第8話_02 昔、あったずもな
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夜も更け、風呂場では湯気が立ち上る中、湯船に強引に侵入した白月がくつろいでいた。
「ふふ、こうしてぴったりくっついてると、ますます暖かいね」
「⋯⋯冬はな」
当たり前に湯船に侵入したかと思えば、己の脚の間へ向かい合うようにちゃっかり座り込む白月へ、黒尾はもう何も言わなかった。
まとめ上げられた白い髪が頬へ当たる。シャンプーの香りが嗅覚をそっと刺激した。
「タカ⋯⋯好き。大好き」
首に絡み付いてくる腕が暖かい。寒い季節には心地よかった。
白い髪が一房、 まとめきれずに湯船へ垂れていた。黒尾はその髪を弄ぶように梳いた。
「なあ、ビャク」
「⋯⋯んー?」
「"白蓮"て、知ってるか?」
一瞬、白月の身体が強張った。
彼はおもむろに顔を上げ、黒尾の目を覗き込んだ。
「なぜ、それを⋯⋯」
白月の濃紺の瞳が昏く光る。
瞳孔が蛇のように細くなっていた。
「実は、じいちゃんの手記に、白蓮って名前の白蛇族のことが書かれていたんだ。白蓮と、その子について。『T町物語』には無い話だから、もしかしてじいちゃんが誰かから聞いた話かと思ってな」
相変わらず、白月は細い瞳孔で黒尾の瞳を覗いている。
いつにない深い紺に、その感情は読み取れなかった。
「えっと⋯⋯、なんか、聞いたらまずかったか? すまんな、無理して言わなくて―――」
「『白蓮は白蛇族の裏切り者』」
聞いたことのない、冷たい声が白月から響いた。
まさに蛇のような冷徹さに、黒尾は思わず背筋がゾクリとする。
「裏切り者⋯⋯?」
「うん。そう言われてる」
白月はゆっくりとまたたいた。
再び目を開くと、そこには憐れみのような感情が光っていた。
「ずっと昔の話だし、一族に伝わる話しか知らないけど。古くからいる白蛇族からは、"白蓮は裏切り者、あの娘みたいになるな"って言われてた」
―――やっぱり、あの話は白蓮を知る誰かから聞いた話か⋯⋯?
「にしても裏切り者って⋯⋯そこまで悪いことをしたのか? その白蓮てやつは」
「⋯⋯昔、密猟に来た人間と恋に落ちたんです。一族の猛反対を振り切って、駆け落ちして」
白月は虚ろに水面を見つめ、ぽろりと零す。
「⋯⋯けど、僕は仕方なかったって思うよ。白蛇族は本気で好いた相手とじゃないと子孫を残せないし、惚れた相手がそういう人だったら、それはもう⋯⋯」
返す言葉が見つからない。
「そうか⋯⋯」
何とも言えぬ空気が支配するまま、夜は更けていった。
黒尾は結局訊けなかった。
――じいちゃんとどこで会ったんだ? お前が好きなのは、俺じゃなくて鷹寿じゃないのか? 孫である俺に、その影を見てるだけじゃないのか――
それを肯定されたら、しばらく立ち直れぬ程度には、黒尾の中で白月は大きくなっていた。
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