第9話 予想外の電話


 翌日。

 今日は、朝イチで『マヨイの森』への取材だった。  


 チーフから「ホラーっぽくしたいよねえ〜」と言われたのは誠に遺憾であったが、心惹かれる『マヨイの森』の特集を組めることは、黒尾は素直に嬉しかった。


 その嬉しさから、つい「同志」へ、仕事のメールがてら、文末に一言報告してしまった。


『余談ながら、本日マヨイの森へ取材に行ってきます。』


 黒尾はどこか浮足立ちながら社用車へ乗り込んだ。

 すると、社用スマホが振動する。


「おっと電話―――って白崎さん?」


 たった今メールを送った相手からの着信に驚く。しかも、本日博物館へはアポが無いのに、彼から電話が来るという状況が新鮮だった。

 驚きつつも、会話ボタンをタップする。


「お世話様です、黒尾です」


 仕事用の声を作って応答する。電話の向こうから穏やかな声が響いた。


「お世話様です、白崎です。すみません、急にお電話してしまい」


 相変わらず人懐っこい口調で白崎は喋る。


「メール読んで、嬉しくてつい電話しちゃいましたよ。マヨイの林、これから行かれるんですか?」

「ええ、そうです。今から単独直行取材ですよ」

「わあ、お一人だと色々大変そうですけど、頑張ってくださいね! マヨイの林の特集、楽しみにしてますよ」

「ははは、ありがとうございます」


 黒尾はふっと心が緩み、つい彼へ愚痴のようなものをこぼした。  


「全く、うちのチーフときたら、『マヨイの林』も都市伝説だとか、ホラースポットだとか言うんですよ。民俗学に理解のない」


 やや間があった後、白崎は「おやおや」と苦笑して相槌を打った。


「それに今回も、『ホラースポットならもっとホラーっぽい写真撮って来い』とか言われてしまって。まあ、興味のある特集を組ませてもらえるだけありがたいんですがね」

「⋯⋯⋯おや、そうでしたか」


 一瞬、白崎の声が氷点下になった気がした。


(やべ、白崎さんも『マヨイの林』好きならこんな話聞くの嫌だよな⋯⋯)


 口を滑らせてしまったかもと思い、黒尾は慌てて挨拶もそこそこに終話した。


「ふう、白崎さんが良い人で良かった」

   

 会話を切り上げる頃には、白崎はいつも通り穏やかな口調に戻っていた。

 しかし友人でもないのについ愚痴のような話――しかも余計なことを話してしまったことを少し後悔する。


 エンジンを掛けようとした瞬間、聞こえた声に黒尾は跳ね上がった。


「誰からだったの?」


 白月が、いつの間にか後部座席に乗り込んでいた。


「おわわっ!? っておい、ビャク! お前いつの間に」

「タカが電話してる間に」 

「音もなく入って来やがって⋯⋯妖怪かよ」


 当たり前のようにシートベルトを装着し、外出モードになっている。


「え⋯⋯俺、これから仕事なんだが」

「知ってる」

「すまんが家で待っててくれ。今日はおでかけじゃねえんだ」


 白月はいつになく済ました顔で動かない。その瞳は、頑として譲らぬ意志が光っていた。


「ねえ、今話してた人⋯⋯白崎さん、でしたっけ」

「ああ、そうだが⋯⋯あの、ビャク、とりあえず降りて―――」

「なんかあの人、少し変な感じがする。タカが危険」


 突如意味不明なことを言い出す白月に、黒尾はため息をついた。


「あの人は人間の中でもかなーり優しい部類だぞ。俺なんかよりずっとな。それに今日行くのは『マヨイの林』だ。博物館じゃねえ」


 白月は蛇のように細くなった瞳孔で黒尾を見つめる。まさに妖怪のようなそれに背筋が少し寒くなる。


「⋯⋯とにかく、今日は僕も一緒に行く。連れてってください」

「なあ、だから仕事―――」 

「連れてって。大蛇の姿で絡み付いてでも一緒に行きます」

「ビャク⋯⋯」



 押し問答の末、根負けした黒尾は取材に白月を同行させた。

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