械廻機譚はキミジカケ

玄花

第1話 話始めは君のせい



授業開始のベルが鳴る。



学校。

午後の授業。

程よい暖かさと柔らかい日差し。

まさしく春の象徴だ。それに加えての、

何を言っているのか分からない授業。

条件が揃った。揃ってしまった。

今日の夜は忙しいとから放課後も重要な予定があるだとか、そんな事を理由に、

俺はうとうとと、朦朧として、そくささと

号令直後、机に突っ伏して、

溶かされるように落ちていく。

周りの目なんかを気に掛けることなく、

いつも通りに、恒常性の日の中で───





どうしたって眠ってしまえば夢を見る。

そうだというのに、何故ここまでも遠いのか

気付けば記憶から立ち去っていき、

朝となれば消えていく。ただ、その夢に

触れてみたいだけなのに、






そんな風に消えてゆく夢の

その中で時折、声が聞こえてくる。

自分を呼ぶ声だ。俺なんかを呼ぶ声だ。

最早、願望でしか無いのだが、

此処とは違う日の中で

    過去とは違う日の外で───



















   


  っ




    ち



      

      に





        お




           い

    


    


               で





               

         も




    な 

    




              く






                    ば

                   










授業もまた、寝てる間に一瞬で過ぎ去る。

教室で、ぐっすりと眠る同級生に

呆れるように近づいて、髪を後ろで纏めた長髪

の少年は声を掛ける、身体を揺さ振りながら。


「おーい、起ーきーろー。さーきーとー。

帰りの会、始まるぞー。せんせーもお前が

寝てたの気付いて無かったから幸いだったけどなー。

まーいいや、ほら早く帰って予定あるって言ってたろー。  ていやっ!  」


そして、掛け声と共に後頭部にめがけられた

チョップが頭にめり込むかめり込まないかの

その一瞬に


誰かが奇声を発した。


「ギャエェ!いっでぇぇぇぇ!くねえな…」


誰かが。主に、というか全体的に俺なのだが、

奇声を発した。前の席の子がビクッと震えた。

まあ、寝起きにしては上々の目覚めだ。

今の発狂でしっかりと目が冴えた。

発言通り、後頭部に痛みは無い。

そりゃそうか、ちゃんといつも通りに

避けたわ。と、本当にただ奇声を発した

だけの俺。毎度のことながら、コイツに

起こしてもらってる…感謝…なのか?



「あれー?避けられたー、まーいいや。

おはよ〜。」

ゆっくりとした喋り方に穏やかな口調の割に

割と実践的な起こし方を仕掛けてくる

クラスメイト。



「あ、ああ。おはよう…」

これ、また日常。





そして、

起立、礼、着席、いつもの連絡。

起立、礼、帰宅。いつもの帰り道。

規律、調律、依然。


まあ、それは本当に今日がいつも通りの

凡俗な日の一つならの話だ。

いつになく笑顔な俺がそれを証明している。




俺は教室を飛び出し、廊下を競歩で、

校門を駆け抜けて。

さて、外の街並みといえば、無駄に高いマンションに、戸建てに古いアパートに24時間営業のコンビニ、大手のスーパー、レストランのチェーン店、はっきり言って何処にでもある風景だ。そんなものにを横目にくれる事もなく、ひたすらに。通り越して行く。




その慌ただしい下校開始から数分後

街中、下校経路、鍵でドアを開ける音。

そして同時に鈴の音。



   [ガチャリ。]    [チリーン]



と、その音を聞き。


「なんだ?」と。


それ以外なんといった前触れもなく

俺は異様な光景を目の当たりにしていた。

周囲に目もくれずに走っていた俺は、

どうやら───









…孤独を感じさせるほど何処までも広く深く

暗い真紅の青空。まるで、深淵を思わせるような…




一歩先は崖の下。寸前までは続いていた

舗装された道の代わりにあるのは奈落。



コォォォォォと俺を呼ぶように

   下から風が吹き上げてくる。



そして、眼下に映るは時代劇、それすらにも

出てくることの有り得ない異常で過剰な量の

荒廃した寺社仏閣そして教会。限りない。

交わり、交差し、捻じ曲がり、

重なり合って形状を成しているものの

溶けて混ざって、壊れて、欠けて、砕けて

現れて、爆ぜて、再生して、繰り返して

和洋折衷も関係無く。ひたすらに



えええええええええ………



「一体どこだよ、此処ぉ…」



どうやら、どうしたことやら…

俺は今、とんでもないところに迷い込んでしま

ったらしい。


別天裂斗ことあまさきと、高校一年。

只今絶賛迷子状態です。この歳になって迷子って…他の人なんか絶対に話せねぇ…

はっ恥ずかしいわけじゃねえけどなぁっ!

崖の下への声は虚しく響く。



遡ること数分前、俺は、




下校中、確かにいつもと同じように帰宅部エースよろしく責任を持って家へとさっさと走り

出していた。何も知らない無知な人類にはこの俺が、たかだかただの暇人が、何をする事も無いというのに珍しく忙しそうに走っているようにしか目に映していなかっただろうが、いや、視界にすらも入れる価値のない奴だとしか思われていないだろう。



      だが、だ!



そんな愚かな人類は知らないだろう!


今日という日の素晴らしさを!



そう!

それは待ちに待った新作ゲームの発売日!

授業中も休み時間もずっと考えて、

頭から離れたかったあのゲームがいつもの店で

待っている。俺を鼓動するかのように呼んでいる。運命の拍動が、ひたすらに俺の心を鷲掴みにしてくるように、


だからこそ今は


「さて、帰るか。」

って、そう言ってみた。

が、帰れるはずも無い。明らか、詳らかに

日常から掛け離れた非現実、

空想じゃ無い嘘みたいな現実。

仮想空間では無いこのグラフィックで

この透明度で、それでも不鮮明なこの空間。

異質だ…興味深い。


名付けるのならば第一次遭遇亜空間ザ・ファースト・エリア。ふっ、我ながら悪くないセンス。変わらない日常、異界とのファーストコンタクトにしては上出来なタイミングだ。退屈な日々を打ち破るには十二分いやそれどころじゃない!九千分の威力にも劣らない光景を目の当たりに今、している!


だがなぁ───


別に欲しいゲームの発売日じゃなくても良かっ

ただろ?な?そうだよな?


悪くはないんだが、つか現に俺は今

未だかつてないほどに興奮している。

困惑が拭えずに、感情を表にはあまり出せてい

ないが心だけは。



眼下にかの様な光景が浮かんでいる。

そして俺は今、崖の上に立っている。振り返ればコンクリートと住宅地ではなく一面に広がる土の地面。何もなく、あまりにも空白で空虚な。果てのない荒れ果てた閑散とした平原。

それは下校中にはまさしくあるまじき光景である。当たり前だ、迷子でこんなは場所に来れるもんなら自分から行ってたくらいだ。

幻覚の方が都合のいいくらいに現実離れ

している。




これでも俺は東京の高校に通ってる。

ジャパニーズ首都のトーキョーだ。

そんな家から学校までに崖のある所になんか

通ってないし、そうかと思えば広大な

地面が建物も無しに広がる事も無い。

田舎でだってあり得ない様なのだが。



確かに帰りは急がないといけないんだが、

まだ、未知の世界を探索したいという

心の渇望も治らない。



「っし!

  せっかくだから滅茶苦茶やって帰るか。」

俺はキメ顔でそう言った。


誰も見てないであろう、

誰も居ないであろう場所で、

言ってみたかったセリフを言ってみた。

              キメ顔で。

実際、シチュエーションは全く違うのだが。


完全にいつもの下校ルートじゃない、

それどころか俺の住む街じゃない

知り得ない、不可思議な領域。

そのうち得体の知れない化け物

でも出てきそうだ。その時はその時。

まるで、誰かに見つめられているかのような、

そんな違和感は拭うことは出来ないが。

まずは今、現実離れした現実を謳歌すると

しようじゃねえかッ!



黒い制服に手持ちのカバンを抱えて俺は

足を進み始めた。無論、崖の下に落ちる

気はなく、後ろに向けて、なのだが。

和洋折衷、混沌空中の意味不明なオブジェクト

を眺めていたいという気持ちもあるが

まずは周辺探索だ。帰らなければ元も子も

遊戯もねえ。一応の手掛かりでも探しながら

道を進むか。と、何も無い地面を踏み締め

ただひたすらに歩き始めた。




数十分ほど経っただろうか、先しか

見えずにいた広大な地面に、ついには

終わりが見えてきた。それも再びの奈落

ではあるのだが。



「ったく、変な場所に転移しただけで

   何も音沙汰無いって逆にキモいな…」

カバンを前に抱えながらそう言葉を漏らす。







そうは言ったが流石に限界らしい…背後から…

この落ち着きを無に返す、事態がやって来る。




背後から。


「ギ…ギギタギキギ、スキシィ、ケギャッ、

           フテューシジジッ…」

と、壊れかけた機械の音が鳴り響く。




危険地帯の恒例行事。よくある話だ。

血走った目、機械的な外見、

金属製に見える部品のような物

が無理矢理繋げられた怪物めいた外見。

ギリギリ人の形を成しているようにも見える。

体の箇所が動く度に

錆びた鉄を軋ませる音が耳を突き刺す。



「バケ…モノ…」



口のように見える場所から

垣間見えるおびただしい量の針、

話は通じそうにも無い。



先ほどの通りに、再び背後は奈落。



「は…?」 



おいおいおいおいおいおいおいおい…



「どうするんだよッ!」



早速と言わんばかりに

伸ばして来た、右腕のような物の攻撃

を避けて距離をとる。

足場の広い方へと回り込めたのまではいいが

この浮島の上じゃどうしようも無い。




再度、攻撃が繰り出される、

背を向いて走り出した、そして



[ガンッ]



さっきまでは平坦だった地面にすら

足をつまづき、倒れ込む。

化け物の方を向いて尻餅をつく。

「うっ、…」

顔を上げてみればもうあの腕が、

殴られてしまえば大怪我どころか

絶命は免れないだろう。助からない。

助けは無い───





[ザシュッッ]

    

         

      

         [ポタッ]





もうあの腕の先は視界に無い。

赤い、血の流れる音もする。

体に穴の空いた音もする。

さようなら、俺の人生。





自分に、今生の別れを告げた。

そうだというのに…

いつまで経っても死んだ気配が無い。

死んだ気配というのもおかしな話だが。



「どういうことだ…?」

確かに、確かに俺は…



バケモノ、、、それの代わりに一人の少女

が立っていた。とても、とても哀しそうな

一人の人間を救ったとは到底思えていない

であろうそんな顔で。


「もしかして…助けてくれたのか?」




「これだから…

私はまた、貴方の事を救ってしまう…

これだから、これだから…うぐッ…」



白金の髪が、綺麗な顔が目の前に下がる。

本当に苦しそうな表情で。体がふらっと

崩れ落ちる。倒れ込む。


こんな時に、俺は見惚れて反応が

一テンポ遅れる。



「おいッ!大丈夫か!おい!」



応急処置か?救急車か?

外傷は一切見えない。鋭い瞳からは

赤くて青い此処の空のような涙が零れ落ちる。

紫ではないその色は。

         全ての始まりを告げる。

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