第47話 ライバル
休み時間の度に呼び出しと脅迫をされ、その都度、毬慰安術・
昼休みの間はあゆみちゃんときらら先輩がそばに居た為、被害はなかった。食堂では数少ないレアな定食を求めて、いつもと変わらない騒々しさが響き渡る。僕たちはメジャーな定食を注文しつつ、座席の確保を成功させていた。
話をしてみると先輩も動画の存在を知っていたが、終始爆笑していたので――
「今ここで先輩を巻き込んで動画の実演をしても構わないんですよ?」
僕が腕を構えるときらら先輩は即座に距離を置いた。注文したきつねうどんをトレーごと持ち上げて死守している。
「ま、待ちたまえ! わ、わたしが悪かったから! 実演はやめよう!」
素直に謝罪をしてくれたので実演は行われなかった。動画の様にあられもない醜態を晒すつもりはないらしい。
「それにしても、
「本人を確認しない限りみんな忍者なんて信じたりしませんよ。特に人伝の与太話と思われて話題にも残らないと思います」
生姜焼き定食の大盛りご飯に箸を付けながら話を進めていく。あゆみちゃんが学食ラーメンを啜り切って器を空にすると、話題は鬼怒川さんの件に移る。
「そういえばしんちゃん。鬼怒川さんの件に目途はつきそうなの?」
「さっき話題にあがった玉藻くんから毬の技術を教わっている所だよ。テーピングの巻き方によって、大きく衝撃を分散させる方法がある事が分かったんだ。鬼怒川さんも二年間の休止期間で骨が成長しているみたいだし、無駄にはならないと思う」
「良かったぁ……。同じ運動部の人からの話だと、鬼怒川さん、部活動は見学しているけど日々のトレーニングは欠かしていないんだって。いつでも復帰できる準備を整えているんだと思う。……走れるようになれたらいいねぇ……!」
あゆみちゃんはまるで自分の事の様に鬼怒川さんの身を案じている。自分の境遇と重なる部分があり、他人事とは思えないのだろう。
「わたしの方でも、一応全国高校競技協会側にアプローチを掛けてはみたが、やはりサポート器具の影響を無視する事は出来ないという回答が来た。それに伴い、テーピング技術による身体の保護に関しては問題はないという返答を得られた。協会側にとって重要なのは、【再現性】があるかどうかなのだろう」
協会側の考えも分かる。サポート器具の様に、【使えば誰でも記録が伸ばせる】という要因が成立してしまえば、スポーツの公平性は明らかに失われてしまう。
それに対し、【技術】であるテーピングのサポートは、誰でも習得が可能ではない事柄である為、個人の努力という見解が成立するのだ。
僕たちは話を続ける為に食事が終わった後、きらら先輩の実験準備室へと向かおうとしていた。部室棟を抜けて行こうとしたその時、運動部の部室棟から大声がした。
「鬼怒川さん! あなたいつ戻ってこれるの⁉ 中学から数えたらもう二年よ⁉」
「そ、そう言われましても……。どうしてもわたしの筋力が強くて……!」
鬼怒川さんが、三人の女生徒と対峙している。ネクタイの色を見る限り、上級生であるという事がわかる。
「靭帯や腱が切れてしまうのでしょう? あなたの事情もわかるわ、でも、これ以上和香様を待たせないで……! 和香様はあなたとの再戦と復活を祈願し、公式大会を全て優勝しているわ……! それがどれ程の負担だと思うの⁉」
「わ、和香ちゃんが……! そんなに無理して……! わ、わたし! 話を……!」
走りだそうとした鬼怒川さんを上級生が引き留める。
「あなたが話したところで、和香様は考えを曲げたりしないわ。あの日の誓い、別の学校だったけど、私達も見ていた。あなたの復帰を、公式戦の舞台で待ち続けると、その日が来るまで公式戦を勝ち続けると……!」
「和香さまは未だに年間無敗、上級生を差し置いて記録を総なめにしている! 表向きには全く問題ない様に思えるけど、もう限界の筈よ……! だからお願い! 早く復帰して! 公式の試合で、和香さまと戦ってよ!」
鬼怒川さんは黙ってしまった。自分の耐久値を超えた出力によって悩まされ、ライバルは前を走り続けている。そのライバルも自分との約束で無理をしている。現実と理想の狭間に取り残され、鬼怒川さんは答えに詰まってしまった。一度経験した恐怖を乗り越えるのは、覚悟だけでは難しい。
「はーっはっはっは! 部室棟にぃ~~ボクが~~来たぁ~~!」
その他大勢のファンを引き連れて部室棟に登場したのは、一年B組の貴公子。
【
きらら先輩に次ぐファンの多さで話題を呼び、陸上競技における成績は常にナンバーワン。この学校へもスポーツ特待生で入学している。
「やぁ、こみちクンじゃないか! あれから脚の調子はどうだい?」
「わ、和香ちゃん……! そんなことよりも……!」
皇子和香は羽織っていたジャージを
「……キミの脚より、優先させる事があるのかな?」
ふたりの顔は、密着寸前まで迫っていた。唇があと数ミリで重なる程に近く、それを見たギャラリーが歓声と奇声をあげながら次々と倒れていく。
「ぬほーーっ! 【わか×みち】サイコー! このまま時間よ止まれーっ!」
「ぐぬふっ……! 我が生涯に、一片の……悔いなしっ……!」
「し、死ぬなー! わが友ーっ! 世紀の一戦を見るまで死ぬなー!」
かなり騒がしい環境下にあるふたりだが、お互いの視線は一秒たりとも外れない。その瞳に宿るのは闘志。互いをライバルと認め合い、切磋琢磨し、高め合った間柄に誰も入ることは出来ない。
「先輩方に聞きました……! 和香ちゃんが無理してるって……!」
「やれやれ、お喋りな妖精さん達だ。この皇子和香に限界があると思うのかね?」
やや大げさに脚を突き上げる皇子和香、I《アイ》字バランスである。その柔軟性に加えバランス感覚も人の枠に収まらない。公式大会を総なめにしているという話は真実なのだろう。誰がどう見ても彼女の調子は絶好調なのだろうが、僕の目にはそうは映らなかった。
「左足ヒラメ筋炎症。
鬼怒川さんは一目見て皇子和香の怪我を見破って見せた。怪我に苦しむ期間が長い彼女の観察眼は、見事にそれを看破したのである。
「それでこそ、ボクのライバルにふさわしい……。案ずることはないよ、公式の大会までまだ時間はある。予選を抜けるなんてワケないさ。ボクの持ち味はこの驚異的な回復力にあるのだからね」
鬼怒川さんと皇子さんは互いに目を離さず、周りの声は聞こえていない。ライバルという関係では説明しきれない、本人たちと周囲に大きな隔たりを感じる。
「そこまでだよキミ達。部室棟のこんな狭い廊下で何を話し合う事があるんだい? 早々に解散したまえ。これでは通行の邪魔というものだよ」
満を持してきらら先輩は登場した。この混沌とした場に旋風が巻き起こる。
「これは失礼しました、舞鶴きらら先輩。さぁみんな! 通行の邪魔にならない様に道を開けてくれたまえ!」
皇子和香の一声により、周囲の取り巻きは蜘蛛の子を散らす様に一斉に散開した。この場に残されたのは、鬼怒川さんと皇子さん、僕たち三人を含めた五人。
「こみちクン。一刻も早い復帰を待ち望んでいるよ。それではね……」
「待ってくれ、皇子さん。あなたの脚、かなり傷んでいる」
皇子和香がその場を去ろうとしたその瞬間、僕は咄嗟に彼女を呼び止めた。
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