第44話 追撃


 落ち着きを取り戻した富山さんと駅で別れ、途中で寄ったドラッグストアでは一番大きな医療用具を購入。驚愕している店員さんを横目に僕たちは帰路に着いた。今回の騒動で、かなりの精神力を喪失してしまっていた。


「濃密とかそういう次元ではなかった……」


「おかしいよなぁ、たった一日でこんなことになるか? 波乱万丈にしたってもう少し慈悲ってもんがあるで……?」


 ステーキハウス佐山で回復したはずの体力は既に枯渇寸前であった。陽も傾き、辺りは暗くなり始めている。早急に電車へと乗り込み、目的地までの間、しばし座席に体を預ける。


 周囲にはまばらに乗客が存在しているが、混んでいるいう程ではなかった。というよりも、この車両だけ人が極端に少ない様に思える。


 本来であれば何かしらの要因がある場合、気を付けて車両を選んでいたはずだが、積み重ねた疲労感から僕たちの注意力は散漫していた。


 電車内に戦慄が走る。どかどかと乗り込んできた女子高生の集団。乗客はその集団を避ける様に車両の端々へと移動する。


「あ~! マジだるかった! 土曜なのになんでこんな時間まで勉強しなきゃならないんだよぉ!」


「そりゃあウチらが通ってるのが進学校だからだろ! 自分で選んだ進路で文句言ってんのマジでウケるんだけど!」


「ホントそれな! じゃあなんで整数なんか好んでやってんだよった話!」


 話している内容は学生にふさわしい勉強なのに、公共の場における道徳観念が低い所為で、電車の乗り心地は最低なものとなっている。大声である事以外、彼女らは何の問題も起こしておらず、とても質が悪い。


「まぁ、あと数駅や……シンタローくん、気にすることはあらへん……」


「あぁ、早く帰って美憐さんのご飯を食べなきゃ……」


 移動する気力を失っている為、僕たちは心を無にしてその場を耐えた。その間、非常に難解な学問の話が続けられた。いや、キミ達勉強大好きじゃん!


 互いに会話する事もなく、ただひたすら広告を眺めながら目的地に着くのを待つ。疲れからか、僕たちは目の前に女子高生たちが迫っている事に気が付かなかった。


「ハルカ~! 電車内に珍しいのが居るよ~!」


「ホントだ~! 桃郷の男女比率から考えたら、この遭遇はすごいよ~!」


「おにーさん私達と写真撮ろうよ~! はいピース!」


 彼女達は僕を巻き込んで写真を撮っている。桃郷の人口はおよそ一千万人。比率から考えると二百人しか男が居ない。そう考えたら珍しがられるのも仕方あるまい。


「あ~……。一応肖像権があるんで、ネットとかにはあげないで下さいね」


 反論するのも面倒なので、僕は仕方なく写真に写った。


「おにーさん、ガタイいいし、顔もいいじゃん! アタシ達と遊ばない⁉」


「もう帰るところなんで……勘弁してください……」


 助けを求める様に玉藻くんにアイコンタクトを送ろうとするも、お腹が減り過ぎているのか、しおしおに弱り切っている。


「えっ⁉ た、玉藻くんッ! 大丈夫⁉」


「アカン……。駅に着くまで寝かしといてくれ……もうしらん……」


「そんな事言われても困るよ!」


「おにーさん達何処で降りるの? なんならそこで遊ぼうよ」


「桃郷東駅ですけど……遊びませんよ⁉ 相棒もこんな感じで疲れ切ってるし!」


「え~? いいじゃん~! お友達はほっといてアタシ達と遊ぼうよ~!」


 女の子の一人が僕の横に座り、太ももに手を置いた。ソフトタッチでくすぐる様な手つきは、疲れた身体に対して非常に良くない影響を与える。


「す、すみません。僕、彼女いるんで……!」


「わ~♡ 清純なんだ~♡ ……おい、それだともっと欲しくなっちまうだろうがよぉ……ふざけてんのかテメェ……可愛すぎるだろ……殺すぞ……♡」


 僕の何がそうさせたのか、まるで別人の様にその子は変貌した。


「アキがこんなに早く本性を現すなんて……! このお兄さん何者なの⁉」


「あぁ~! ダメだ! 隣に座ったら分かるけど、このおにーさん滅茶苦茶に男くせぇ! この前使ったおっさんなんか比じゃねぇくらいエロい身体してる!」


「嘘でしょ……。アキちゃんがそこまで言う……?」


 仲間内でハルカと呼ばれていた女の子が、僕に近づき匂いを確かめている。


「え⁉ なにこれ、何処の香水使ってんの⁉ アンブロシア? ラスエリ? レストレーションでもこれだけすごいのは作れないよ⁉」


 この発言で残りのふたりが僕を囲い込み、匂いを確かめる。


「あっ、これだわ、匂いの元凶、なんかラベルも貼ってないけど、香水っぽい」


 名前の知らない子が僕の懐から酩酊スプレーを取り出した。それはまずい。


「か、返してください! それは……!」


「へぇ~! これが良い匂いの正体か~! どれ、ちょっとかけてみるか~!」


『プシュッ……!』


 電車内にひと吹き、たったひと吹きの圧縮した酩酊フェロモンが散布される。事実上、このフェロモンは女性特化の化学兵器である。そんなものが公共交通機関で使われたら、テロ行為になってしまう。


「はほぉ~……♡」


「ひみゅ~……☆」


 散布した箇所に比較的近かったふたりはその場でしゃがみこみ、酩酊してしまっていた。残り二人は顔を真っ赤にし、僕へと襲い掛かってくる。


「おにーさん♡ すんげーいい匂いさせてんじゃん……! これはあれだよね? 誘ってるんだよね? そっちから誘ってるんだから、合法だよね……⁉」


「この野郎……! とんでもねぇモン隠してやがったなぁ……! オレのダチに手ぇ出した事を後悔させてやるぜ……! 暴れるなよ? 絶対に寝かせねぇ……!」


 酩酊効果が適応したのか、ふたりは富山さんと同じ様に暴走している。ものすごい力で両手は押さえつけられ、拘束される。ふたりの開いている手は妖しく僕の太ももを撫でまわし、次第に宝剣の在る股間へとのびていく。


「た、助けてー! わいせつ罪だー!」


 僕は周辺の乗客に助けを求めるが、その女性たちも興味津々で僕の状況を見守っている。いや、撮影とかじゃないんですよ! リアルで犯罪現場なんですって! 


 情けない話だが、暴走状態である彼女たちの拘束を無理に振りほどけば、少なからず怪我をさせてしまう事になりかねない。彼女達が撒いた種ではあるが、実力を以てそれを排除するのは非常に心苦しい。


「わ、分かりました! ま、満足させますから、一旦手を離してください!」


「分かればいいんだよ……! 逃げようとしたらお友達に責任取ってもらうからな」


「す、すみません。二人同時には出来ないのでおひとりずつお願いします……」


 相手を刺激しない様に丁寧に対応したが、それでは納得がいかない様子だった。


「えへへ~♡ アタシが先だよ~♡」


 ハルカと呼ばれていた女の子を左腕で支え、お腹を押し込んで刺激する。


「ほっ⁉ ほおおぉ~~⁉」


「おいおいハルカ⁉ マジかよ⁉ そんな簡単に⁉ 効くのか⁉」


「き、効いてるぅ~♡ すんげぇ~♡ こんなの憶えたらダメだよ~! 今日学校で憶えた公式が全部一瞬で吹き飛んじゃうよぉ~! うぉっ! 効くっ! バカになっちゃうぅ~~!」


 この子は陰気の量がそれ程多くなかったのか、二分ほどで解放した。そのまま対面の座席へと座り込み、満足したのか眠り始める。


「よぉ~し! 次はこのアキちゃんを気持ちよくしてもらおうじゃんか~!」


 アキちゃんを名乗る子に至っては、30秒で片が付いた。言葉にならない絶叫の後、蕩けた顔で座席へと倒れ込み、そのまま気を失った。


 フェロモンの効果で酩酊していた残りのふたりを座席へと座らせる。全てが終わった頃には、目的の駅へと到着寸前であった。


「玉藻くん、着いたよ。起きて! もう担ぐのは嫌だからね!」


「ん……うん……よっしゃ……いこかー……!」


 忘れ物が無いかを確認し、僕たちふたりは電車を後にする。この時、僕は見落としていた。乗客の誰かがこの痴態を一部始終、動画に収めていた事を――



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