コミュ障でやる気のない俺としては平穏がいいのに
@syumoku
第1話 プロローグ1
あー、退屈だ。
暇つぶしになりそうなものとかを持ち込まなかったのは失敗したなぁ……。
外の景色を見ていても、並んで歩いている一台の馬車と木や植物が生い茂っているような光景をずっとじゃ楽しめないし。
別に景色に心をうばわれるような感性を持っているわけではないけど、見えるものが変わってくれるなら気分転換ぐらいにはなるだろうから。
寝て時間をつぶすにも、この辺に生息しているコボルトかウルフ系統の魔物に寝込みを襲われるかもしれないし、何よりも同じ馬車に乗りこんでいる同業者の冒険者に手荷物を盗まれる可能性があるのがちょっと。
本みたいな高価なものはないし、今日の分の昼食と売っても千ゴールドにも届くか怪しい安物の剣ぐらいしか取られるものなんてないから、誰が盗むんだという話ではあるのだが。
だからと言って油断することは出来ない。
ギルドへ入会するときに、冒険者なんて命をチップにして戦うことで生計を立てている訳ありの集まりだからあまり信用しすぎるなと、受付から忠告を受けたことがあるから。
たいして強くもないのにまともな神経があってまともな生き方が出来るなら、普通は命の危険がない仕事に就くって話なんだろう。
特にこの馬車にいる冒険者なんて低ランクだろうから、小金のために盗みを働くなんてことをしてもおかしくないと備えるぐらいがちょうどいいってことだ。
冒険者がいる馬車で寝るリスクについていろいろと考えていたけど、そもそも護衛の依頼があるから、リスクがあろうとなかろうと寝れないっておちではあるんだけど。
じゃあなんでそんなことを考えていたのかっていうと、ただ退屈しのぎだ。
「そういえば最近は白銀の騎士の話、聞かねえよな」
「そりゃそうでしょ。半年間はこの国で戦争が起きてないわけだし」
「あー、お前もこの国の騎士だと思ってるくちか」
今までは酒場の看板娘であるシュカちゃんが可愛いとか、ギルドの受付嬢の中ではミリーが好みだとかだべっていた、同じ馬車に乗り込んでいる二人組の冒険者は白銀の騎士の話題にうつったみたいだ。
誰が可愛い、誰が好みとかは一切興味がなかったが、うちの国の英雄である白銀の騎士の話なら暇潰しがてら聞いてもいいと思える。
三万の軍勢のうちの一万ぐらいを一人で蹴ちらし、そんな馬鹿馬鹿しい存在のせいで相手軍の指揮系統に混乱がおき、引かざる負えない状況にさせたとか。
しかもこの戦争はうちの国の戦力はたった一万五千と相手の半分しかなかったらしく、かなり不利な戦いだったと聞いている。
内容が内容なだけにすべてが本当だとは思ってないけど、噂になるぐらいだからすべてが嘘ってわけでもないだろう。
少なくとも、戦況を覆すぐらいの武勇は見せたんじゃないかと思っている。
どの噂が本当で嘘なのかなんて知らないけど、俺にとって英雄様は、わざわざ別の国に逃げ込むなんて面倒なことをせずに済ませてくれたありがたい存在だ。
「あんたはどう思う?」
「え?」
いきなり盗み聞きしていた相手から声を掛けられて、少しパニックになる。
俺の方に話をふってくるなんて思わなかったのと、ここ数年の間たいして人と関わることがなかったせいでどう反応しようか迷ってしまって。
「白銀の騎士の正体についてなんだけど」
「あー、ええっと……」
「あ、先に自己紹介した方がいいか。俺はウォーレス。で、隣に座ってるのがサース。そんでもって、俺とサースの冒険者ランクはEだ。短い間だろうけど、よろしく頼むぜ」
フードから赤い前髪が飛び出ており、身長が百六十センチほどの俺が少し見上げるぐらいの背丈があるウォーレスさんは軽い感じで、小柄で鼻もとのそばかすが印象的なサースさんは会釈した。
これは自分もやった方がいいのかな?
……やった方がいいか。
「えっと、セオドアです。階級は自分もEです」
「お、俺たちと同じか」
「はい。薬草集めみたいな採取しかやってませんけど」
「採取か。俺たちはもっぱら討伐系だな」
ウォーレスさんはなんてことない感じを装って答えてたつもりなんだろうけど、声色から得意げなことがうかがえる。おそらく、討伐系で生計を立てていることが自慢なんだろう。
採取系の依頼よりも討伐系の依頼は危険度が高く、受けて取れる昇格ポイントも高い。
だから若いうちに高ランクになれる冒険者というのは、護衛依頼や採取依頼よりも高難易度の魔物を討伐する依頼をうけている。
つまり、みんなが憧れるかっこいい高ランク冒険者っていうのは、誰もが見たら逃げ出すような魔物を狩っているようなやつを指すってことだ。
そんな実利的な面だけじゃなく、モンスターそれもドラゴンや上位種を討伐してきた英雄っていうのは、男が――いや人々があこがれを抱く存在だろうし。
俺には無縁の感情だが、世間一般的にはそう思われているっていうのは間違った認識ではないと思う。
「まあ僕たちが相手してきたのなんて、ゴブリンとか野生動物に毛が生えたような魔物ですし、最近ようやっとコボルトと、って感じですけどね」
「それはだって……、お前がそういう依頼しか受けないからじゃないか」
「そういう依頼しか受けないというか、僕らじゃゴブリン討伐みたいな依頼しか受けられないですし。そもそも、そんな無駄に危険性がある依頼を受ける必要性がないですからね」
そういえば、冒険者の等級より上のものは受けられないようになっているとか聞いたことがある。わざわざ危険度が高い依頼を受けようとか考えないから、そんな制度があることを忘れてた。
多分だけど、報酬に目をくらませた冒険者――ウォーレスさんみたいなのを危険にさらさないようにするための措置なんだろう。
「そりゃそうなんだけどよ……。まあいいや。セオドア、短い間だろうけど仲良くやろうぜ」
ウォーレスさんはサースさんに物申したそうにしていたが、特に言葉をつづけるようなことはせず俺の方を向いて手を差し出してきた。
「よろしくお願いします」
握手なんていつぶりだろうなんて思いながら、ウォーレスさんの手を握り返す。
凄いごつごつしているな。これが戦士の手ってやつなのか。
……ということは、向こうは俺のことを貧弱だなって思われてそうだな。
「で、正体は何だと思う?」
「そうですね……」
俺が白銀の騎士について知ってることは、半年前の戦争で華々しい戦火を上げたこと、そしてそれ以降は何も噂になってないことが話題になっているぐらいなんだけど……。
うーん、功名心が高い冒険者だったら名乗りを上げるか、また話題になるようなことをするよね、たぶん。
だったらこの国の騎士なのかなってなるんだけど、王国は白銀の騎士の意志は関係なく表舞台に立たせてるだろうし。
物凄い権力があるか、目立ちたくなさすぎて表彰されるなら死にますというようなレベルの拒否をした可能性はあるけど。
ただ権力がある奴だとしたら自分の功績にするだろうし、目立ちたくないとかいうやる気がない人が国からの圧力を拒否できるほどの意志の強さなんてないだろうからなぁ。
うーん……。
「実はまだ実戦経験が少なくて、戦争でいっぱい人を殺しちゃって心が折れちゃったのかも?」
「いや、それはないだろ。そんな奴が英雄になれるなら俺がなってるはずだからな」
「なるほど」
……凄い自信だな。
まあ自分で言っておいてなんだけど、それはないという発言には同意する。
だって、初めての実戦で噂になるほどの戦果を出すというのがまずあり得ないし、戦争の後で病んだから今は何かできる状態じゃないという考えも、状況に無理やり合した人物像って感じがしちゃうんだよな。
それこそ、今心が折れちゃっているような人間が何日にもわたった戦争を耐えきれるような精神力があるとは思えないから。
「はあ、俺も白銀の騎士みたいに有名になりたいぜ。戦争で一騎当千とかじゃなくても、名のある冒険者に。セオドアもそう思うよな」
いいえって言いづらい聞き方してきたな。
俺の答えは有名人なんかにはなりたくないというものなんだけど。
だって目立つのは好きじゃないし、厄介ごとを呼ぶ原因にもなるだろうから。
「はい。国中に知れ渡るほどの名声っていうのには憧れますね」
「そうだよな!」
わざわざ否定的なことを言う必要もないからね。
別に思ったままのことを言ってもいいけど、今回の依頼でしか関わり合いにならないような相手に本音を言って険悪なムードになるなんて、損はあっても得はないだろうし。
「でも、白銀の騎士とまではいかなくても俺にもあるんだぜ、輝かしい冒険譚が」
「何が白銀の騎士とまではいかなくてもだよ。Eランクのお前の冒険譚なんて、足元どころか爪の垢にすら届かないよ」
「な!?お前だって同じランク帯だろ!それにもうすぐ昇格話だって来てるし!」
良かったー。話が続かなそうで。
俺が興味もない武勇伝を聞かされるっていうのも嫌だけど、それ以上に興味ある風に接するなんていう技術は持ってないことで、適当に相槌を打っていることを相手に見透かされそうだからな。
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