第3話 プロローグ3

「おいおいマジかよ……」


「あんな少女が……。僕たち、夢でも見てるんですかね……」


 ……すごいな。

 一切ためらう様子も見せないで、トロールに跳びこんでいったから何とかする自信はあるんだろうなとは思ったけど、一撃って……。

 しかも何をしたのか全く見えなかったし。


「お、おい、馬車を止めろ!」


 脅威が去ったのを理解したからか、商人は声を張り上げる。

 言われる以前に御者は馬車を止めてはいたが。


「大丈夫ですか?」


 俺は人生で初めて息をのむという言葉の意味を理解した。

 どこにでもいそうな服装をしているのに、キラキラというか張りを感じる銀色の髪と銀色の瞳、しっかりと左右対称になっている顔と整っているスタイル。

 そして人を真に心配するような様子から人間味を感じられ、完璧すぎることによる近寄りづらさも感じない。


 ……この美女、いや、俺と同い年か少し下ぐらいに見えるし美少女という方が正しいか。

 深淵のお嬢様といった容姿をしていて戦いには無縁そうに見える少女が、いとも簡単にトロールを物理的に倒しているという不一致感が凄い。

 しかも、まだ全然本気を出してなさそうだし。


「ええ、大丈夫ですよ」


 依頼者である商人は少女の方を向いてニマニマとした笑顔で近寄っていく。


「トロールの討伐、ありがとうございます」


「いえ、私にできることをしただけです」


 商人は被っている帽子を押さえながらお辞儀をし、少女は人が安心するような笑みを浮かべた。


「それでお嬢さんはどなたですかな?今回の護衛の依頼で受けた方ではないと思うのですが?」


「あ!!ええっと……」


 ん?

 ……あーもしかして。


「おやおやまさか、黙って乗り込んでいたのでしたかな?」


「……はい」


「それはいけませんね。なら、運賃を払っていただかないと」


「申し訳ありません。ただ今は持ち合わせがなくて……。後程払いますから」


 トロールを倒してくれた功労者である少女は困っているような様子を見せていた。

 そんな少女の様子を見て、助けてくれたんだからそれぐらい許していいんじゃないのと思ったのだが……、商人が人って弱みに付け込む時ってこういう顔をするんだな、って感じの笑みを浮かべているのを見て、許す気がないことを察した。


「後程と言われても困りますねぇ。今ここで、はいそうですかとその言葉を信用するわけにはいきませんよ」


「申し訳ありません……」


「なら、別の方法で払っていただくしかありませんね」


「別の方法?」


「ええ。お嬢さんはかなり腕が立つみたいなので護衛をしていただくのがありがたいですね。それプラス、私を満足させてくれることをして下さるなら料金は弾みますよ」


 具体的なことは何も言ってないけど、中年の男が美しい少女に気持ち悪い笑みを向けている時点で、だいたい何を考えているのかは想像できる。


「おいあんた!命の恩人に対して何要求しようとしてるんだ!そんな運賃なんて、さっき助けてもらったのでチャラだろうが!」


 なんとなく義に熱そうな印象のあるウォーレスさんが商人に詰め寄る。

 助けてくれたというのとそもそもこういうことを許せない性格をしてそうだから、少女を擁護するつもりなのだろう。


「ふん、チャラかどうかは私が決めることだ。外野は黙っていればいい」


「あんだと、てめえ!」


 ウォーレスさんが商人のことを殴りかかろうとするが、サースさんは羽交い絞めをして抑えた。


「なにすんだよ!」


「落ち着けウォーレス!殴っても何も変わらないぞ」


「じゃあ、俺たちを助けてくれた恩人を見捨ててもいいってのかよ!お前は!!」


「それは……」

 

 商人はウォーレスさんとサースさんのやり取りを無視して、少女の方を見る。


「それでお嬢さん。代金はどう払っていただけますかな?」


「先ほどのトロール討伐だけではだめでしょうか?」


「本来ならそれだけでもよかったのですが、今荷台を調べてみたところ三十年物のワインが割れてしまっていたのを確認しまして。それ以外にもいくつもの調度品がダメになってしまっているので、それだけでは厳しいですなぁ」


「……そのような状況になっているのは、私が原因だと?」


「すべてのものがそうとは言いませんが、お嬢さんが隠れていた際に壊していた可能性は捨てきれませんからねぇ」


「はあ!?そんなわけないだろ!壊れた理由なんて無理に馬車を方向転換させて馬に全力疾走させたからだろうが!」


「それはどうやって証明するのですかな?」


 まあ、普通に考えたらウォーレスさんが言っていることが正しいけど、商人が言っているように誰も証明しようがないことでもある。


「では、私はいくら払えばよろしいのでしょうか?」


「そうですなあ、だいたい一千万ゴールドといったところでしょうか」


「なんだよそ--」


 何か言おうとしたところ、少女は制すようにウォーレスさんの目の前に腕を持っていった。

 この話の張本人である少女がやめるようにといった仕草をしたからか、ウォーレスさんは今にも掴みかかろうとしていた勢いがしぼむ。


「どうしてそのような金額に?」


「……もちろん、壊れたものをざっくりと計算した結果ですよ」


 商人は少女にとって有利になるはずのウォーレスの発言を制したことに思うところがあったのか、ねちねちとした勢いが少しそがれたように見えた。


「なるほど……。先ほどあなたは、私がそれらのものを壊した可能性は捨てきれないと言いました」


「そうですなあ」


「ならば、壊してないという可能性もありますよね。それも、私が壊した以上に可能性が高い出来事もあったわけですし。全額私が負担するというのは理にかなっていないように思うのですが?」


「それはそうですが……。だからと言ってタダというわけには」


「ええ、だから私がトロールを退けたことでトントンということにしません?」


「……調子に乗るなよ小娘が。ローレンス商会を敵に回すつもりか!」


 商人は人良さそうな笑みから一転、唾を飛ばしながら怒鳴り声をあげる。

 まだ自分の半分も生きていないような少女が従わないことが我慢ならないといった様子で。


 ローレンス商会。たしか、ここら一帯で幅を利かせているところだったかな。

 高級商品とかも取り扱ってるけど、基本的には日用用品や食材を売っていて俺もそこそこ利用している。

 確かに大きい商会だが、低ランク冒険者を護衛に選ぶ程度の人間がローレンス商会を動かす力があるのかは疑問ではあるけど。


「いえそんなことは。ですが、あなたの要求は受け入れられません」


 この商人の負けだな。

 荷台の商品が壊れた弁償という話は、金額の大きさで驚かせて正常な判断をさせないという効果もありそうだし悪くない手だと思う。

 でもそれが通らないなら素直に諦めればいいのに。

 だってこの少女、どう考えても普通じゃないから。


 基本的に地位が高い人間、金がある人間は容姿が整っている人が多いというのを聞いたことがある。

 金か地位があるなら大抵の男は美人を妻にするだろうから、必然的に子供も容姿が整って生まれてくるってことなんだろう。

 だからと言って少女の容姿がいいから地位がある人間の子供とは言い切れないけど、堂々としり込みせずに自分の意見を発言でき、きっぱりと断れるのは、ある程度こういう交渉ごとに慣れていることが考えられる。

 じゃあ、ただの一般市民じゃないだろうなって。


 そこまで考え着いたのなら、少なくとも今はこの奇妙な少女に手を出すのが得策じゃないってなるだろうに。

 そもそも、誰も対処できなかったトロールを一瞬で倒せてしまうから、この場で実力行使しても勝てないわけだし。

 俺もこの少女が欲望を優先してしまいたいと思うぐらいの美人だとは思うから、この商人のことを愚かと言い切ってしまうのは可哀そうな気はするけど。

 強硬手段に出るようには見えないから、こんなことをしたっていうのもあるんだろうし。


「おい、お前ら!周りをかこ--ぐはぁっ!!」


 いくら都合のいいようにいかなかったからと言って、命の恩人でありトロールを倒した相手に武力行使するのか、こいつ。


 なんて思っていたら、商人の胸から剣の刃が飛び出てきてそこから赤い色をした液体が噴き出した。

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