械廻機譚はキミジカケ〜絡繰変化は繰り返す。1stStage─終わり続ける世界でVRMMOを攻略せよ〜

玄花

邂逅・シンセカイ編

第1話 話始めは君のせい

 一人の少年は遥か上空に浮かぶ白い大地の上を走っている。苦痛に顔を歪ませながらも。少し前まで感じていた期待は、遥か遠くへと消し飛ばされ、残ったのは生物的、本能的な恐怖だけ。



「はあ、はあ……何処なんだよここはッ!」



 紫とも似つかない、底知れぬ混ざり合う紅と蒼の空の下。白の上に彼の赤い体液が、ポタリ、ポタリと零れ落ちる。その白は赤を吸い込むようにして染まることなく無色を貫き通す。追い掛けているのは人、であるのだろうか。いや、それとは程遠い。人間のなり損ないである、一体、一人、一匹か?どう数えるべきか。その怪物は少年を狂ったようにして追い続ける。



「はっ!しまっ……」

 少年はつまづき、倒れ込む。


「なんで……なんで、こんなことに」

 怪物は鋭く尖った腕を振り上げ、そして───







[キーンコーンカーンコーン……]


 授業開始のベルが鳴る。平日の学校。午後の授業。程よい暖かさと、窓から入り込む柔らかな日差し、まさしく春の象徴。日差しとともに流れ込む微風は、花の匂いを運んでくる。ああ……実に、実に、






「マ !ジ !で !ね む い!」

 ※おれは寝不足です。


「っわぁ!びっくりしたあ、怖えよ急に……」

 隣のヤツが驚いた。俺も思わず声が出たことに同じくして。耳の遠い教師ハクハツノカメガネは何事もないように黒板に数式を連ねていく。カッカッ、というチョークの音に誘われ、ああ───次こそ、本当に──



 どうしようと、眠ってしまえば夢を見る。確か脳の整理のためだとかなんとか。俺からしてみれば、その夢にどれだけ振り回されたことだろうか、整理どころじゃない余計に散らかったわ!と、愚痴を言ってみたいものなのだが、恐らくその言葉の矛先は俺に帰ってくるのだろう。



 とはいえど、何故ここまでも遠いのか。あれらは、俺が気が付いた頃にはもう遅く、記憶の中から立ち去っている。毎度毎度と朝となっては消えていく。俺はただ、そっと触れてみたいだけなのに、消えてしまう。それが悪夢であろうとも、俺は夢に触れてみたい、触れていたいのだ。幾度となく、一度だけでも、とそう思い続けている。ゲームのし過ぎだろ、と言われた事もあったが、このポエムめいた思考は依然と変わらず今にも至っている。



 そんな風に消えてゆく、風のような夢の中。その中で時折、誰かの声が流れるように耳を突く。朧月よりも儚げで、弱々しく、それでもはっきりと意思を持った声。その時の景色だけは記憶に残らないのに、その音だけは絶対に離れない、白金の光と共に。




 此処とは違う日の中で


        過去とは違う日の外で───













 こ

   


  っ




    ち



      

      に





        お




           い

    


    


               で





 さ

               

         も




    な 

    




              く






                    ば

                   









 授業が終わり、教室の片隅でぐっすりと眠る同級生に呆れるよう誰かが近づく。髪を後ろで纏めた長髪の少年は、身体を揺さ振りながら声を掛ける。



「おーい、おーいってば!」


「さーきーとーくーん。帰りの会、始まるよ〜、先生も気づいてなかったみたいだったしよかったけど」


「ほら早く帰って、予定あるって言ってたでしょ、新作ゲーム!」 


 揺れる揺れる……教室で酔うのは勘弁だ……


「ぐへえ……あ、ああ、おはよう、なって!TSO!!!」



 俺の叫びの直後、教室前方のドアがガラッと開き、帰りの会が始まる。そして、担任が黒板の前に立ち、いつもと同じ話を始める。


 一つ珍しいと言えば不審者が居るとか居ない

 とか、居ても遭遇なんてした事なんて無いのだが……起立、礼、着席、いつもの連絡。起立、礼、帰宅。いつもの帰り道。規律、調律、何処までも普遍で不変な日常の一欠片。



 でも、今日は違う。帰り道を笑顔で駆け抜ける俺の姿が、それを証明している。それは、今日この日は、予約してから何年も待ち続けたVR MMOゲーム、TSOが行きつけのゲーム屋にやっとの事で届く日であると言うこともまた。




 帰りの号令、「さようなら」その直後で俺は教室を飛び出し、廊下をで、校門を駆け抜けて。



 さて、校外の街並みといえば、無駄に高いマンションに、戸建てに古いアパート、24時間営業のコンビニ、いきつけのスーパー、レストランのチェーン店、はっきり言って何処にでもある風景だ。そんなものにを横目にくれる事もなく、ひたすらに通り越して行く。



 そう、俺には、授業を放棄して寝こけているような俺には、大事な予定がある。まあ、くだらないと人は言うだろう。「まあ、どうせゲームソフトだしいつもの事だよ」とか実際言われたわけで。そんな言葉を置き去りに、




 忙しそうに駆ける俺を横目に、歩く人々。

 慌ただしい下校開始から数分後。



 鍵でドアを開ける音。

 同時に響く白金の光を彷彿とさせる鈴の音。

 日常に紛れる2つの音。だが、町の雑音に混ざること無くはっきりと耳に突き刺さる音。




  [ガチャリ]    [チリーン]



 急に近くで鳴り響いたその2つの音に、走っていた俺は足を止め、何かを探すように、辺りを見渡す。周りにはいつも通りの住居のはずだというのに……そうであるべきだと言うのに。





 紛れも無く、日常の中に紛れているその音。



 音は鳴っても音沙汰無くして、そして周囲に脇目なんて振る事なく、走っていた俺が今、理解できる事。ただ分かる事それはどうやら───






 ──孤独を感じさせるほど何処までも広く深く

 暗い真紅の青空。それはまるで、深淵を思わせ

 るように明るく──




 一歩先は崖の下。寸前までは続いていた舗装された道の代わりにあるのは奈落、崖である。思わず足の力が抜け、その場にへたり込む。


[コォォォォォォ]

 俺を呼ぶように、奈落から天へと風が吹き上げてくる。



 眼下に映るは時代劇、それすらにも出てくることの有り得ない程にも異常な量の荒廃した寺社仏閣そして教会。それらは限りなく、交わり、交差し、捻じ曲がり、重なり合って形状を成しているものの溶けて混ざって、壊れて、欠けて、砕けて現れて、爆ぜて、再生して、繰り返して、和洋折衷も関係無く。ひたすらに、


 俺の体は勝手に冷や汗をかき始める。

「はは……どうやら、というか、どうしたことやら……」



 別天裂斗ことあまさきと、高校一年。絶賛迷子状態。だが、帰宅途中に謎の空間に転移させられるという王道展開、俺の物語が今、始まる!とでも感じさせるような胸の高鳴りがドクドクと全身を駆け巡り始める。なんだろうか、この感覚は。



 異界とのファーストコンタクト、俺にとっての新世界との邂逅。どれだけそれを、待ち望んでいた事か。でも──俺の生きがいの一つ、としてのゲームの到着日、それを譲ることは譲る事なんて絶対に出来ない。 



 だからこそ「さて、帰るか」と言ってみた。まあ無論、無理なのだが。




 眼下にかの様な光景奈落が浮かんでいる。俺は今、崖の上に立っている。振り返ればコンクリートと住宅地ではなく一面に広がる白い土の地面。何もなく、あまりにも空白で空虚な。果てのない荒れ果て、閑散とした平原。雪ではない白い地面、純白の。それは下校中にはまさしくあるまじき光景である。当たり前だ、迷子でこんなは場所に来れるもんなら自分から行ってたくらいだ。幻覚の方が都合のいいくらいに現実離れしている。




 確かに帰りは急がないといけないのだが、未だ、未知の世界を探索したいという心の渇望が治らない。



「せっかくだから滅茶苦茶やって帰るか」

 俺はキメ顔でそう言った。


 誰も見てないであろう、誰も居ないであろう場所で、言ってみたかったセリフを言ってみた。


 実際、シチュエーションは全く違うのだが。


 完全にいつもの下校ルートじゃない、それどころか俺の住む街じゃない知り得ない、不可思議な領域。そのうち、得体の知れない化け物でも湧いて出てきそうだ……。その時はその時の話だ。まるで、誰かに見つめられているかのような、そんな違和感は拭うことが出来ない、それでもまずは、現実離れした現実を謳歌させてもらいたい!(おれは厨二病の抜け切らない高一である)



 俺は黒い制服に手持ちのカバンを前に抱えて足を進ませ始める。無論、崖の下に落ちる気なんかは無く、後ろに向けてなのだが。和洋折衷、混沌空中の意味不明なオブジェクトを眺めていたいという気持ちも決して無いわけではない。それでもまずは周辺探索だ。帰らなければ元も子も遊戯もない。一応の帰宅の手掛かりでも探しながら道を進むか。と、色も何も無い地面を踏み締めただひたすらに歩き始める。




 数十分ほど経っただろうか、先しか見えずにいた広大な地面についには終わりが見えてくる。それも再びの奈落ではあるのだが。結局はただの荒れた果てた、雪一つない白い雪原。



「ったく、変な場所に転移しただけで何も音沙汰無いって逆にキモいな……」


 カバンを前に抱えながらそう、言葉を漏らす。何も無いのはいいことなのだが、多少の期待が無いわけでもなかった。セオリーというものくらい弁えて……






 と、そうは言ったが流石にこの世の中、セオリーというものを無視し続けるのにも限界はあるらしい……この余計な落ち着きを無に帰す事態がやって来る。



 狂った様に背後から。


「ギ…ギギタギキギ、スキシィ、ケギャッ、フテューシジジッ……」

 と、壊れかけた機械の音が鳴り響く。

 俺の体のどん底に無作法に響かせるように。



 危険地帯の恒例行事。本当によくある話。シナリオ通りとはよく言ったものだ。血走った目、機械的な外見、金属製に見える部品のような物が無理矢理繋げられた怪物めいた見て呉れ。ギリギリで人の形を成しているようにも見える。体の箇所が動く度に錆びた鉄を軋ませる音が鼓膜を突き刺す。



「バケ……モノ……」



 口のように見える場所から垣間見えるおびただしい量の針、無論勿論の事如く話は通じそうにもない。幻覚でもありそうにない。助からない。



 先ほどの通りに、再び背後は奈落。



「は……?」 



 おいおいおいおいおいおいおいおい……



「どうするんだよッ!」



 早速と言わんばかりに伸ばして来た、右腕のような物の攻撃を避けて距離をとる。足場の広い方へと回り込めたのまではいいがこの浮島の上じゃどうしようも無い。奈落に落ちればそれで終い。




 バケモノから再度、同じように攻撃が繰り出される。俺は背を向いて走り出す。そして、



[ガンッ]



 さっきまでは平坦だった地面にすら足をつまづき、倒れ込む。化け物の方を向いて尻餅をつく。


「うっ、……」


 腕に、バケモノの鋭い腕が掠る。血が、流れ出す。どうにか体勢を立て直しもう一度走り始める、だが、おぼつかない足取りでは再び。平面の広がる地面ですらも。


「はっ!しまっ……」


 顔を上げてみればもうあの腕が、殴られてしまえば大怪我どころか絶命は免れないだろう。助からない。助けは無い───





[ザシュッッ]

    

         

      

         [ポタッ]





 もうあの尖った腕の先端は視界に無い。赤い、血の流れる音もする。体に穴の空いた音もする。ああ、さようなら、俺の人生。目の前の異常な光景とも……お別れだ……ただ、アイツとゲームが出来れば良かっただけなのになんでこんな事に……




 こうして、俺は自分に、今生の別れを告げた。そうだというのに、いつまで経っても死んだ気配が無い。死んだ気配というのもおかしな話だが。



「どういうことだ……?」

 確かに、確かに俺は……



 そんな事を考えながらも眼前に映ったのはバケモノ、、、ではなくそれの代わりに一人の少女が立っていた。とても、とても哀しそうな一人の人間を救ったとは到底思えていないであろうそんな顔で。



「もしかして……助けてくれたのか?」

 あまりにも一瞬の出来事に追いつけず、俺は想像以上に震えた声で問いかける。


「これだから……私はまた、貴方の事を救ってしまう……これだから、これだから、うぐッ……」


 白金の髪が、綺麗な顔が、俺の目の前に下がる。本当に苦しそうな表情で。体がふらっと崩れ落ち、倒れ込む。


 こんな時に、俺は見惚れて反応が一テンポ遅れる。



「おいッ!大丈夫か!おい!」



 応急処置か?救急車か?

 外傷は一切見えない、鋭い瞳からは、赤くて青い此処の空のような涙が零れ落ちる。紫ではないその色は深く、吸い込むように。俺に現実に全ての始まりを告げる──

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