第2話 デストラクション・ナイトメア!!
影も色も無い大地と晴れ渡る曇天その狭間で少年と少女は向かい合う。それでも、少女の方はといえば以前と海のような目から涙を頬ににつたわせる。その表情は先とは違う、俺の眼前に現れたばかりの哀しみの表情。やはり俺にはその理由は分からない。
彼女は、
「あれで、最後……」
という言葉を小声で繰り返し呟く。
そして、そのまま顔を見合わせる。どうするのが正解なのか。助けて…くれたんだよな。俺のこと、をあのバケモノから。あまりにも瞬間的な出来事で何も見えなかった。でも今なら確信できる。彼女の目を見て。感謝を伝えるべきだと思っていても違うと分かっていても、それでも……
「何処か、痛いのか?」
と、そんな風に聞いてしまう。それだけの……
白金の髪を揺らして少女は口にする。
「そんな事はない、でも、
ただっ、ただ私はっ……す」
その一言を、涙とともに口から零した。余力を振り絞った、心からの笑顔を俺に魅せて目を閉じる。息はしている。俺のなんかの目には疲労しか見えない。だが、それ以上の、其れとは異常な程に遠く深く重い思いに、感情も、過去も彼女にはあったのだろう。あるのだろう。そう感じさせられた。そう、魅せられた。目を閉じた途端に溢れ出る安らかな雰囲気と、それに見合わないほどの苦痛に満ちた優しい笑顔。絶望とは似つかない悲哀の表情に、いつかの記憶の中に既視感を覚える。
「そうか、そうだな。疲れたんだな…
ゆっくり休めよ。ありがとうな」
そんな言葉をポツリと呟く。
俺に返せる言葉はそれだけだった。逆に、どうしろと言われても、正解を提示されても強要されても俺は、こうとしか返せなかっただろう。まるで、それが定まっていたかのように。
何か出来ることはないかと考える。だが、手持ちの物じゃ手当も出来ない。肝心なときに役に立たない教材とプリントを眺めてもう一度辺りを見渡す。変に落ち着いてきて、視界が広がる。彼女の後ろにあのバケモノの残骸と奈落が垣間見える。いくらあんな怪物とはいえ人間の形を模してているうえで至る所から赤黒い血をドクドクと、毒々しく垂れ流す。強い吐き気に襲われる。生物的に拒絶を覚える。気持ちが悪い……
そんな気持ちとは裏腹に、そうとはいえど脅威は去ったことに深い安堵を感じている自身もいる。改めて帰宅方法の探索とでもいこうか。確か此処に来るとき何か、
「確か、鈴と何の音だったったか……?」
「ドアの開く音、だったか」
とまあ何も無い大地に都合よくそんな物があるわけが無いだろう。無駄な思考。空虚な地面に大空に見つめられて再び孤独を感じ始める。どうしようも無いな…と諦めかけるこの頃。
だが、そう案外そうでもないようだ彼女が倒れた時に落ちたのだろう白い鈴の付いた鍵と手に収まるほどの海のような色の小さな扉が、地面に転がっている。スマホのような大きさ。だが、それには日常性の欠片も無い。
気付けば俺は迷う事なく崖の淵に落ちるそれを手に取り、鍵を回していた。辺りに響く。あの、耳を突き刺す音が。
[ガチャリ。] [チリーン]
ふわり。
という体の感覚と共に周りの風景は再びいつもの下校ルートへ戻ってくる。純白の浮遊する大地と、紅く蒼い大空。非現実という現実、そんなものとはうって変わり、いつもの住宅街。暫く俺は呆然と立ちつくしている。黒いコンクリートに倒れ込んでいる、一人の儚げな白金の髪の少女を前に。電線に止まるカラスの鳴き声を聞いてふと我に帰る。何だったんだよ……一体……そんな事しか言葉に表せず、急に足の力が抜ける。
住宅街の道路の真ん中で呆然と座る少年と気を失った少女。少年はその少女を躊躇う事なく即座に抱き上げ、走って彼の家へと向かう。まだ、暗くはない正直言って通りすがる学生や、主婦サラリーマン……人々の目線は厳しいが気にする暇は無い。
春の夕暮れ時。まだ、空は明るいがそれでも日も傾いてくれば人の顔も表情も一切見えない赤い時間に誘われる。
そして、十字路を曲がり、歩道橋をわたり、錆びた踏切を通り越す。見えてくる我が家。自分の住むマンションの一室。その扉を開き、まだ誰も帰ってきていないことを確認して、どうにか自室へと彼女を運び込む。無論自室のドアはしっかりと閉めるのだが。さて、
「あれぇ?この後どうしよ。」。。。
あまりにも、冷静?に、ほぼほぼ見知らぬ少女を連れ込んでしまった⁉︎いや、それだけ気がどうにかなっていたのか。プライベート空間に入った途端に始まる自己反省会が急加速する。今日の学校であったことは、正直言ってどうでも良さ過ぎる。ありえねえ、怪物?空中に浮かぶ大地?それに突如現れた美少女……これは、つまり、……
「そういうことか。」
嗚呼、全てを悟ってしまった。
「いや、どういうことよ兄ぃ?私が帰ってき
た瞬間に全てを悟ったような声出して」
廊下からドアを貫通して聞こえる誰かの声……
「ひゃうんッ⁉︎」と、急な来訪に俺は驚く。
「いや待てよ?俺は断じて一人暮らし、
その筈だ。妹なんて生物なんかとは
暮らしていない。そうだ。」
「ええっ!?何を一人で自己完結してやがる⁉︎」
扉越しでも分かる不審者の気配。
「うむ。これはこれは一種の幻聴。
ドア越しであるからして、いやむしろ隣人の可
能性だって十分にある。」
「ああ、間違いなく隣人だけどなっ!!」
と、掛け声と共に俺の部屋の結界を開こうとするヤツ。俺はすかさず中二病時代に手に入れたチェーンと南京錠で封をする。未だに机の上に置いてあるからにして、我ながら捨てられずにいる思い出の品の一つなのだろう。
[ジャラッ] [カチン。]
「ったく。大した怪物だぜ。
こんなに距離感と年代の近い妹が俺みたいな
人間にいる訳が無かろうに。ははっ!
あーあぁ、奇っ怪、奇っ怪。摩訶不思議ィ。」
「奇っ怪で悪かったな!あ、おかーさん
おかー。」
玄関の扉が開く音。
「ただいまねー。あら?どうしたの廊下に
突っ立っちゃって?」
母さんだ。
「いやいや、兄ぃが部屋に結界張ってるー
ついでに頭おかしくなってるー!」
「そうなの?夜ご飯できたら呼ぶからって
伝えてあげてね。」
「うむ!だって、兄ぃ!」
「ああ…分かったよ…」
ふう、危ねえ…あの瞬間に開けられてたら全体的に全方位的に終わってた自信がある。この結界…?を扉に付けるのは案外いつものことなのだが、そうでなければあの妹という生物が俺の部屋に入り込んで来る。日常的にそうしてる、つまり今日に限った事じゃない。怪しがられる心配もない。取り敢えず今は落ち着こう。今日はもとより、予定があるわけでも……
ん?何か重要な事を忘れている気がするな。
予定、よてい、スケジュール…って!有った⁉︎嘘だろ?あんなに待ち遠しくしてたフルダイブ型のVRゲームだぞ?何を俺は忘れてたんだ?今から行っても行きつけの店じゃあ在庫は跡形も無いだろうし、予約も取れない。RPGみたいな経験したからいいのか…?いや、そんな事は一切足りともあり得ない。思わずの反語表現だぜ。
「あ、あぁ、、、終わった。」
一応、眠っている彼女はベッドに寝かせて、勉強机に座り込んで頭を抱える。なかなかに変な構図だ。俺の部屋に女の子なんて……違和感。。。。妹はカウント外。当たり前体操だ。
どうしたものか……
そうして、気も心も休まる事なく。
妹、再来。
「おいっ!先、風呂入れ。兄ぃ!」
「その流れでドアを破壊
しようとするのをやめなさい……
チェーンでロック掛かってるんだから……
(かけてるのはおれだけど!)」
[ピシィ……]
「うおっ!?開かないとはいえそろそろ限界迎えるぞ⁉︎ダメな音聞こえた気がするぞ⁉︎
あと近所迷惑だからーー!」
妹、お前がやってるんだろう。
「わーったよ!先、入るから待っとって‼︎」
なんで、俺が先に入らんといけないんだか……
風呂に急かされはするが、彼女が目を覚ますことを考えて、この部屋にこのままロックを掛けて出ていくのは気が引ける。一応一回、声でも掛けてみるか?
「おーい、、、」
よし。
反応は無いな…書き置きでもしておこうか。
「妹よ!」
「はいっ!」
「スマホ貸してください!
部屋の前に置いといて!」
「はいっ!」
元気だな
「感謝!」
……よくもまあそんな簡単にスマホを受け渡せるものだ。あのよく分からん度胸には感心させられる。
ふぅ、徴収成功。
『何かあったら連絡ください。
パスワード⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎
連絡先
これでいいか?と、書き置きを残して部屋を出る。まあ、流石に…スマホは使えるよな?と、俺の
……… ……… ……… ………
[ザーーー……]
シャワーを浴びる。シャンプー足りねえ…遡のを使うか…体を洗い、風呂から出る。服を着て、部屋に戻る。なんというか…いつも、通りだな。想像以上に何とも無い。
超短スパンで絡んでくるのはアイツ。
「あ、兄ぃ!風呂出たな!」
サイドテールの長い髪を無駄に揺らす元気過ぎる我が妹。今年は高校受験の年。だというのに
相も変わらず浮かべる不敵な笑み。
「あ?ああ出たが…その顔、何か企んでるな」
そんな時の表情だ。可愛いのがタチが悪い。
「私の代わりにぃ、
小麦粉とジャガイモとケチャップ買ってき
て?お好みでマヨネーズ!
おがぁい、おにぃちゃん♡」
まんまポテトじゃねえか…こんな時にだけそんな声出しても知らねーよ?
「は?今日の買い物はお前だろ?」
二人で買い物当番を分担。基本は母だが、忙しい時は代わりに行く。親孝行ってやつだ。
「いやぁ?私は今からお風呂、
入るから…ね?…夜ご飯遅れちゃう…」
俺は風呂出たばっかだぞ⁉︎
「ッコイツ……嵌めたな。」
「ふっ……ハメられたな‼︎」
「金寄越せ、行ってやるから。
次は行けよな!」
「あいよぉ。毎度あり〜」
ニンマリとしてこっちを見る。
後で何か仕掛けてやろうか。
そして、
「毎度にされちゃ困るんだかな」
財布と買い物カバンと外着に着替えねえといや。洗面所で着替えるか…ともかく一旦部屋にでも戻ろう。
─────────────────────
同刻、裂斗くんの部屋にて。
その部屋の中だけ、
時が止まっているかのように。
例の白金髪の少女は
息をする事すらも無く、
ベッドの上で無音で眠っている。
その中で、静寂を極めて静かに繊細に
切り裂く音が聞こえる。
外では騒がしい兄妹の会話が続いているが
全くもって隔離されているかのように。
部屋は暗く、よく見えないが淡い藍色の和装。
黒縁の眼鏡を掛けた、細身の優男。その、一人の男が空気を揺らす事なく彼女を起こす事のないように声を微かに上げる。ベッドの横に置いてある裂斗の座っていたあの机の上から頬杖を付きながら彼女を眺める。
「ゃぁ。こんばんはぁ、"虚像の本心"
こんな所にぃたのかぁぃ?
ぃまとなってはぃつものかぁ。ふふっ…」
懐かしさ、感傷にでも浸っているのだろうか。
「それじゃぁ、また此処で出会ぅ二度と事の無
ぃよぅにぃ。過去をぉ忘却の彼方へぇ。次こ
そ、真実の "さょぅなら" だぁ。」
そう、別れを告げ。
彼女の額に指をやり、
「
唱えた。
男は彼女の頭に触れ、その言葉を、
いを、
─────────────────────
遡が去り、洗面所のドア閉めたところで俺は部屋のドアを開ける。
[ガチャ。]
さて、彼女の目はそろそろ覚めただろうか、
俺の部屋の中──
白金の美少女が、
ベッドの上から此方を見つめる。
足を広げて、
腰に手を当て、
ピンと伸びた人差し指を俺に向かって指す。
数秒前に見たかのような屈託のない笑みを浮かべて。出会い頭には想像もつかなかったような顔で。
俺は一度、再び自室の扉を閉めた。深呼吸をして、もう一度扉を開く。廊下に彼女の声が鳴り響く。
「私の名はァ!悪夢の破壊者。
デストラクション・ナイトメア!
その名の通り、天使だ!!!」
これが、今のコイツとのファーストコンタクト
だった。
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