音のない街

ほとけのざ

第1話 音楽禁止令

 ある日、王様が「音楽は人々を騙す道具だ」として、音楽を禁止させた王様がいた。一晩にして、その国の楽隊、歌手、作曲家、編曲家…などの音楽にまつわる仕事をしている人達は、職を失った。他の国へ行く者もいたが、大半は国に留まり、慣れない仕事をし始めた。

 これからは、1音でもリズムやメロディのある音が流れたら、「国を混乱させた」として逮捕され、最悪の場合絞首台にかけられる。

―――――――――――――――――――――

 僕にはアリサという恋人がいる。彼女は世界でも指折りのチェロのソリストで、世界中の誰よりも透き通った柔らかい音色を奏でることができた。楽器は見つかると燃やされて処分されてしまうので、彼女のチェロはクローゼットの奥深くに眠っていた。

 チェロを奪われた彼女はみるみるうちに元気がなくなっていった。食欲もないらしく、日に日に頬がこけていっているように見えた。


 音楽禁止令が発布されて1ヶ月。街中の人々も何だか元気がないみたいだ。陽気で笑い声ばかりが響く街は、いつの間にか、陰気でじめじめとした街に変わり果てていた。毎朝、行くのが楽しみだった朝市には、死んだ目をした人間が沢山いた。

 その光景を見るのが嫌で、最近の僕は今日の分の食事だけを買い、そそくさと逃げるように帰るだけになってしまった。


 家に帰って、何となくラジオをつけた。綺麗な旋律など流れないと分かっているのに、どうしても期待してしまう僕がいた。

 ラジオから流れるのは、直近で起きたニュース−−−それも強盗とか殺人ばっかりだった。そのうちザーッとノイズが鳴り、何も聞こえなくなった。

 仕方がないので朝食を作ることにした。市場で買った新鮮な卵と食パンを使って、目玉焼きトーストを作ろうか。そういえば、戸棚にインスタントのコーンポタージュがあったはず。それも使おう。

 フライパンにサラダ油をひき、2玉の卵を割る。焼けるまでの間、お湯を沸かす。

 フライパンからジュージューと小気味良い、規則正しい音が鳴った。


 ドキッとした。


 どうやら、僕は思わず足でリズムをとっていたらしい。近隣の住人に聴こえていたらどうしよう。

 僕は自分の首の心配をしながら、朝食を食べた。

 目玉焼きは血の味がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る