第1章

満月の夜、月明かりに照らされて




「チッ……また喰われてやがる。今夜だけで何体目だ?」


 


満月の夜。

冷たい月明かりが、容赦なく照らし出すのは――無惨に倒れた者たちの、静かすぎる最期だった。


 


「さあな。数えてたらキリがねぇよ……。にしても、こいつァまた派手に殺られたな」


 


刀の切っ先が、横たわった死体の上を無造作になぞる。

そこにあったのは、人だったものの名残。

皮膚は引き裂かれ、肉は無慈悲に抉られ、かろうじて人の形を保っているにすぎない。


 


「俺らの仕事は死体の片付けじゃねぇってのに……」


「まだ近くに妖がいるかもしれねぇ。気を抜くなよ」


 


二人の男は息を吐き、慣れた手つきで倒れた死体の処理に取りかかる。

彼らは壬生浪士組――“壬生狼”と恐れられる存在だ。


 


――よかった……。

気づかれていない。


 


私は茂みに身を潜め、息を潜めながら様子を伺っていた。

夜道を照らす月明かりは、まるで闇に潜む悪を暴くかのように明るくて、肌を刺すほど冷たい。


 


こんなところにまで見廻りに来るなんて……


 


読み違えた。

人里から離れたこの場所まで、まさか壬生狼が巡回してくるとは思っていなかった。


 


そして、あたりに漂う血の匂いが、じわじわと私の意識を曇らせていく。

その香りは懐かしく、甘く、そして危うい。


 


――駄目だ。

しっかりしないと。

倒れたりしたら、見つかって、斬られて……。それで、終わりだ。


 


手足が震える。

視界がにじみ、世界がぐらりと揺れる。


逃げなくちゃ――そう思って立ち上がった、その瞬間だった。


 


月の下に広がる血の匂いに引かれるように、頭がぐらりと傾く。

足元が崩れ、抗う間もなく私はその場に倒れ込んでしまった。


 


「何奴っ!!」


 


……しまった。


 


倒れる音が静寂を破り、声が響く。

抜刀する音とともに、駆け寄ってくる男の姿が視界の端に映った。


その瞬間、私の意識は闇に溶けていった――。

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