第2話 あるカフェにて

 午後、アリサの家を訪れた。彼女は先日より刻一刻とやつれ果てていた。終いには「死にたい」と呟いていた。僕は必死になって君を説得したよ、アリサ。「今の王様の代が終われば、君はまたチェロが弾けるよ。ほんの少しの辛抱だから、ふたりで頑張ろう。」と。あの言葉、届いていたのかなあ。

 街から音が消えて1カ月と10日。僕も君も、音楽に対しての諦めがまだつかない。

 僕は君を誘って、お馴染みのこじんまりとしたカフェに行くことにした。一時的だが、彼女の希死念慮きしねんりょも穏やかになると考えたからだ。

 店に入って、ふたりで温かいものを飲んだ。僕はカフェオレを、アリサはミルクセーキを。彼女は無類のミルクセーキ好きだ。

 思えばそろそろ12月に入る頃だ。…窓から見える、サンタやキラキラとした電飾を眺めながらふとそう感じた。

「クリスマスプレゼントは何が良い?」と話を振ると、アリサはふっと微笑んで「……指輪?」と答えた。

 彼女は続けて、「でも、あなたの給料なんて雀の涙以下だから無理かもね。」とニヤニヤしながら言った。「悔しいけど否定できない…。」とわざと悲壮感ひそうかんたっぷりに呟くと、彼女はケタケタと笑った。

 僕はまだ君が笑えたことにほっとしたよ。……宝石とかは無理だけど、質素なものなら贈れるかな。

 こじんまりとした空間に、いつものカントリーミュージックやジャズが聴こえないのは、とても変に思われた。

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