法の矢を放ったことで防御壁への攻撃は感じなくなる。

 そして、何かがいたであろう場所に目を向けたら後ろに飛びのきながら俺が放ったホーミングアローを叩き落とし、地面に着地する丸刈り冒険者の姿が見えた。


 さっきまで傷だらけでフラフラだったよな?

 その割には動きがヤバくない?全く何をしていたのか見えなかったんだが。


 そんな疑問が湧いたところに、無造作に捨てられている瓶が目に入る。


 ……回復薬か。

 一応、思考に意識がいっていた時も丸刈り冒険者から目を離さなかったから、フレイムボムを食らってすぐに飲んだのかな?

 さっきの何かが転がる音が聞こえたのも、飲み捨てた回復薬の瓶が転がったのが理由か。

 すぐに襲い掛かってこなかったのは、回復薬っていうのは飲めば一瞬で治るようなものじゃないから、傷が癒えるまで様子見されていたと考えるべきだな。


「何者だ?お前」


「普通にただの冒険者ですけど」


「……言うつもりはないということか」


 丸刈り冒険者の発言的に実は王国の魔導師団に所属しているエリートとは行かないまでも、そんな感じの所に所属していると想像しているのかもしれない。

 Eランクの実力じゃないからそういう風に思われたんだろうけど、本当に関わりないんだけどな。


「ここで手を引くなら見逃してやってもいいぞ。もちろんここであった出来事は他言しないことが条件だがな」


「クイックバレット」


 俺が返事の代わりに放った魔法は、丸刈り冒険者は体を逸らすことでよけられた。


 これも不意打ちだったんだけど……。

 仮にこの不意打ちが読めていたとしてもどこに打ち込まれるのかもわからない中で、発動時間と弾速が売りのクイックバーストを避けるとか、ほんとうに相手は人間か?


「交渉決裂でいいのか?」


「そうですね」


 まだ話を続けようとするってことは、今のはそこまで脅威じゃなかったっぽいな。

 はぁ……、逃げたい。


「なんでだ?まだ会って間もないやつらのためにか?」


「……まあ、そうですね」


 んなわけない。

 俺にはあったばかりの人のために命を懸けられるような高尚な精神は持ってはいないし。


 ただ、さっき丸刈り冒険者は皆殺しにする的なことを言っていたわけだから、見逃すとか言われても。

 もちろん、相手にしたくないという意図があるのかもしれないが、元々目撃者を生き残らせるつもりがないやつが俺だけを見逃してくれるという言葉を素直に鵜呑みにするつもりにはなれない。


 それにこの場は逃げられたとしても、その後の道中でこの丸刈り冒険者の仲間が襲ってくる可能性もあるわけだし。

 相手からしたらどんな素性かもわからない相手に今回の出来事を知ったまま生かしたくはないだろうから。

 もし俺が何かしらの組織に所属している人間だとしたら、目の前の少女が誘拐されたということがばれるだけでなく、この丸刈り冒険者がどこの手のものなのかを判別できてしまう可能性がある。つまりは、丸刈り冒険者は絶対に俺のことは生かしておきたくないはないと思っているということだ。

 そういう見逃されない可能性があるんだったら、別に俺も見捨てることに罪悪感がないわけじゃないし、ここで戦った方がいいよな?

 

「愚かだな、お前は」


 俺は相手が目視できないほどの動きをしてくることから、さっきよりも強固な防御壁が体すべてを覆うように張る。


「亀のように防御壁を張っているだけじゃ勝てないぞ」


 丸刈り冒険者は何度も何度も俺の見えないスピードで防御壁を傷つけてくる。

 だけど、破られそうになっているところは修復しているので、俺には攻撃が届いてない。


「いつまでこもっているつもりだ!」


 相手の攻撃の切れが増していくのを感じながらも数分時間が過ぎたところで、そんな質問が飛んできた。


 この攻防にしびれを切らしてくれたのかな?


「まあ、魔力が尽きるまでは」


「……それに何の意味がある」


「時間が経てば経つほど別の通行人が通る可能性が高くなりますし、魔力量だけはまあまあ自信がありますから。自分の魔力量とあなたのスタミナとの我慢比べっていうのも悪くないとも思っています」


「……ちっ」


 丸刈り冒険者からの攻撃がさらに激しくなっていく。


「これで!」


 少し視線を上げたところに、丸刈り冒険者が逆手にしながら両手で短剣を握っている姿が見えた。

 その短剣によって防御壁が破られる。


 破られた!

 なら、やるしかない。


「エアリアルバースト」


 防御壁が破られた方向に、人一人ぐらいなら余裕で吹き飛ばせる暴風が吹き荒れる。


「イグニッションバレット」


 つづけてトロール程度なら簡単に風穴を作れる魔法の弾丸を、吹き飛ばされた丸刈り冒険者がいるであろう方向に放つ。


 とっさの思い付きだったけど、上手くいってよかった。


「いつぅぅぅ!?」


 決着がついたことと、動きが見えないならば防御壁を破られた場所から敵の位置を特定するという策が上手くはまって安堵を覚えていたところに、ふとももから激痛が走る。

 目元に涙が溜めながら痛みが感じる場所に視線を向けたら、ふとももには剣の柄が刺さっており、血がだらだらと流れていた。


「ちっ、急所は外したか」


 倒せたと思った丸刈り冒険者は肩を抑えた姿で現れた。


 ……この痛みを抱えながら延長戦は無理だよ。逃げる?いや、そんなことさせてくれるわけが……。

 余計なことにを思考を割いてないで、まずは防御壁を張らないとか。


 ……痛え!!

 俺は防御壁を張ったが、太ももからくる痛みのせいで集中できなくて解除されてしまう。


「やはり、経験不足みたいだな」


「……経験不足っていうのは?」


「簡単なことだ。痛みで戦えなくなっていること、その程度のことが原因で使えなくなる魔法に頼り切っていることだ」


 確かに……。

 いや、相手の言葉に感心してないでどうするか考えないと。……くそ、思考がまとまらない!

 もう、相手も肩は逝かれてそうだから魔法をぶっぱすればどうにでもなるだろ!


「ウィンドスライス」


 いくつもの風でできた刃を縦や横、斜めにかたけむけながら丸刈り冒険者に飛ばしたが、飛んできている風の刃と逆方向に体を逸らしながらこっちに近づいてくる。

 風だからほぼ無色だし、かなり薄いから目を凝らしたらようやく見えるかなってレベルのはずなのになんで避けられるんだよ!

 確かに俺も痛みで魔法をいつもみたいに連発できてないけど、相手も本調子じゃないはずなのに!!


 ……相手の異常性に愚痴を言ってる場合じゃないか。

 このままじゃ距離を詰められるだけだし、どうにかできる手を考えないとだけど……、どうする?

 

 俺がそうやって迷っているうちにも丸刈り冒険者は近づいてきて、相手の得意な距離感に持ち込まれる。

 そして、丸刈り冒険者は俺の刺さっているものとは違う短剣を手にしていた。


 相手の獲物は俺のふとももに刺さっているはずなのに。予備を持たれていたのか!

 とりあえず、防ぐしか!


「大した時間稼ぎにもならないぞ、そんなのでは!」


 丸刈り冒険者からの猛攻を、俺は痛みで集中力を切らさないことを意識して防御壁を張る。

 相手から指摘されたとおり、時間稼ぎにしかならないことが分かっていても他にできることが思いつかないから。


 でも、思いつかないからってこのままじゃじり貧だぞ。

 クソ、頭が回らない!!


「大丈夫ですか?」


 息苦しそうでありながらも凛とした声を掛けられたのと同時に、防御壁に何かがぶつかる感覚がなくなる。

 痛みを耐えるためにうつむいていた顔を上げたら、腹パンされてダウンしていた少女が丸刈り冒険者の攻撃を受けて止めている姿があった。


「なんとか」

 

 今までは大丈夫じゃなくて、目の前の少女のおかげでそう答えられる状況になりそうだという方が正確だけど。


「あとは任せてください」


 かなりしんどいから、任せられるなら任せたいけど……。顔色がまだ青白いし、本当に大丈夫か?

 それにこの丸刈り冒険者、めちゃくちゃ強いし。


「いえ、手伝いま--」


 いい勝負は出来る自信はあるんだろうけど、少女の調子が悪そうというのもあって後方から魔法で支援することを考えていたら、丸刈り冒険者の短剣を弾き飛ばして首元に剣を突きつけた。


 ……圧倒的すぎない?

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