第8話_01 昔、あったずもな
昔、あったずもな――。*1
今から150年以上も前。
T町のある山域には、美しい白蛇がたくさん棲む密林があったそうな。
強欲な人間たちはその美しい鱗と肉の珍味を求め、また美しい人間へ化ける物珍しい彼らを「人を化かす」という口実を付けては次々に狩った。
白蛇と、長生きして人に化けるようになった「白蛇族」は人間を恐れた。
しかしある時、"白蓮"という強い妖力を持った、それは美しい白蛇族の娘が、密猟に来た男と恋に落ちた。
白蛇族の反対を押し切り、白蓮は男と駆落ちした。彼女は人間の姿を取り、人里でしばらく幸せに暮らしたそうな。
しかし金に目が眩んだ男は、白蓮と、その間に出来た幼い子まで商人へ売り飛ばした。
命からがら子だけは逃げ帰り、仇である父を殺した。
母から強い妖力を受け継いだその子は殺した父へ化け、そのまま人里で暮らした。
棲家を追われた恨みに駆られた彼は、かつて白蛇族が暮らした山域へ呪いを掛けた。
今そこは「マヨイの林」と呼ばれ、近付く者へ不幸が降り掛かるとまことしやかに囁かれている。
強い者ほど長寿な白蛇族。
白蓮の子は、その後も様々な人間を殺めては成り代わり、今も人里で暮らしておるそうな。
どんど晴れ。*2
*****
「都市伝説だかホラースポットだかで有名なら、もうちょっと怖い感じの写真とか撮れたら良いよねえ。雰囲気だけでいいからさあ」
小さな新聞社、肥えた腹をゆすりながら、初老の男性は写真を眺めていた。
隣で青筋を立てながら佇む部下、黒尾を全く意に介さずに。
「……チーフ。だから、都市伝説でもホラーでもないって何度も――」
「あっ、でもこれ良い感じだね」
チーフは太い指で、黒尾の撮った写真をズームする。そこには、侵入禁止の看板の奥に、何やら祠のようなものが遠くに小さく写っていた。
「なんかこれ、良いんじゃない? ホラー映画の始まりみたいでさ」
目つきがますます悪くなっている部下へ、チーフは腹立たしい笑顔を向けカメラを返した。
「こんな感じの写真さ、もっと撮れたら良いよね。このなんか祠っぽいの。エンタメっぽくなって良いんじゃない? あ、そういえば届いてたよ、これ」
押し付けるように手渡された、マヨイの林への侵入許可証。
言っても無駄だと悟った黒尾は、軽くため息をつきながらその腕章を受け取る。
マヨイの林はやや遠方のため、明日朝一の単身直行取材が決まっていた。
(今日の分の仕事は速攻終わらせて、絶対定時で上がってやろう)
黒尾は大股で自らのデスクへ向かっていった。
休憩がてら苛立ちをタバコで誤魔化していると、喫煙室の扉が開いた。
「あっ、黒尾さん。お疲れ様です」
今年入社してきた後輩・青野だった。
「おう、おつかれ。外回りから今帰ったのか?」
「はい! もー、この時期北風が刺さりますよねー。さむさむ」
「北国の宿命だな」
世間話もそこそこに、黒尾はタバコを仕舞う。青野へ一言かけて扉へ手を掛けると、
「なんか黒尾さん、最近楽しそうですよね。何かあったんすか?」
「⋯⋯⋯え?」
予想外の質問に黒尾は振り向いた。周囲へそう映っていたとは心にも思わなかった。
「最近急いで帰ってる感じだし、いつもに増して仕事に力入ってるし。良いことあったのかなって」
「そ、そうか⋯⋯?」
「あ! もしかして彼女さんとかー?」
「ばっ、ちげえよ。その、なんつーか、ペットを、飼い始めてだな」
「ペット!? 意外っすね! 何飼ってるんすか? ワンちゃん?」
「えっと、蛇だ」
「蛇!? ますます意外! 写真見せてくださいよ!」
「⋯ああ、また今度な。今日は定時ダッシュだから先戻るわ」
興味津々で詰め寄る後輩から逃げるように、デスクへ小走りで戻った。
*****
定時ダッシュで帰宅した黒尾は、祖父の手記を読み漁っていた。
本として出版されず、ノートにまとめられただけのそれには、『T町物語』には掲載されていない逸話が記されていた。
『悲劇の白蓮―――白蛇族に、強き妖力持ちし白蓮という娘あり。其の娘、密猟者の男と駆落ちし、終に
眉間に皺寄せずにはいられない。逸話か事実か不明だが、何とも胸糞悪い話であった。
(初めて見る話だ……『T町物語』にも載ってない。じいちゃんはどこからこの情報を手に入れたんだ?)
祖父の創作とは思えぬ生々しさ。しかし、いつどこで誰から聞いたのか明記が無い。
ページを捲ると、走り書きのような文が綴ってあった。
『白蓮の子、今も⋯⋯⋯人に化け、強力な呪い掛け⋯⋯⋯白陽と⋯⋯⋯』
インクが盛大にぶち撒けられ、ところどころ文字が読めなくなっていた。
ノートの表紙には、15年前の日付が記されていた。
「⋯⋯じいちゃんが施設に入った年だ⋯⋯」
黒尾は手記をしばらく見つめた後、深くため息をついた。
「白蓮の子って⋯⋯ビャクだったりして⋯⋯んなわけないか」
ーーーーーーーーーーーー
*1:東北某地へ伝わる民話の冒頭に語られる詞(方言)。「昔々、あるところに…」という意。
*2:語り部が物語を締めくくる詞(方言)。語源は諸説あり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます