第7話 風




「…………は?」


「ホントか? って聞いたんだよ。

 アイツはホントに犬だったのか?」

「いや……だからそりゃ、さっきも言って」


「たしかにアイツの顔はよく覚えてねぇ。

 服も、靴も、覚えてねぇ。

 だけどよ、アレが、犬の覚えちがいかって言われたら、やっぱりそうじゃねぇ気がする」

「いや、だからさ」


「ガキのころの話なんだ。

 顔がよく思いだせねぇダチなんていくらでもいる。

 服なんてもう、ろくに覚えてねぇのが普通だ」

「あのなぁ……じゃあ言うぞ。

 いまどき、ガキ一人いなくなったら、こんな片田舎だって大事件だぞ?

 なんでケーサツは探さねぇんだ。

 見つからなくても、行方不明の子がいまーす、なんて張り紙、駐在所にもあるだろが!」


「言ったよな。

 あのうすきたねぇカッコ、バカっぷり、まともな家庭のあるやつじゃなかったんだろって。

 行方不明、のやつなんて、何万人もいるんだろ?

 いなくなったこと自体、バレてなくたっておかしくねぇだろ!?」

「おまえ……」




「なら、おまえはどうなんだよ?」

「……あ?」


「おまえこそ、アイツを頭の中で犬にしちまったんじゃねぇのか?

 その、罪悪感で、ヒトを死なせて、そいつを埋めて隠しちまったっていうのが耐えられなくてよ。

 犬だった、ってことにすりゃ、苦しまなくてすむもんな」

「…………ケンカ売ってんのか」


「……そういうんじゃねぇんだよ!

 たださぁ! どうしても、アイツが犬だったなんて、そんな風に思えねぇ!

 白目むいたあの顔が! 助けてくれ、って叫んでる口が! あの死んだ顔が!

 あのムチャクチャ怖ぇのだけはハッキリ覚えてる!!」




「…………なら、確かめに行ったらいいじゃねぇか」

「……え?」


「あの木の根もとを掘りおこす。

 こんな場所だ。たぶん、あんときに使ったシャベルとかもまだ残ってるだろ。

 掘りおこして、出てきた骨を確かめんだ」

「や、やだよ! ムリだよムリ!」


「なら決まりだ。俺が正しい。アイツは間違いなく犬だ」

「だ、だから、そんな風には!」


「だったら確かめるしかねぇんよ!

 二人でこの目で、掘って確かめるしかねぇだろ!

 おまえ、これからずっと、アレがヒトか犬かもハッキリしねぇまま、死ぬまでビクビクしつづけんのか!?」

「そ、そりゃイヤだよ!

 でもさぁ!」


「…………おい」

「い、いや、だから、ちょっと待って……」




「…………そうじゃねぇ。

 なぁ、なんか……足音しねぇ?」

「……え?」


「あっちの方から、あれ、足音だろ。

 ザクッ、ザクッ、って……」




 ……友達ダチがそう言ったとたん。

 ちょうどその道のむこうから、風がいきなり吹いてきた。


 鼻もげそうな、臭っせぇ臭っせぇ、なにかが腐った……何年もかけて腐りつづけたみたいなニオイが吹きつけてきた。




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