第46話 脅迫
日曜日を訓練と回復に費やし、月曜日となった。僕は予定通りに学校へと向かい、玉藻くんは蓮花さんに連れられ、大学の見学へと向かった。
学校に到着するや否や、女生徒たちの僕を見る目が鋭い。まさに野獣の眼光といった感じで、常に誰かから見られている感覚がする。きらら先輩との事もある為、僕は特別気にしていなかったのだが、教室で自分の席に着いたところで
「愛美くん! 土曜日に
「え、えぇ……。秋覇原と澁谷に行きましたけど……なにか?」
「この動画見て! 顔にモザイクは掛かってるけど、これ愛美くんだよね⁉」
留萌さんが開示した彼女のスマホからは、電車内で女の子を抱きかかえ、お腹のマッサージをしている男性の姿だった。動画内では女の子が悩ましい声をあげながら、モザイク越しでも分かる程の恍惚とした顔を晒し、小刻みに震えている。
某新婚さん番組の司会者の様に、僕は椅子から転げ落ちた。余りにもモザイクが機能を果たしていない。本人特定待ったなしといったところだろう。
「この動画がホップステップでめちゃくちゃ拡散されてるんだよ!」
ホップステップは国産で若者向けの動画SNSである。公開された問題の動画は既に50万再生を超えており、急上昇人気動画としてランキングにも載っている。
コメントでもこの男性についての情報を求める声が多数寄せられており、電車に詳しい一部の人達によって、モザイク越しでも車両から経路が特定されたのである。
「いや、僕ではないですね……。これを僕だと言われると大変困るんですが……」
モザイクがあるおかげで確定する事は不可能である。しかし、僕の鍛え上げられた肉体はモザイクを易々と貫通していた。桃郷における男性の人数と車両の利用客。それらを踏まえると、どう言いつくろってもこの動画の男性は僕になってしまう。
「それとこれも!」
続けて再生されたのは、澁谷にて富山さん相手にひと悶着あった時の動画だった。これにもモザイクは掛けられていたのだが、着ているものや体格の具合から考えて明らかに同一人物であるという事が分かる内容だった。
これに対するネットの反応は……。
『変則型マウントバトルだと思ったら男女の公衆猥褻だった件』
『これ何してんの? 下半身をマッサージしてるの?』
『絶対指入ってるだろ、腹を押しただけでこんな事にはならん』
『なってるだろ!』
『処女乙』
『この男の人が務めてる店は何処なの? 澁谷なら通いたいんだけど』
しばしの沈黙が流れ、僕は口を開いた。
「この動画も、僕ではないですね」
「いや、無理があるでしょ!」
そりゃそうである。電車の動画とは異なり顔にモザイクが掛けられているものの、鍛え上げられた肉体はしっかりと映っている。ここまで分厚い三角筋を持ち合わせている男性もそう多くはないだろう。
僕がどう否定した所で、この動画を見た人には愛美慎太郎その人であると確信してしまうと思われる。現にクラスの女子からは注目を浴びている。
「おはよぉーう!」
そんな中、元気よく教室に入ってきたのはあゆみちゃんだった。その様子だと動画の件はまだ耳に入っていない様に思える。
「おはようあゆみちゃん。例の件は放課後にでも……もがが……!」
突然の事で驚いたが、あゆみちゃんが大胆にも座っている僕の上に乗り、対面状態で抱き付いて来た。ガッツリと抱擁を交わす姿に、クラス中から騒めきや歓喜の声が響き渡る。
「あぁー……しんちゃんに会えなかった分のエネルギーが満たされて行くぅ~!」
女の子特有の爽やかな香りと、制服に使われたであろう柔軟剤の香り。それらが合わさり上手に混じって、鼻腔がくすぐられる。朝からとても活力が湧いてくる。
「あの動画、見たよ? あれはしんちゃんだよね?」
あゆみちゃんが耳元で囁く、あれだけ注目を浴びている動画を、年頃の女子が見ていないというのもおかしな話だ。あゆみちゃんには僕の詳しい身体の特徴を知られているので、ごまかしは効かない。
「この件に関しては、先日メッセージした内容に深くかかわる出来事なんだ。放課後にでも詳しく説明するから、それまで僕を信じて待っててくれるかな……?」
「ふっふっふ……! 心配しなくてもいいわよしんちゃん……! 私はね、ラブコメ作品によくある様な【話もろくに聞かず勘違いして暴走するヒロイン】みたいな間抜けとは違うの! あの手のトラブルはコミュニケーション不足から発生する行き違いの可能性がほぼ十割! 彼女というものは余裕をもって構えるものなのよ!」
流石としか言えない。伝統芸能とも呼べるお約束を完全に殺しに来ている。これが高校一年生の落ち着き方だろうか……! 理解を見せている彼女ではあるが、抱きしめる腕が小刻みに震えている。僕は体温を分け与える様に、優しく抱き返した。
担任の到着と、ホームルームを知らせるチャイムによって僕たちは離され、学校での一日が始まる。
一時間目が終わり、トイレを済ませて教室に戻ろうとする途中で、知らない女生徒に呼び止められた。上級生のリボンをしている。緑は二年生だったはず。
「何用でしょうか?」
「こ、ここじゃあなんだから、こっちに来て来てくれる?」
名前も知らない相手にホイホイ付いて行くのもどうかとは思うが、無下に断るというのも人間性が低くて憚られる行為だ、とりあえず話だけでも聞こうと思い、僕は黙って人気のない校舎の裏へと呼び寄せられた。
「……この動画って、キミだよね……? 愛美慎太郎くん……?」
「……だとしたらどうだというのですか?」
「こ、困るんじゃないかな? 特別プログラム生なんだよね……? 私がその気になれば、個人情報を……!」
「先輩は何が目的なんですか?」
「ふ、ふひ……! わ、分かってる癖に……! こんな動画撮られる様な事してて、
――二分後。
「んぉおぉおおっ! ごめんなさいっ! いう事聞くからトントン止めないでっ! お願いしますぅ! お腹捏ねまわしてぇっ!」
僕は要求を飲むフリをして、フェロモンを吹きかけ、彼女のお腹を揉みしだいた。流石に四人目となれば慣れるもので、技術も着々と身についている。今では言う事を聞かせるのも容易い。毬の慰安術さまさまである……。
この痴態を、僕だけが映らない様にアヴァロンで撮影し、形勢は逆転した。動画には生徒手帳の写真部分をばっちりと残し、個人情報も確保した。
「二年B組の方でしたか……。これからは脅しなんて卑怯な真似は止めましょうね? 良い子にしていたら、またマッサージしてあげてもいいですよ」
「ひゃ……ひゃいぃ……♡」
それにしても……、丹田にある
今回は流石に警戒して、『ピッコロ』を発動させたままにしておいたので、周辺にカメラか何かが隠されていたとしても問題ないだろう。この女性が僕を呼び出し、脅迫に応じて行為をした場合、決定的な瞬間を動画に残そうとしてもおかしくない。
人の気配もなかったので見られている可能性は限りなく少ないが、一応もう一度ピッコロを使い、カメラが仕込まれていないか確認をしておいた。
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