第2話 プロローグ2
「前方からブラウンウルフを確認。数は二十匹以上」
頭上から張り上げた声が聞こえてきた。おそらく、商人側の馬車で見張っている斥候によるものだろう。
馬車から顔を出して見ると、少し遠くから茶色の毛並みをした狼の群れがこの馬車にだんだんと近寄って来ていた。
「行くよ、ウォーレス」
「おう」
言い争っていた二人は敵が来たことが分かると、各々のそばに置いていた武器を手に取る。
さすがに言い争いが原因で仕事の放棄はしないみたいだ。
この場面で何もしなかったら、依頼を放棄したことになって仕事の報酬がもらえないだろうから、そりゃそうか。
それに本気で言い争っているというよりも、じゃれ合っているように見えたし。
とりあえず、俺も仕事をしないとか。
「セオドア!何匹いける!」
「二はいけます」
ブラウンウルフは分類上では魔物扱いだけど、正直強さは野生の狼と大して変わらない。
だからといって、初心者に毛が生えた程度の俺の剣術じゃあ、馬車の荷物を守るという条件も付けくわえたら二匹でも正直いって怪しい。
「分かった!なら後ろを任せる」
ウォーレスさんはこっちに向かってくるブラウンウルフに近寄っていき、鉤づめのような武器で胴体を引き裂いた。
横から噛みつこうとしてきたやつには体を後ろに引く形で避けてお腹に蹴りを入れ、また別に襲い掛かって来たやつの頭を切り裂く。
「見ての通り、あの程度の魔物なら何匹いてもあいつ一人で十分だから」
サースさんは特に焦ったような様子は見せずに弓を引き、ウォーレスさんに襲い掛かろうとしているブラウンウルフの額を正確に打ち抜く。
そして、ウォーレスさんが蹴り飛ばして動かなくなったブラウンウルフにも脳天に矢を打ち込んだ。
殺しきれておらず魔物が起き上がってきた場合、ウォーレスさんの意識外から攻撃される可能性を考えてのことだろう。
「それに僕もいるしね」
サースさんはなんともないという余裕を見せながら、ウォーレスさんが取り逃した二匹のブラウンウルフの頭をまたまた打ち抜いく。
これ、俺の出番はなさそうだな。
出番があるからといって依頼料が変わるわけじゃないから、俺にとっても護衛依頼を出した人にとっても当たりの冒険者を引いたみたいだ。
依頼人としては、俺の分の依頼料は無駄だったと言いたいかもしれないが、抽選のなかにはずれを引いてしまったのだと諦めてほしい。
「ふぅー、終わったな。どうだ、結構やるだろ」
「はい。なんか、次々と敵を切り裂いて凄かったです。それにサースさんが弓でブラウンウルフを打ち抜いていくのも」
戦っている相手が相手だから多少おべっかになる部分もあるけれど、すごいという感想は本物だ。
たいして強くもないブラウンウルフに無双しているだけと言われればそれまでだけど、何匹もの魔物をいなしながら鉤づめで胴体を真っ二つにできてしまう身体能力と、ウォーレスさんに誤射をせずに魔物の額を次々と打ち抜くような技を低ランク冒険者が使っているのを見たことがない。
あまり他の冒険者とかかわりのない俺が見たことがないって言っても説得力がないとつっこまれそうだけど。
「おう、そうだろ。まあ、セオドアもまだまだ若いし精進すれば俺みたいに……ん?」
「どうしたウォーレス?……なんか揺れているような?」
確かに。
それもどんどん揺れが大きくなっていっている……。
「ドゥオォォォ--!!」
緑色のでっぷりとしたお腹をした巨体が馬鹿でかい声を上げながら、木々の中から顔を見せた。
「おいマジかよ、トロールじゃねえか!」
「なんでこんなところに!?トロールの生息域はもっと道から外れたところなはずなのに!?」
トロールか。Eランク冒険者の俺たちじゃ依頼を放り投げてでも逃げないとまずい相手だ。
そんなトロールはのっそりと顔を馬車のあるこっちの方へと向けてきているわけなんだけど。
「おい、反転して逃げろ!急げ!」
依頼人である商人の叫び声が聞こえてくる。
その商人の指示通りにこっちの馬車も反転して逃げようとした。
「なんでそっちも逃げようとしているんだ!お前たちは足止めをしろ!」
丸々とした顔の商人が馬車から顔を出して怒鳴り声をあげる。
「な!?トロールだぞ!俺たちじゃ相手できねえよ!」
豪胆な発言をしそうに見えるウォーレスさんにしては弱気な発言だな。
Dランクの中でも上位であるトロール相手に打って出ようと言わないのは、しっかりと自分の身の丈というものを理解できていて、正しい判断ではあるけど。
「そんなことは分かっている。だから足止めをしろと言ってるんだ!」
「待ってください!!それでは馬車はどうするのですか!?」
今まで黙って馬車を引いていた御者が悲鳴を上げた。その悲鳴だけで興奮し取り乱していることが伝わってくる。
「……冒険者ども、馬車から飛び降りろ!」
「はあ!?トロールが追い付いて来てないんだからそんなことしなくていいだろ!!」
サースさんの言っている通り、トロールは追いついてきてない。
それどころか、トロールとの距離が少しずつだが離しつつある。
「そんなことは見ればわかる。だが、このまま逃げていると他の通行人に迷惑がかかるだろ!」
「なら僕たちならいいってことですか!」
「……いいから降りろ!!」
大方、魔物を引き連れて別の人になすり付けて逃げ切れたともしても、のちのち問題になる可能性が見えているから足止めしてほしいのだろう。
俺たちが生き残りでもしたらどちらにしても悪評はつくだろうけど、それは俺たちが生き残った場合の話だし、俺たちのような低ランク冒険者がいくら声を上げたところで……、という意図もあったりしそう。
二人はどうするか分からないけど、俺はそんな悪意が透けてみえる指示に従わないことを決めたうえで様子を見守ることにした。
「すみません、降りて下さいませんか!」
御者はこっちに振り向いて、顔色を真っ青にしながら必死に頭を下げて懇願してきた。
「……どうするよ?」
「どうするってなんだよ……。まさか、降りるっていうんじゃないだろうな?」
「……ああ、そうした方が--」
「馬鹿か!そんなことするわけないだろ!」
「でもよ」
「でもよじゃないよ!トロールなんて僕たちじゃ逆立ちしたって勝てるわけがないんだから!」
「なら、私が相手します」
ウォーレスさんとサースさんの言い争いの結果を聞いてからどう行動するか決めようかなと考えていたところに、聞きおぼえのない、可憐さを感じさせる少女の声が聞こえてくる。
その声と共に、銀色の髪をなびかせた少女が御者の隣に飛び降りてきた。
……えっと、誰?というかこの人どこにいたの?
「おい!相手にするって、本気か!?」
少女はウォーレスさんの問いは答えずに腰に差してある剣の鞘を手に取り、トロールのもとに助走をつけ跳んだ。
少女は思っていた以上に高く跳びトロールの頭上を通りすぎたら、意識が飛んだかのようにトロールの巨体がドシンと音を立てて地面に倒れこむ。
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