第41話 嵐の前の静けさ


 男と女の比率が崩壊しているこの世界では、男女の交流機会は自然と失われている。あと二、三世代で女性同士の子孫が成立しなくなる真実を知っている者は殆ど存在しない。それが公になれば世界中がパニックとなるのは間違いないだろう。


 僕は玉藻くん、富山さんと共に澁谷の街中を歩いた。普段と違う装いの富山さんはこの街の雰囲気に置く溶け込んでいる印象がある。僕たちはというと、密集する高層ビルで首を痛めそうになっていた。


「着いたわ。このビルには幅広いジャンルのアパレル店がテナントとして入っているの。きっとあなた達ふたりの希望に沿う形で、何かが見つかると思うわ。古着屋もあるから、そこで選んだりするのも選択肢の一つよ」


「普段の富山さんからは想像も出来ない程にイキイキとしている……」


「そ、そんなこと無いわよ⁉ 友人と買い物に来るのだって初めてじゃないし!」


「そないに焦らんでも疑ってないって、深雪ちゃんおススメの店に案内したってや」


 玉藻くんの言葉に姿勢を正して、富山さんが先導する。彼女が目指したのは若者のファッションをメインとした階層であった。広告で見たことがあるブランドや、知る人ぞ知るディープなメーカーも、この階層ひとつで大体揃うという話だ。


「深雪ちゃん、おススメがどんだけあるんや。テレビゲームのダンジョンでもこんなにねっとり周囲を探索する事なんかないで……」


「これから夏に向けて、商品が入れ替えられていくんだけどね。このタイミングが重要よ。アパレルって云うのは生き物だから、流行り廃りのサイクルが恐ろしく早いの。最近だと素材のリサイクルにも業界全体が力を入れていて……!」


 富山さんは饒舌になっている。やはり女の子はオシャレが好きなんだろう。自分のより良く高めたいという欲求は男にもあるが、女性はその傾向が強い様に思える。


「ウチはもーちょいワイルドでキワドイ方が好きやな~。この辺とか」


 玉藻くんが店内に掛けられているホットパンツを手に取った。すごい。ポケットが機能していないのかと思えるくらいパンツの布面積が少ない。こんなのは居たらお尻が丸見えになってしまう。


「す、すごいね……。こんな派手で露出があるものもあるんだ……!」


「小麦色のボインちゃんが履いてくれたら尚良しって感じや。はよ夏にならんかな」


 周囲の視線が痛い。玉藻くんはともかく、僕の様な大男が店内にいるのは場違いなのではないだろうか……? そう思案していると、店員さんが声をかけて来た。


「いらっしゃいませ、男性の彼氏さんは珍しいですね。そちらの彼女さんへの贈り物をお探しでしょうか?」


「いや、ウチらは付き添いで……」


「えぇ、そうなんです。彼女がどうしてもこのパンツを試してみたいって! それと、このパンツに合う可愛い服も欲しいなって! 言ってました!」


「なぁっ⁉ シンタローくん⁉ ちょっと⁉」


「そういう事でしたらわたくし共にお任せください! 彼氏さんがバッキバキになる様なとてつもなく可愛いコーディネートをさせて頂きます!」 


 僕は先程の仕返しをした。店員さんは僕の発言によって目を光らせ、素早く商品を手に取り、玉藻くんを更衣室へと誘った。どうやら店員さんも中に入るタイプの更衣室らしく、手早く着付けをされている。


「ま、待ってくれ! 脱がさんといて! あぁっ! 力が強いなこの店員さんっ⁉」


 秋覇原女王すらも下す玉藻くんが、アパレル店の店員さんに力負けしている様だ。どんな恥かしい格好で彼が登場するのかと思い、期待を膨らませていると、更衣室のカーテンが静かに開いた。


 お尻が露出するホットパンツをベースとして、へそまでしかない隠せないシャツと、極めつけは辛うじて玉藻くんが選んだであろう紫のスカジャン。上手に着ればちゃんとお尻も隠せるほどオーバーサイズな為、これを選んだのだろう。


 品定めを終えた富山さんが合流し、玉藻くんを見るや否や歓声があがる。


「わぁ~~! 玉藻くん可愛いわっ! 手足は長いのに腹筋と足回りは引き締まっているからモデルみたい! 写真撮るわね⁉」


 登場した玉藻くんは、富山さんの言う通り、とても可愛かった。男の子とは思えない程に美しく、もともとムダ毛が生えない性質なのか、脚も鍛えられている為綺麗だ。小さな復讐のつもりだったが、単に可愛い生き物が生まれただけだった。


「玉藻く~ん! お尻見せて~! きゃ~! セクシー! エロ~い!」


 富山さんが初めて見るくらいにはしゃいでいる。先程からシャッター音が止まる事を知らない。僕もアヴァロンに記念を残しておこう。


「シンタローくん……。憶えとけよぉ……⁉」


 派手でキワドイ恰好をさせられ、涙目になりながら耳まで真っ赤になった玉藻くんは、僕の宝剣を混乱させるのに十分な見た目をしていた。


 着替える途中で男の子だと気が付いたはずの店員さんは、鼻血を垂らしながら僕に力強くサムズアップを決めた。そういう事におおらかな方だったのだろう。




「お会計は14万3千円となります。ありがとうございました~!」


 僕の小さな復讐は、結果として大きな代償を支払った。


「アホぉっ! ホンマに買うやつがあるかぁ! こんなん家でも履けんわ!」


「スカジャンが10万円近くするのは流石に驚いたよ。刺繍の所為だろうね」


「返せって言われても返さへんからな! 大の男に恥かかせてぇ!」


 一時の恥を感じてはいるものの、スカジャンの包まれた紙袋はしっかりと抱きかかえられている。それだけは気に入ったのだろう。


「玉藻くんの女の子姿、良かったわ……! お世辞じゃなくて本心よ!」


「尚更悪いわっ!」


 男性への理解を深めるという前提で話が進んでいたにも関わらず、玉藻くんの見た目が可愛いという事実だけがハッキリした。


「玉藻くんに対してはかなりの理解が深まったと思えるわ!」


「一体どこからそんな自信が湧いてくるんや!」


「玉藻くんの可能性は無限大という事は分かったね」


「ふたりして悪ノリが過ぎるでホンマ……」


 かなり一方的だが、富山さんは玉藻くんに対して打ち解けていた。話し方にも緊張感がなくなり、自然体で馴染んでいる様に見受けられる。


「ふたりとも、ありがとう。教科書でしか知らなかった男の子について、少しだけど分かって来たかもしれない……。身体の形が違うだけで、同じ人間なんだっだって……知識でじゃなく経験で知る事が出来たわ……」


「人間なのは当たり前やろ! ウチらをなんやと思うとるねん!」


「……? 玉藻くん、もしかして気が付いてなかった……? 僕たち男は現代社会において非常に珍しい存在なんだよ」


「はぁ⁉ 染色体XYの人間がそんなに珍しいんか⁉」


「周りを見て、玉藻くん。このショッピングモールだけじゃないわ。街ゆく人々における男女の割合、偏っているとは思わない?」


 富山さんに言葉を聞き、玉藻くんは改めて周りを見渡す。


「……どないなっとんねん……! ウチが居た安治の島は、男だらけのムサッ苦しい地獄みたいな環境やったのに……!」


 かなりのショックを受けている様に見受けられる。無理もない。僕も最初、きらら先輩にこの世界の歪みを知らされた時は衝撃的だった。


「理想郷やんけ~~~!」


「あっ、そっちの感想なのね……」


 思えば当然の事だろう、玉藻くんはこの世界があと三世代で滅びに向かっている事を知らないし、知らせる事も出来ない。僕も渦中に取り込まれていなければ、どれだけ幸せだっただろうか……。


「これ、どうなってんの⁉ 一夫多妻制とかは成立すんの⁉」


 玉藻くんは思いの外、この話題に食いついてきた。こんな見た目でも男の子。生物的には女の子が好きな様である。


「たしか、愛美くんは政府公認で性交渉を視野に入れた多人数との交際を認められているわよね? そこの所詳しくないからわたしも知りたいわ」


「政府公認で子作りし放題とか男の子の夢やん⁉ どんなファンタジーやねんな⁉」


「そういえば、政府を通して市役所から通知が来ていたけど、あの時は入学や引っ越しやらで細かく確認していなかったなぁ……。たしか、特別な保険証が添付されていた様な……」


 僕は、財布の中にしまっておいた金色のカードを取り出した。そこには、

【保険証】兼【政府公認・不特定多数・性交渉許可証】と明記されていた。


「「「は?」」」


 僕たち三人はその場で固まってしまった。

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