第17話 偽物のスタート

 俺の休日は起きてから早くも終了のお知らせを受けている。それがTSOのアナウンスみたいに推しの声であるのならば幾分もマシになってたろうに……。荒れ果てたショッピングモール。狐面の男の響く声。瞬時に空気が変わる。もとより軽快軽薄な道化師の声とは裏腹にこの空間に充満する重い空気を感じ取って排他のにも関わらず、それをさらに叩き落とすように空気が重くなる。か、まさにそれを軽薄な声で上書きする道化師。


「いえいえ、黙りませんよぉ?彼にもこの件は知っていてもらわないと困るのですから。それはぁ、アナタもでしょう?ライアーボーイ」


「ッ……。ああ、そうだとも、コイツには早く、早く知ってもらわなきゃ困るんだ……。でもまだ僕は……」

 俯いた無地の狐面は前を見ながらこう言った。


「まあよろしいでしょう!なんせ観客が楽しめぬもの何ぞの存在価値は皆無!さあ、折角ならば楽しんで!」

 両手を上げながら歓声を受けるように笑顔を見せる。


「別天、お前は後ろに下がっていろ」

 狐面の男は俺に言う。触れられると同時に感じるひどい頭痛。デジャヴのような感覚、走馬灯のように頭の中にTSOでの出来事が甦り、そして更に戻り、あのデストラクション・ナイトメアと出会った場所へと……。


 惨劇?いつも知らない未来?……天使、デストラクション・ナイトメア。青いバラ、神を追う、紅天白夜、魔法少女、真実、教団。


 ───これだから……私は、貴方の事を救ってしまう……これだから、これだから……


 そして、過去へと戻った記憶は現在へと巻き戻りそして……。流れ込むように会話が入ってくる。誰が誰のセリフだか分からないくらいに混ざり合って……。はぁ……。な〜んでライアーに神聖なる筋書きの邪魔をされなければならないのですかねえ……ファイブか……。懐かしい名だ。天地開闢、それ以来だろうか……構わん、壊せやれああ、言われなくても……。僕の英雄譚の唯一の汚点。僕の生ける物語にあの様な真実の居場所はない。嘘で塗り固められたうつろの世界。そこには真実の一つもあってはならない悲劇、惨劇そんなものは劇の中”物語”であるだけでいい。繰り返し、それは此処で絶たせてもらう!!!


 走馬灯は今を通り越して未来を写し出すように、俺の頭の中をうねるようにしてのたうち回る。脳を直接誰かに触られているような悪寒と吐き気、そこから少しづつ変わり感じ取れるのは嫌な程に心地の良い、気味の悪い安らぎ。


「はぁっ……はぁっ……。これは一体どういうことなんだ……。答えろ、答えてくれ、教えてくれ……」

 俺は頭を抱えながらよろめくように前を見る。そこに居るのは真実を求める道化師。戯曲の中で真実という戯れ言をただひたすらに唱える男。


「……ほう!見えましたか!この来るべき未来が!真実の台本が!劇場の結末がァっ!あああああなんと、なんと素晴らしいのでしょうかぁ?」


「そうですね、ならばここでオヒトツ」


 ───この世界は既に、阿伽羅アカラを超越して繰り返している。


「教団、お前らはもう再焉の特異領域アンガ・サンサーラまで辿り着いたと言うのか……」


「それもこれも全て"天使様"のオカゲなのですからぁ。もっともーっとスマァイル☆」


「笑い事で済んだら僕は今、この場にいない」


「アナタ方にはそうでも我らが神の意思はお堅い。神に従属してこその人類。ならば答えはヒトツ。この世界のデリーット!!アーンドッ!リクリエイーット!!!」

 世界の再構築、やはり祿でもない思想の持ち主だ。それこそ戯言である、今の今までの人生で現れましない存在に、そんなものの為に世界すらも壊そうとする思考。


「其処まで聞けば充分だ。お前らはどの世界でも変わらない」

 デストラクション・ナイトメアは真っ直ぐ睨む様に、自分自身すらも怨みがましく見つめて呟く。


壊悪滅夢ヴァンダライズムスビ瑋戯儺御イザナミホコ


 彼女は手にあの時の青い刀を握る。紅天白夜と戦った時のあの二層の刃を持つ日本刀。それを前に構え、道化師はその姿を恍惚とした表情で見つめる。恐怖ではない悦びのような顔で。化粧の下から滲み出る狂気。


 そして、彼女は手に持った刀の切っ先を道化師に向けて放つ。


[ザッ……]


 静かな突き。そして───



[ゴゴゴゴ……]

 廃墟になったショッピングモールのような空間は瞬時に砕け、崩れ始める。



 ───俺は一体何度この光景を見たのだろうか……


 俺はその後、目を覚ます。至って普通のショッピングモールの休憩所にて。ひいろの手が俺の前に見える。手を、振っている。デストラクション・ナイトメアは俺の隣で呑気にポテトを食っている。

「おーい、さきとく~ん」


「……んあ?あ……れ?道化師は?」

 斜め前に座って


「道化師?どうしたの」


「悪夢、か……ただの悪夢だよ。何ということもない、短い白昼夢だ」


「機関だけじゃない、教団まで動き始めたというのか……。ならば一体こちらはどうしろと!」

 すぐ前に聞いたかのようなセリフに俺は耳を疑う。が、そこに居るのは紛れもなく"自称"天使にしか見えない能天気な少女。青い目を輝かせて何かとの抗争を構想しているようだが……。


 此処はあのクラウンの居たニ階ではなく、一階のファーストフード店。普通のハンバーガー屋だ。話を聞けば俺は此処に着くなりふらつく足取りでエレベーターへと上がっていったそうだ……。そして、歩いて着いて行って暫くしたら此処に来て落ち着いたと。


「え俺マジでヤバいヤツじゃん!?」


「多分つかれてるんじゃない?」


「絶対ナニかに憑かれてるぜ。病院よりもお祓いの方が先決な気がする」


「あはは、そうだ僕のハンバーガー食べる?」


「だからお前はチャーハンといい、メインディッシュ兼主食となっているものを寄越そうとするんじゃない」


「だって僕のメインはさきとくんだもの」


「お、おお。ありがとう(なのか?)。だが流石にポテトをいる?のノリでデカめのハンバーガーを寄越そうとはするな?」


「それが君の頼みなら喜んで!」


「そうしとくれい」


 とか言って……。いつもの会話といえばそうなのたが違和感がどうも仕事をしてくれない。それにしても、教団……どうも夢とは思えない。夢でないならそれは悪夢。悪夢もまた夢、夢現ゆめうつつの道化。


「敬愛する神のジェスター、戯言道ノ化ザレゴトミチノケアサット・ヨクスミトラ。やはりお前が此処に居るのか……」


「……今、なんて言った?」


「やはりお前が此処に居るのか……?」


「一つ手前」


「アサット・ヨクスミトラ……って誰?」


「いや俺に聞かれましても」

 マジで誰だったんだよ……異常に深刻そうでその上に重々しい雰囲気。明らかに目付きの違う白金の少女。それとファイブと呼ばれる少年。TSO内でも感じたようなデジャヴの感覚。それは最早、実際にあった出来事のように鮮明に明確に、夢のように不安定で掴めない。繰り返し見てきたかのような……。


「まさか教団の人間!?」


「なにっ!?」


「……ってどゆこと?」

 ああ……。彼女が何かを思い出したのか中二病がたまたま夢と重なっただけなのか。どう考えようともそれは事実だ。あのクラウン言った繰り返しているという世界。


 そして俺はその後もよく分からないままにショッピングモールを歩き回り、よく分からないままにエレベーターに乗ったり降りたり、気づいた頃にはバスに乗って気付いた頃には家に居た……。途中でひいろは俺に別れを告げて家へと颯爽と帰っていった。「またね〜」とか言ういつもの挨拶で背を向けて。


 家に帰って暫く経った頃、俺は自室のベッドの上にふんぞり返って何も考えないようにただひたすらに声も出さずにボ━━━━ッとしていたわけなのだが。


 そんな時に一本の電話が掛かってきたのであった。混沌とした頭の中に入り込んでくるのは緊張感の無い男の声。あの道化師では無い社長の声。本当に何処まで俺の個人情報を確保しているのだか、電話番号を知っている男の声。


[……もしも~し。お、聞こえているね。さきとくん]


「ああ、聞こえてる……聞こえてます」


[そうか、ならばいい。君は先ほど見たね?あのクラウンを]

 話を早速と言わんばかりに斬り込んでくる。俺はその斬撃の如く第二声に言葉を返す。[あ、そうだそうだ、敬語無しでいいよ。キミが敬語使ってるとなんか気持ち悪いから]ついでにこんな事を言われながら。


「……!なんで知っている?」

 あのゲームはこれから見る夢でも読み取れるのか?さらっと悪口を言われたが取り敢えずは此処をスルーさせてもらう……。今はそのまま会話の続行だ。


[あったりまえじゃ~ん。ボクを誰と心得る、我らが企業の社長さんだ]

 だから何が当たり前だ。


「で、アレは一体何なんだ?」


[アレはね、君が確かに見たものだ]

 ……それはそうなんだが……。ゲーム内で死に戻りのようなコンティニューの様な感覚を味わった俺からしたら他にもしたい質問は山のようにあるのだが。反射的にあの男の事を思い出しそんな質問を投げかける。


「あの出来事を事実と言いたいのか?」


[そうだね、アレは事実だ。実際に起こった出来事。そして、この世界でも起こる筈だった出来事。でも今回は違う、あの対話の観測確率から外れたのだよ。ところで、聞かなかったかい?再焉の特異領域アンガ・サンサーラという言の葉を]


「あ、ああ……」

 確かにあの狐面はそんな言葉を呟いていた。

「この世界は、無数の確率が重なり合って出来ている。でも、ボク等は常として一つの事象を読み取ることはできない」


 ───でもキミなら紛れもなく可能性の枠の外から全てを掌握出来る。


「いや待て待て、社長そりゃ無い。俺は確かにあのゲームに何等かの影響を与えられる、までは聞いていたが其処までよく分からん真似は出来ねえぞ?」


[はっは〜。そんなに卑下なさんなよ、ブラザーよお?]


「んえ、クラッシャー?」


[ああ、グラサンのアニキクラッシャーだ!]

 それだとお前がグラサンの兄貴を破壊するヤツにも取れるぞクラッシャー。


[まあ、"今回"の件は俺の管轄だな。偽物の英雄譚が今頃かぁ……いやはや懐かしい懐かしい。ま、これからが初めてなんだがな!]

 相変わらず元気なヤツだ。まだ会ってから数日も経っていないのだが、余計に印象付いてしまった。


「いや、俺はさっきからずっと意味わからなくて今なら普通の人間との会話に懐かしさすら見いだせそうだぜ」


[まあまあ、落ち着け落ち着け。今はまだそれでいいんだからよ。まーた社長会議で掛けやがった。ああそうそう、言伝ことづてっつうか忠告なんだがよ、TSOは暫くやるな。だとよ]


「は?……いやまあやればやる程得体が知れねえし一旦保留を考えていたんだが」

 あの社長は本当に何を考えているのやら。デストラクション・ナイトメア、アイツの事をそこまで知っているんだか。


[なら、それが先決だ。何故かって聞かれずとも言わせてもらうぜ]


「もう何が何だかよく分からん。さっさと話してくれ」


[お前があのとき相談した事が始まろうとしている]


「は、相談?汽車のことを覚えてんのか?」


[いや、覚えちゃいねえよ。社長から今さっき聞かされた話だ]

 電話越しに男は一息つくと、こう言ったのだった。



 ───これから対"真実"の戦いが始まる。


[ツー、ツー、ツー]


「いや分からねえよ……」

 俺は何が何だかと、天井を眺めてひたすらにボーッとする。この数日間、情報量が多過ぎだ。それだけ一気に情報が流れ込んできた筈なのに何が起こったのかもうよく分からない。しかも急にTSOをやるなって言われてもなあ……。クエスト初回から手詰まりでレベリングもまともに出来なかったし他のゲームでもやって気でも紛らわせるか……。


 窓から見える夕日が日曜日が来ることを示す。そして……。



───平日の始まりが訪れる。



 嗚呼……、もう学校かよ……。日曜日、予想通りに何もなく無事に一日を終え、眠りにつき……。そして学校である。最悪だ、月曜日である。そしてここで問題が一つ浮かび上がる。


「兄ぃ……アシャ姉、デストラクション・ナイトメアどしよ……」

 そう、妹の言ったその一言が今日における最重要課題であった。

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械廻機譚はキミジカケ〜絡繰変化は繰り返す。1stStage─終わり続ける世界でVRMMOを攻略せよ〜 玄花 @Y-fuula

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